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最終話

 


 小森の朝は涼やか…ではなく、今はもうひんやりと肌寒い。お日様が出てくれれば、昼間はまだ暖かさがあるんだけど。

 というわけで、いそいそとベッドから起き出したら、何はともあれ先ずは暖炉に火を熾しますよ。もう手慣れたものだよね。文字通り朝飯前の私の大事な仕事。火の元注意で油断大敵だけど、薄暗い空間にポッと火が灯るとホッと安心する。


 水を汲んで、昨夜の残りのスープをゆっくり温めながら、朝一番のお茶を淹れる。このなんとも言えない朝の静かな空気感が好き。あぁほら、窓の外で、小森に少しずつキラキラ光が入ってきた。


「おはよう、セリーさん」

「おはようございます、ヴィオレット様」


 よし、今日もちゃんと先に起きられた!

 ふくふくと満足感を味わいながら淹れたお茶を差し上げて、暖炉の前の揺り椅子に座って貰う。嬉々としてエスコートすれば、はいはい、ってもう最近では何も言わないで私の好きにさせてくれている。


 そんな私達を横目に黙々と外から帰ってきたファゴットさんには、未だに早起きで勝てた試しがない。黙々と、だけど、今日もやってるな、みたいな溜息は聞こえてます。黙認してくれてる時点で共犯でしょうに。


「良い香りね。今日のブレンドは?」

「寒いからチャイにしました。この季節になると、時々ハマるんですよね」


 働いてた喫茶店のオリジナルチャイブレンドは絶品だった。紅茶の質が良いのももちろんだけど、なんとパウダー状のじゃなくてホールのスパイスをじっくり煮出してたのが高ポイント。お客様の好みによってミルクや砂糖のあるなしも選べて、実はチャイってインド式のだけじゃなくて色んな飲み方があるんだってあそこで初めて知ったんだよね。私はミルクたっぷり、ほんのり甘いのが好き。


 あの毒花事件からもう随分と日が経って、実のところ、ヴィオレット様の身体は既に全快している。


 もうそろそろ、あちらへ帰ろうと思うのだけど…と、ヴィオレット様が控えめに申し出て来た時の私の顔は、そりゃあもう大変わかりやすかったと思う。漫画みたいに、ガーン、って効果音付きで。わかってた。あれこれ理由をつけて往生際悪く引き留めてたけど、私の我儘だって。

 でも、なんだか嫌だった。お節介な話なのだろうけど、毒花事件があって、ヴィオレット様も決して若くはなくて、もし誰も気づかないところで何かあったらって…想像したら怖くて。ひとつ屋根の下で一緒に暮らしたから、余計にそう思った。


「キキもおはよー」

「メシ」

「はいはい」


 思ってることを素直に白状して、今まで以上に修道院の手入れを責任持ってやるから、元に戻らないで欲しいってお願いした。なんなら私が修道院で寝起きしても良いし、別に私じゃなくても良いから、とにかく朝も夜も一人じゃなくて近くに誰かがいるようにして欲しい。


 セリーさんが、そう願うなら。ヴィオレット様はやんわりと微笑んで、私の我儘を受け入れてくれた。だからこうして同居継続中で、私は前にも増していそいそとお世話している。暖炉の前でほっこりしながら、今日はどの服を着ようかとか、お互いの髪を櫛で梳いたり結ったりして。

 ファゴットさんは何も言わない。…いや違う、一度だけ言ったわ。「…生き別れになった母娘が感動の再会をした、まるで後日談みたいだな」だって。なにそれ褒めてるの?貶してるの?なんだかんだでヴィオレット様がいるの満更でもないくせに、ねぇ?いいよ、このままなし崩しに絆されちゃえ!





