027 侯爵
伯爵邸内にシュバイネ・フライシュ伯爵の怒声が響き渡った。
「奴隷が解放されただとっ!?何故そんな事を許したっ!!」
「も、申し訳ありませんっ!兵達は皆、何らかのスキルを使われたようで、身動きがとれない状態だったものですから」
「ぐっ、ぐぬぅっ!」
やり場の無い怒りを再び兵にぶつけようとしたが、それを遮るようにドアがノックされた。
「どうしたっ!?」
怒りにまかせ、怒鳴るように返事をすると、執事が最悪の事態を告げる。
「アビス・アブグルント侯爵様がお見えになりました……」
「……はぁっ!?」
一瞬執事が何を言ったのか理解出来なかった。
この最悪のタイミングで侯爵が訪れるなど、理解が追いつく筈も無い。
まるで謀ったかのようなタイミングで……。
「まさか、既に気付かれているのか!?」
悪寒が全身を襲うも、自分より爵位が上の者の訪問を断る事など出来る筈もない。
「くっ……、応接間にお通ししろ」
「……はい」
一礼して出て行く執事を見送りながら、伯爵はフル回転で策略を巡らした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「これは侯爵様。伯爵領へようこそいらっしゃいました」
「すまぬなフライシュ伯爵。先触れも出さずに」
いかにも何か理由があるかのように含んでいるが、それを指摘する事すら許されない。
貴族社会において、階級とは絶対なのだから。
侯爵が話し始めるのを待つしかないのである。
「それで、例の件だがどうなったかね?」
「……例の件ですか」
万が一にも別件である筈が無いが、一縷の望みに掛けてとぼけてみせる。
「ああ。儂が奴隷を貸した件だ」
顔色が変わるのを必死に堪えて、伯爵はなんとか言葉を発した。
「はい、現在西の方面で我が私兵と共に行動しているところでございます」
「ほぅ……そうかね。ではまだ動きは無いと?」
「えぇ、申し訳ございません。ですが、事はそれほど長期間には至らないと思いますので」
全くの嘘であるが、織り交ぜようにも真実は酷なものばかり。
よもや侯爵から借り受けた奴隷が解放されてしまったなどと、何があっても知られる訳にはいかないのだ。
「そうか。それはひとまず置いておこう」
ほっと密かに胸をなで下ろす伯爵。
しかし、それも長くは続かなかった。
「実はもう一人ここに呼びたい人物がいてな、連れてきてもいいか?」
否など唱えられる筈も無く、
「は、はい。いったいどなたでしょう?」
「ふふふ、まぁそう畏まる事もない人物だ。呼んで来てくれ」
侯爵のお付きの人が、外へ誰かを呼びに行った。
暫くしてドアが開かれ入ってきた人物を見て、伯爵は心臓を掴まれたかのような気分になった。
「ヒッヒッヒッ。久しいのぅ伯爵」
あの時の占い師の老婆。
それで全てが納得いった。
何故Aランクの奴隷を借りたいと申し出た時に、侯爵程の人物が一番に名乗りを上げたのか。
この老婆がアイナの情報を侯爵に流していたからだ。
「おお、伯爵とは知り合いだったのか」
白々しくそんな事を言う侯爵の方を見る事さえ出来ない伯爵。
これから何が始まるのだろうかという思いだけが頭の中を駆け巡る。
「さて婆さん、儂の奴隷が今どんな状況か占ってくれんか?」
「フヒェヒェ。ちゃんと金は取るからねぇ」
伯爵は最早顔面蒼白である。
この占い師は裏家業では名の知れた人物である。
恐らくスキルを使っているであろうその占いで、千里であろうと見通す事が可能だ。
取り出した水晶で占いを始めるが、結果などとうに知っている伯爵には茶番以外の何者でもない。
「ほぉう、奴隷は解放されてしまったようじゃのぅ。おやぁ?伯爵の私兵は一人を残して皆帰って来てるようじゃがぁ?フヒェヒェ」
侯爵の目が剣呑なモノへと変貌する。
「ふむ。どういう事なのか説明してもらえるかね?伯爵よ」
説明などするまでもないだろうにと思うが、逆らう事など出来ない。
「も、申し訳ございません。一時的にそのような事態に陥っているようですが、ただ今奴隷を回収するために動き出しているところでして……」
「ほう、そうかね?」
眼力だけで、もの凄い圧を感じさせる侯爵。
侯爵自身もAランクのスキルを持っており、貴族階級関係なしに闘ったとしても勝てる相手ではない。
伯爵は侯爵の次の言葉を待つのみである。
「では、あと一ヶ月だけ待とうじゃないか。もし貸した奴隷が返ってこない場合は10倍の額で弁償してもらうからね」
10倍の額など払える訳が無い。
借りるだけでも全財産の3割にも及ぶ金額だったのだ。
もう伯爵には奴隷を連れてくるしか道は無かった。
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帰りの侯爵家の馬車の中。
「ヒッヒッヒッ。恐ろしいお人じゃて」
「ふっ、何の事だ?」
「どちらに転んでも侯爵の利益になるように仕組まれとるんじゃからのぉ」
奴隷を貸した事によって、もし令嬢を捕まえる事が出来たらその貸しの分は働いてもらう。
仮に奴隷を失ったとしても、賠償を理由に伯爵家の全財産を手に入れ、果ては伯爵領も自分の手中に収める算段だった。
侯爵は常に取引においてWin-Winを意識する。
とは言っても、自分と相手の双方に利益が出ると言う訳では無い。
どちらに転んでも自分が勝つというWin-Winなのである。
「それにしても奴隷を解放できるスキルか……。厄介ではあるが面白い」
「あぁ、侯爵。あの娘は敵対するものを破滅させる相じゃから、手を出すのであれば味方として動いた方がええぞ」
「ふふふ、婆さんの忠告には従おう。もっとも、私の前に立ち塞がるようなら敵対もやむなしだが」
「ヒッヒッヒッ。そうまでして国が欲しいか?」
「はぁ?こんな国なんぞ、どうでもいいわ」
侯爵は思いを胸の内だけで呟いた。
(私が……いや、我らが欲するはあの方だけだ)




