殺人犯の犯行
だめだ!走れない!
私の頭の中はそればかりがグルグルと回っていた。
ローゼンから離れた途端、私は広場に集う人の波に簡単に飲まれてしまっていた。
今日ほど、己の非力を呪ったことはない。
「ど、どいてください!お願いだから、通してっ」
私は人垣をできるだけ避けて遠くに見える2人の背中を追いかける。しかし、その距離は縮まらないどころか、どんどんと離されていく。ノネットは、いつも私に合わせてゆっくり歩いてくれていた。けれど、ノネットはもともと、歩くのも走るのも早い方なのだ。
私は、ノネット達が住んでいる家は知らない。2人を見失ってしまうと手掛かりがほとんどない。だから、見失わないように必死に目を凝らす。
「ノネット!ノネット!」
何度もノネットの名を呼ぶが、離れすぎた距離は私の声をノネットまで届かせない。必死に追い掛けるが、結局、私は2人の姿を見失ってしまった。
ほんの少し迷う。ローゼンが戻ってくるのを待つべきか、それとも、2人が歩いて行った方向を探すべきか。
探してもう一度あの2人を見つける。
私は、歩みを止めずに2人が向かった方向を目指す。なんとか人の多い広場と街中を抜けて、住宅街へ入る。ようやく人に流されずに歩けるようにはなったが、先程までの開けた場所よりも入り組んでおり、2人がどちらに進んだのか予測できない。私は通り掛かった人々に次々と声をかける。ノネットは非常に目立つ容姿をしているし、あの男は背だけは異様に高く目立つ。そんな二人組を見ていないか聞いて回ると、やはりというべきかいろんな人から情報を聞くことが出来た。そして、人々の証言をもとに2人の足取りを追う。二人の家がある場所を教えてもらった私は安堵する。この近くに2人の家があるという。やはり2人は家に帰ろうとしているらしい。
そして、普段からはあり得ない程歩き回った私は、体力が底をついてフラフラになりながらも、ようやく2人の家だという場所に辿り着いた。
私は喋れる程度に息を整えると、その家の扉を叩こうと近づいた。
「なにするのっ?ちょっ、やっ、んーっ!」
次の瞬間、家の中から聞こえてきた声に私は目を見開いた。明らかに言葉の途中で口を塞がれたような声。ノネットの焦ったような声に、私の心臓が早鐘を打ち始める。
嘘でしょう?まさかこんなことって…。なんで、いまっ。
グルグルと頭が混乱を訴える。なんとか、私は音を立てないように慎重に扉を開けようとした。しかし、開かない。鍵が掛けられている。
家の中ではノネットの微かなくぐもった呻き声と、バタバタと何かが倒れるような音が聞こえてくる。
どうすればいいっ?まだ、まだ、メイ叔父さんも、騎士団も、ローゼンも、来てはいない。
私しか、いない。
どうする?鍵のかかった扉を開ける手段を私は持たない。ならば、扉を開けるように中に声を掛けたところで意味はない。今、あの男が、この扉を開けるはずが無いのだから。
私は家の周囲を駆けて窓を探す。そして、見つけた窓に足をもつれさせながら近づいた。カーテンの引かれた窓の中を伺うことはできない。ノネットの声は、聞こえてこない。あの男の声も、聞こえてこない。
恐怖に体が震えていた。ノネットを助けたい、けれど、方法が見つからない。助けなければ、ノネットの身が危ないのに。
頭の中で警鐘が鳴り響いていた、グラグラと倒れそうになる身体に、けれど、心があげる悲鳴を優先して、私は無理矢理窓を割る方法を考える。
鉄、棒、石、なんでもいい。私は近くに落ちていた大きな石を見つけた。そして、それをなんとか拾い上げ、そのまま窓に向けて投げこむ。