「セリー君。ヴィオレット嬢。お久しぶりですね」


 領主様が彼と隊長さんを伴って『魔女の家』を訪ねてきたのは、ちょうどお昼時。元々そういう予定で、ファゴットさんにも同席して欲しいということだった。

 陽が昇って、今日は幸いにも暖かい陽気だったから、予め泉のほとりに用意したテーブル席に座って貰う。話がひと段落すれば、このまま昼食にするつもりだ。


「ヴォルカーノ将軍が訪ねて来られた時は驚きましたが、まさか同じようなことを考えているとは。話が早くて助かりましたよ」

「だから将軍はやめろっつってんだろ。まぁ俺としても?アンタはお貴族サマの中では風変わりな印象だったからある程度勝算はあったが、ここまで上手く話が進むと逆に俺の直感が冴えすぎてて怖いわ」

「…自画自賛も良いですが、この短期間でどれだけの人員を動かせばこの結果になるのか、こちらは考えるだに怖ろしいんですが」

「あ?あとはあの魔術師筆頭に話して、国王陛下に進言させただけだから片手で足りるぜ?」

「数の問題じゃありません。貴方とあの方がタッグを組んだ時の恐ろしさは伝説級です。宰相様も元老院も、やってみろととりあえず許可出すに決まってるでしょう」


 とりあえず、領主様のお話は要約して、一体どういうことかと言うと。


『魔女』の存在意義は、第一に象徴。

 精霊の揺り籠であり世界を支える柱の確かさを示す存在。『魔女』が変わらずそこにいる限り、人間は世界から見捨てられていない証になる。小森や精霊を大切にすれば加護や恵みが保証されるという、安寧と平和の指針。そのことを顧みなかった結果、一国が滅んだ事件が益々その事実を強固にしている。

 そして、『黒猫』が選ぶ『魔女』は例外なく人間で。人間は欲深い。だからこそ、『黒猫が選んだ魔女』の存在は道徳と倫理として機能する。同じ人間の『魔女』の存在に、人々は己の行動を常に振り返る。黒猫と小森の存在を思い出すよすがになる。


 …と、最初の頃に耳タコなほど説明されたこれを前提にして、なにやら国王様に直談判して許可をもぎ取ってきたという内容が


『次なる「魔女」である女性は当代とは異なり、積極的に小森の外と関わる姿勢を示している。何よりも望んでいることは、争いのない平穏な暮らし。そうであればこそ、我が国、そして世界の良き循環と安定、平和のためにも、この世界に未熟な彼女を守る絶対的な体制に万全を尽くすべきである。よって、我が国魔法騎士団最強を誇る近衛隊長と王宮筆頭魔術師、ならびにミューゲ領主、そしてそれら三者が強く推薦する魔法騎士の一人を次代魔女の専属騎士と据え、その四者を連携させた国防策を打っては如何か』


 これ。


 …うん、これ、って簡単なように言ってるけど、隣に座ってる彼が只今絶賛、米神抑えてるんだよね。王宮事情知らないけど、なに?その魔術師さんも何か凄い人なの?隊長さんと組んだら周りが何も言えなくなるくらいの経歴持ち?…後で詳しく聞いてみよう。今下手にツッコんだらパンクしそう。主に私の頭が。


「えっと…つまり、リュートが私の専属の魔法騎士になって、しかも皆さんがこれから先のことを全面的にバックアップしてくれる、ということですか?」

「これで名実共に、公的にもプライベートでも堂々とリュートと一緒にいられんだろ?」


 いかにも、ドヤァ、って素晴らしい笑顔をありがとうございます。なんでリュートとの部分だけやたら強調するんですか、ツッコんだら負けなの?この間からなんだか凄く激励されてる。

 まさか隊長さんがあの後、領主様のところへ直行してたなんて。それでお二人とも意気投合して一晩で草案練り上げて、隊長さんが王宮に持ち込んで今日になるまで、まだ半月しか経っていない。どれだけ仕事早いんだろう。


「どうして、そこまでしてくれるんですか?」


 純粋に疑問に思ったまま、口からぽろりと零れ落ちる。


「失礼な質問なのはわかってます。でも…やっぱり少し、不思議で」

「嬢ちゃん、それは主に俺に対する疑問ってことで良いか?」

「この場ではそうですね」


 隊長さんは正しく意味を汲み取ってくれたみたいだった。

 領主様はまだわかる。あの晩夏の大市場の日に美味しいコーヒーとチョコレートを食べながら話し合って、それからも何度か会う機会があって親交を深めていた。領主様は元々「魔女」に肯定的で、私自身のことも気遣ってくれていて、私も彼を通して領主様がとても良い方だって慕っている。


