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あのとき、3人で笑ってた理由をまだ知らない  作者: れいじ


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最終話「それぞれの春と、あのときの理由」

最終話です。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


この物語は、特別な出来事が起きる話ではなく、三人で過ごした何気ない時間の中で少しずつ変わっていく関係を描いてきました。


最終話では、それぞれが別の道を歩き始めた後の姿を描いています。


同じ場所にいなくなっても、同じ時間を共有したことは消えない。


そんな感覚を、静かに感じてもらえたら嬉しいです。

春の朝は、少しだけ昔を連れてくる。


駅までの道に咲いた桜を見たときとか、コンビニの前で新しいスーツ姿の学生を見かけたときとか、そういうほんの小さなきっかけで、もう終わったはずの時間がふいに輪郭を持つことがある。


玲は営業先へ向かう途中、信号待ちで足を止めた。


駅前の歩道に並ぶ桜は、ちょうど見頃だった。満開に近い花が朝の光を受けて、妙に明るく見える。


スーツの肩に営業用のカバン。入社して二年目。まだ慣れたとは言えないけれど、名刺を出す手つきも、初対面の相手に笑うタイミングも、少しずつ板についてきた。


「神谷さんって、なんか話しやすいですよね」


前に取引先の人にそう言われたことがある。


そのとき玲は、ああ、たぶん自分はこういう方向でやっていくんだろうなと思った。


人と話して、空気をつくって、相手の警戒を少しだけほどく。


大学の頃から、ずっと無意識にやっていたことだ。


今はそれが仕事になっている。


悪くないと思う。


悪くないけれど、春になると少しだけ思い出す。


桜の下で、どうでもいい話をしながら笑っていた時間を。


同じ頃、陸は新しく入るリフォーム案件の図面を見直していた。


小さな会社だけれど、現場の距離が近くて、自分には合っていると思う。設計だけじゃなく、実際に人が住む場所をどう変えていくかまで考えられるのがいい。


完成したあと、「住みやすくなった」と言ってもらえる瞬間が、想像していたよりずっと嬉しい。


建築をやりたいと思っていた大学時代の気持ちは、今もちゃんと続いている。


ただ、あの頃想像していたより仕事は地道で、派手じゃなくて、思った以上に細かい。


それでも、自分には向いているのかもしれないと、最近ようやく思えるようになってきた。


昼休みに外へ出ると、会社の近くの公園に桜が咲いていた。


風が吹いて、花びらがひとつふたつ落ちる。


それを見た瞬間、陸はほんの少しだけ足を止める。


思い出すのは、去年でも一昨年でもなく、大学三年の春だった。


花見、帰り道、カラオケ、食堂、ドライブ、花火、紅葉、年末の食事。


いろんな場面が混ざるのに、最後にはやっぱり桜の下に戻ってくる。


たぶん始まりがそこにあったからだ。


そして、終わりもまた同じ季節だったからだろう。


美咲は出版社の編集部で、朝から原稿とメールに追われていた。


「藤崎さん、これ確認お願い」


「はい」


「こっちも今日中で」


「はい」


返事をしながらキーボードを打つ。


大学時代に思い描いていた“編集の仕事”は、もっときらきらしているものだと思っていた気もする。でも実際は、締切と確認と修正の連続で、地味で、忙しくて、想像よりずっと体力がいる。


