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【闇堕ち直前】主人公の色なし観察日誌2  作者: 荒屋朔市


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10/12

中庭に大穴が現れた

すでに犯人の目星はついている。


「お二方とも、今日は中庭に出ないでください」


 朝早く使用人が慌てた様子で部屋へ飛び込んで来るなり、そう言った。


「どうしたんですか?」

「それが、中庭の一部が崩落しまして……」


 選りにも選って中庭? 今すぐ状況を知りたいが、仕事の邪魔をするわけには行かない。


「わかりました。詳しく聞かせて貰えますか? レナ先生に依頼されている日誌にも深く関わることなので……」


 念のために添えた単語が功を奏したかは定かでないものの、使用人は順を追って説明してくれた。それによると、エシュが見つめていた周辺が、朝の地響きに伴い陥没したという。


「……それって、あの場所?」


 布団から顔を出した妹が不安げに呟く。


「怪我人は? 被害が拡大する可能性は?」

「幸い誰も。ですが、周囲の地盤が緩んでいる可能性もあります。原因や復旧の目処についても、詳しくはまだ……」


 僕は振り返って部屋を見渡した。


「こんな時に言い難いのですが、エシュを見かけませんでしたか? その中庭へ向かったと思うのですが?」


 困らせてしまうことは承知の上だが、やっぱり渋い顔をされた。


「混乱が大きく、そこまでは……。お客様を危険な場所へ案内するわけに参りません」


 この屋敷で働く人たちは、皆一様に顔や肌を隠すための布や仮面をつけている。訪問客の前では徹底して粛々と働いていたが、宿泊客の前では働きやすい格好が認められているらしい。

 この使用人は重要な知らせをいち早く届けるため、かなり焦っていたのだろう。顔を隠すベールを頭に引っ掛けたままの姿だった。その肌は色黒で、顔も声も若い割に、小ざっぱりしとした短い茶髪には白髪が混じっている。


「それと、書庫に行きたいのですが……」


 エシュのことだ。例え崩落に巻き込まれても、命を落とすほど軟弱ではないだろう。事故を利用して「古泉」の畔へ逃げ延び、地熱岩に座す姿なら、容易に想像できる。むしろ、そのための穴を自ら開けた疑いすらある状態だ。

 管理者として、全容を把握しなければならない。 


「幸い書庫は無事ですが、念の為ご一緒します。こちらへ」


 衣服の乱れを整え、お目付け役を引き受けてくれた。知らぬ間に部屋を抜け出され、ウロウロされるよりも、その方が安全だと判断したのだろう。


「無理を言って、すみません」

「いえ、気にしないでください。新しい家族を迎え入れた時は皆で面倒を見るのが、お屋敷の規則です」


 そう言って彼は歩きながら、屋敷での暮らしぶりを聞かせてくれた。物心つく前から母親と住み込みで働いているという彼にとって、この屋敷に住む全員が家族のようなものらしい。

 警戒心の低さと純粋さは、それ故だろう。外の相互監視や貧困を知る一人として、眩しくもあり、危うくも見えた。

 慌ただしく通り過ぎて行く仕事仲間へ、彼は積極的に挨拶したが、無視する者はいなかった。快い挨拶を交わした後で僕と妹の視線に気づき、そそくさと立ち去ろうとした給仕に、僕は思い切って問いかけた。


「中庭で赤髪の大男を見ませんでしたか?」


 困惑したような表情で見なかったと返し、その給仕は仕事に戻っていった。次にすれ違った使用人には外見の特徴をより詳しく説明したが、これも徒労に終わり、疑念が膨らんでいく。



 移動中、二階の廊下から中庭を盗み見たが、エシュの姿は見なかった。書庫に着いた後も、読み終えた本を元あった棚に戻しながら探し回った。

 棚に戻すのを若い使用人が手伝ってくれ、おかげで早く終わった。彼にとって書庫は幼少期からの遊び場であり、学びの場でもあったらしい。仕事の合間に訪れる大人たちから、読み書きを習ったとも聞かせてくれた。


「こちらの本はいかがですか? 読書会でも人気だったと聞いてますよ」


 彼が差し出したのは、冒険小説だった。


「……読書会?」


 妹が僕を振り返る。


「ああ。僕も読んだことがある」

「読書会に通っていらしたのですか?」


 目を見開いて僕を見た彼自身は、読書会に通ったことがないようだ。


「何年か前に……」

「そうでしたか。少し羨ましいです」


 屋敷内の雑用を任されてばかりらしく、下層街のことも含め、外の話を聞きたがった。

 結局、書庫にもエシュはいなかった。



 朝食の時間になり、食堂を訪れたが、そこにもエシュの姿はない。


「エシュなら中庭で見たわよ。それがどうかしたの?」


 食堂の給仕に本日何度目か質問を投げかけた時、レナが答えた。


「様子を見てきます」

「後になさい。スープが冷めてしまうわ。……それに、今は手が離せないようだし」


 出て行きかけた僕をレナが嗜めた。声色は柔らかいが、有無を言わせない気迫を感じる。

 しかし、エシュの観察が国家の存亡に関わると言ったのは彼女自身だ。一皿のスープを優先すべきと主張する理由が、僕には理解できなかった。


「貴方が日誌を担っているように、食事を整える者、片付けを担う者がいるの。一人の都合で屋敷全体の秩序を乱す行為は、看過できないわ」


 僕は口を閉ざし、スープ皿に視線を落として唇を噛んだ。


「監視しなければならないと思ってる?」


 レナはエシュの危険性を未だに理解できていない。非常識で世間知らずなエシュは、倫理観も罪悪感も欠如している。それなのに、基礎能力値が高過ぎるのだから、何か起きてからでは手遅れだ。

 僕の動揺を察した彼女が微笑む。


「もしかして、彼が傍にいないと不安なのかしら?」


 それこそ見当違いも甚だしい。恩人でなければ即座に否定して悪態さえ吐いただろうが、スープと共に飲み込んだ。



 早々に食事を終えた僕は、レナの許可を得て中庭へ向かった。


 

奴をおいて他に考えられるかよ。

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