ただの愚痴
2分ほど、……沈黙してから、
ちょっとくぐもった声で、また、さつきが口を開く。
「わたし、……ちょっとサイテーなこと言うけど」
「なんだよ」
「今回持って帰った結晶、……あれ、いくらになるんだろうね」
「おまえ、……通夜の帰りにそれはさ」
「……ごめん」
「いや……、」
航は、右手で目のまわりをかるくこすって、続けた。
「……あの大きさだと、億、いくんじゃないか。知らんけど」
「……だよね。」
「そりゃ、……、俺たちは、金のことは知らんし。そういうのは、親がさ」
「……そうじゃなくてさ」
さつきは、ほんのすこし声を高くした。
「……噂、知ってる?」
「なんの噂だよ」
「魔力結晶って、……迷宮で死んだ冒険者の魔力が、よどんで固まって、生まれるんだって。……それで、電気つけてんだよ。わたしたち」
「おい!」
航は、思わず眉をきつく寄せて気色ばんだ。
「おまえ、……良二と美香が、」
「そうじゃなくて!」
さつきは、怒鳴りかえすように大声で。
「……迷宮を、わたしたちが抑えないと、魔物があふれ出して大変なことになるって、習ったでしょう」
「……うん、」
「でも、……わたしたちは銃も持たせてもらえないんだよね」
「そりゃ、……おれたちの生まれながらの魔力が、一番強いって」
「あの竜、……機関銃で殺せないと思う?」
「知るかよ」
「銃でムリなら、戦車でもなんでも入れればいいじゃない。……重機で穴掘って、迷宮の入り口を広げちゃえばいいんだ。なんでできないのよ」
「……ちょっと、落ち着けよ」
「外のものは下着の1枚だって持ち込んじゃいけないし、魔力結晶以外は持ち出してもいけないって──、」
「それは、おれたちが力を発揮するのに、外の世界のものが邪魔になるから……」
「嘘つき!」
さつきは、ほとんど泣きそうになりながら、手をのばした。
包帯を巻いた航の耳に、指先がふれる。
じんわりと青い光が、熱とともに爪の先からうつって、大きく切り裂かれた耳たぶの傷が……、
「よせ!」
航は、さつきを突き飛ばすようにして離れた。一瞬だが、耳の傷はほとんど消えている。たぶん、背中の火傷も。
さつきは、顔を伏せて嗚咽した。ぎゅうと、まぶたをきつく閉じて、震えそうになる肩を懸命におさえて。
しばらく、泣いてから、
「……ごめん」
「いいけど。……気をつけろよ」
航は、ちいさな声でいって、
特別製のスマートフォンを入れた学生服のポケットを、……そっと、指し示した。
さつきの後ろの、なにもない闇を、じっと睨みながら。