それでも、誰かの言葉を整えて、形にして、読まれるものにしていく作業は、やっぱり嫌いじゃない。


むしろ、好きだから続いている。


夕方、少しだけ休憩に出てビルの外に出ると、通り沿いの桜が目に入った。


都会の桜は、大学の近くで見ていた桜より少しだけよそよそしい。


人が多くて、車の音がして、ゆっくり見上げるには少し騒がしい。


それでも桜は桜で、見た瞬間に胸の奥を少しだけ揺らす。


美咲は立ち止まって、ほんの少しだけ空を見上げた。


ちゃんと大人になったと思う。


毎日仕事に行って、忙しくして、誰かの締切を気にして、自分の役割をこなしている。大学の頃より、ずっと現実的に生きている。


それでも、ときどき思い出す。


あの三人でいた時間のことを。


何かを選ばなかったことを、後悔しているわけじゃない。


あれがあのときの自分にできる一番正直な答えだったと、今でも思う。


でも、正しい答えを出したからといって、何も失わないわけではなかった。


三人はそれぞれ別の道を歩くようになった。


連絡が完全になくなったわけじゃない。


年に一度あるかないかくらいに、短いやり取りをすることはある。誕生日にスタンプだけ送ったこともあったし、就職が決まったときに「おめでとう」とだけ送ったこともある。


でも、もう三人で集まることはなかった。


自然にそうなった。


誰かが避けたというより、時間の方が先に進んでしまったのかもしれない。


玲は営業の合間、コンビニでコーヒーを買って外に出た。


風が吹いて、花びらがスーツの袖に落ちる。


思わずそれを指で払って、それから少しだけ笑う。


昔の自分なら、こういうときすぐ誰かに話していた気がする。


「見て、桜ついたんだけど」みたいな、どうでもいいことを。


そしてたぶん、美咲が笑って、陸が呆れたように何か返していた。


そんな光景が、今はもうない。


ないけれど、思い出すたびに苦しいわけでもない。


ただ、少しだけあたたかくて、少しだけ痛い。


陸は帰りの電車を待ちながら、スマホのメモに簡単なアイデアを書き留めていた。


最近、現場で見た古い家の窓枠の収まり方が妙に印象に残っていて、それを忘れないうちに書いておきたかった。


ホームの向こうに見える桜が、夕方の光で薄く色を変えている。


あの頃、自分はもっと感情に振り回されていた。


今だって思い出せば胸は少しだけ痛む。


でも、あのとき言葉にしたことを後悔してはいない。


ちゃんと好きだったし、ちゃんと失恋した。


だから今、前に進めている気がする。


美咲も、玲も、それぞれの形で前に進んでいるのだろう。


それでいいと思う。


たぶん、それでよかったのだとも。


美咲は仕事終わりの帰り道、駅前の書店に寄った。


新刊の平台を見ながら、ふと大学時代に三人で話した「読書の秋」のことを思い出す。


あの頃は、季節の話ひとつでいくらでも笑えた。


好きな動物の話も、将来の話も、旅行の話も、全部がただの雑談みたいで、でも今思えばちゃんとその人の本音が混ざっていた。


きっと最初から、全部ただの会話ではなかったのだ。


そのときは気づけなかっただけで。


本を一冊手に取り、裏表紙を見てから戻す。


ふと、何の前触れもなく、玲の笑い声と陸の少し低い返しが頭の中に浮かんだ。


それだけで、美咲は少しだけ目を細める。


好きだった時間だと思う。


恋とか友情とか、そういう一言では言い切れないけれど、たしかに特別だった。


人生が大きく変わるような出来事じゃなかったのかもしれない。


でも、あの時間があったから今の自分たちがいるのだとしたら、やっぱり十分すぎるほど大きかった。


春の夕方は、少しだけ世界をやさしく見せる。


それぞれ別の場所で、別の服を着て、別の仕事をしている三人の上に、同じ季節が静かに降りている。


もう三人で並んで歩くことはない。


同じ花火を見て、同じ帰り道を歩いて、同じテーブルでどうでもいい話をすることもない。


それでも、あの時間はちゃんと残っている。


玲の中にも、陸の中にも、美咲の中にも。


終わったから消えるわけじゃない。


続かなかったから、間違いだったわけでもない。


たぶん、あのとき三人で笑っていた理由は、最後までちゃんとはわからなかった。


でも、それでよかったのかもしれない。


わからないままでも、あの時間は確かにあった。


そして今、それぞれの場所で、それぞれの春が始まっている。

最終話を読んでいただきありがとうございました。


この作品の裏テーマである“三角関係”は、最終的に誰かが選ばれる形ではなく、「誰も選ばない」という結末になりました。


それは少し曖昧で、少しだけ切ない選択かもしれません。


ですがこの物語で描きたかったのは、「恋の結果」よりも「三人で過ごした時間そのものの価値」でした。


・楽しかった時間

・何気ない会話

・少しずつズレていく距離

・そして、それぞれが前に進むこと


どれも特別ではないようで、振り返ると確かに心に残るものです。


「あのとき、3人で笑ってた理由をまだ知らない」


タイトルの通り、その理由は最後まで明確にはなりません。


でも、理由がわからないままでも大切だと思える時間がある。


それこそが、この物語の答えです。


ここまで読んでくださったあなたの中にも、そんな時間が少しでも残っていたら嬉しいです。


本当にありがとうございました。

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