ローゼンとシェリル
ローゼンは誤魔化そうとして、けれど私の視線に耐えられなくなったのか、またも不安そうに視線を落とす。
「えっ!?いや、なんでも……ごめん。ちょっとだけ不安だったんだ。シェリルちゃんがわざわざここまで来てくれた理由が分からなくて。あの時、シェリルちゃん、言ってくれたよね?俺のこと許してくれるって。だから、もう、俺はシェリルちゃんとはもう会えないんだと、思ってた。俺の存在価値は、君を守ったり、その願いを叶えたりすることしかないのに。それだって、君が命令してくれなきゃ、発生しない。もう、俺が君のそばにいれる理由は、ないから」
「なにそれ」
「ご、ごめん」
「だって、それって、あなた、私の与えてた罰を、むしろ喜んでたってこと?」
「あっ!!!ごご、ごめんなさい!罰だって、わかってたんだけど、シェリルちゃんのそばにいられるのが、嬉しくて。いや、俺が悪いっていうのは死にたくなるくらい理解してるのに、俺…」
綺麗なローゼンの顔は恐怖と絶望と罪悪感に塗り潰されて、今にも世を儚んで死んでしまいそうな、そんなレベルの表情だった。たぶんそうしろって言ったら本当に死んじゃいそうだ。
「ふっ、ふふっ。知ってたけど?だから、別にそんな顔しなくてもいいのに。ふふっ」
私はおかしくて仕方ない。可愛い、と思えるくらいには、もう私はローゼンを好きなんだ。ひとしきりローゼンをからかって笑ったあと、私は真剣な表情を作った。真っ赤なローゼンの顔からもすぅーっと色が消える。
「それで、私が話をしに来たもう一つの理由、それなのよね。連続殺人事件の犯人も捕まったし、朝夕とあなたの時間を奪って私の送り迎えをしてもらう理由はなくなった。それに、理由をつけてあなたに無茶を言う理由もなくなった。私はあなたの罪を許すことにしたから」
「うん」
ローゼンはああ言っていたが、私はわりとローゼンに無茶を言っていたし、屈辱的なこともわりとさせていたと思う。ローゼンが喜んでいたのは事実だろうけれど、やはりその扱いは、下僕以下だった。
「だから、これからの私たちの関係を、あなたと考えたいと思ったの」
「…え?」
断罪されるのを待っているだけだったローゼンの表情が、驚きに彩られる。私はローゼンに向けてにっこりと笑いかけた。
「もう、私とあなたは罪を背負うものでも罰を与えるものでもないわ。それなら、普通に、仲良くなりたいと思ったのだけれど、ローゼンはどう思う?」
「俺、なんかと、仲良く」
「ええ。ローゼンと仲良くなりたい。まぁ、私はもうあなたのこと、お友達、くらいには勝手に思っているのだけれど。良かったかしら?」
ローゼンの頬に赤みが戻ってくる。白磁のような肌、薔薇色の頬にアイスブルーの透き通るような瞳、淡い金髪を持つまるで王子様みたいな顔立ちのローゼンは、くしゃりと顔を歪め泣き笑いの表情を作った。それは、喜びと悲しみ。私が予想した表情ではなくて少し落胆する。
「夢、じゃないのかな?醜くて馬鹿な俺なんかが君の、友になることを許されて、いいのかな…。俺は、君を傷つけたのに。俺なんかじゃ、君の友人には相応しく」
「ひとつ言っておくけれど、私あなたのこと馬鹿だとは思ってるけど、醜いとは思ったことないわよ。あなたも私のことそんなふうに思わないでしょう」
「えっ!?あ、当たり前だよ!シェリルちゃんをそんなふうに思うことなんてあり得ない!」
「そうでしょうね。私は、私だし、あなたはあなただわ。お友達のことを顔貌で判断する必要はないんじゃい。ふさわしいとかふさわしくないとか言うなら、私は庶民であなたは貴族で、それだけで私のこの言葉遣いは罰せられるんじゃないかしら」
「や、やめて!シェリルちゃんは、俺の一番だ。君の自由を縛るつもりなんてない。君は、そんなこと気にしないで」
まるで懇願するような声だ。ローゼンの淡い色彩の瞳がユラユラと涙に揺れるから、私は不思議に思う。こんなに泣き虫で大の男がやっていけるのだろうか?まぁ、どうやら、ローゼンがこんな風になるのは、私に対してだけのようだが。
「わかったわ。だからあなたもそんなこと言わないで。これからは、必要以上に自分のことを卑下されても反応に困るってこと」
「わかった。ごめんね。ありがとう」
「では、これからは、私たちはお友達ってことでいいわよね?」
「うん。俺でよければ喜んで」
私はようやく綺麗な笑顔を見せたローゼンに嬉しくなる。あぁ、良かったなぁ。私は、ローゼンの前に右手を差し出す。握手のつもりで差し出したその手は恭しく取られ、ローゼンは私の前に跪いた。そして、そのまま手の甲に唇を近づけた。触れるか触れないかのキスがくすぐったい。
困ったなぁ。
ローゼンが私をよく思ってくれているのはわかる。私がローゼンを好ましく思い始めているのも確かだ。ただそれだけで良いのか、とも思う。
顔が良くて、お金持ちで、なんでもいうことを聞くから。それだって立派にローゼンを好きな理由だ。けれど、それだけじゃローゼンじゃなきゃいけない理由にはならない。容姿を厭わなかったから。それだって好きになる理由ではあるけれど、やはりそれだけじゃ、私じゃなきゃいけない理由にはならない。
私がこの命をかけるならば、これからずっと相手を大事にしたいし、私だってずっと大事にしてほしい。
顔貌に左右されない視点で、もっと互いを理解したうえで、それでどう感じるのか、確かめたいと思った。
だというのに、困ったなぁ。
せっかく、お友達から、という順序を踏むことを選んだのに、うっかり飛び越えたくなっちゃう。
見下ろせばローゼンの長い睫毛は微かに震えていた。私は、跪くローゼンの瞼に顔を寄せる。そして、触れるか触れないかの淡いキスを送った。
「えっ、えっ、えええぇっ!!!?」
ローゼンの絶叫に私はソファに背を預けてケラケラと笑う。そして、次にローゼンを驚かせる準備はもう出来ているのだ。きっとまたとてもいい反応をしてくれるはずだ。
バスケットの中には、甘い甘い手作りお菓子と、私の勤め先であるカフェの休業の終わりを告げる招待状。
どうせ、なかなか会いに来れないだろう新しい友人へ、ささやかなプレゼントを。
模倣犯 シェリル編
〜 Fin 〜