 でも、隊長さんや、その魔術師さんは違う。後者に至っては会ったことすらない。隊長さんとの出会いこそ衝撃的だったけど、私が個人的にそこまで気にかけて貰えるほどの仲にはなっていない。

 国に奉仕する立場の人だから、国や世界のため、と言われればそうなんだろうとは思う。でも、それなら隊長さん達自身が直接私に繋がりを持つような、いわゆる親密な関係性を作らなくても、そこまで力がある立場なら他に間接的なやり方も出来たんじゃないかなって。私の勝手な憶測なんだけど。


「五指だ」

「?」


 ふいに、隊長さんは手のひらを広げて私に向けてきた。


「これは単純な実力の話でな。トップは俺。次に総司令と師団長がほぼほぼ僅差で同等に並ぶ。次に武家の名門出身のヤツが一人来る。んで、コイツ」


 前置きのように話し始めて、広げていた指を畳んで、彼に指先を向けて不敵に笑った。


「ヒトが強くなる理由は千差万別だ。別のヤツにとっちゃマイナスでも別のヤツにはプラスになることもある。リュートの場合、私欲が限りなく薄かったことが結果的には功を奏した。逆にさっき言った武家のヤツは際限ない向上心という欲が強さの秘密だが、まぁそれは別の話だ。リュートはな、やるからには魔法騎士として上達を目指したし自分を磨いたが、そこに私欲はなかったんだよ」


 隊長さん曰く、余計な欲望がなかったから、他の誰よりも純粋に魔力や精霊と向き合って修練することが出来たのだそう。時に欲望は目を曇らせるものだからって。


「魔法や魔術の実力は天性的なモンだけじゃねぇ、後天的に、つまりどれだけ本人が修練を重ねてテメェを磨き上げるかが重要になる。ところが、だ。だいたい、ヒトってのは欲望があるがために潜在的な可能性を十分発揮出来ないまま終わることがままある」


 魔法騎士の話だろう。でも、それはどこか、聞いたことがあるような話だった。

 意識的にでも無意識にでも例えば、こうありたい、と理想を描いてそれを目指そうとすると、皮肉なことにその自己暗示が能力を狭めて伸び代を潰してしまうことがある。下手に力んでしまうから。例えば、外から与えられる情報。先入観。向上心は大切だけど、こうあるべき、と思いすぎると才能をなかなか発揮出来ない。バレエの世界、スポーツの世界…どこでも似たようなことはある。


 彼を見る隊長さんは、心底楽しいとでも言うように真紅の瞳を踊らせる。本当にお気に入りなんだな、と思う。私がまだ知らない彼のことだから、耳を大きくして聞き入った。


「そこが、俺がリュートをおもしれぇって思った理由な。無欲ったぁちと言い過ぎだが、だいたいの若いヤツがセルフ障害物競走して伸び悩んでるってのに、知らん顔で淡々とマイペースに磨き上げてるのを見た時にゃ思わず笑ったわ。オマエそりゃねぇだろうって。嬢ちゃん、魔法、魔術、どれでも良いが、後天的に実力を上げるための大原則は何だと思う?」

「……基礎に忠実?」

「魔法や魔術の基礎ってのは?」

「んん…?」

「魔力だよ」


 水・火・土・風・光・闇。これが六大。世界を構成するこの魔力の真髄をどれだけ理解して、操る力を習得するか。なるほど、そこらへんは彼にも聞いたことはある。魔法石はやっぱり不思議アイテムだけど。


「つまりざっくり言うと、余計なことゴチャゴチャ考えねぇで魔力と、それを司る精霊に向き合えって話だ。けどな、さっきから言ってるが、多くのヤツはそれがなかなか出来ない。向き合ってるのはテメェの欲望ばっかで、真髄を見てるようで違う」

「火の魔法の達人になりたいって思うばかりに、その気持ちが逆に足枷になる、みたいな?」

「そうだ。自分本位な気持ちじゃ精霊も好かねぇよ。リュートはな、野心がねぇって言えば良いのか、世間知らずってわけでもねぇのにこう、さらっとしててよ。既に持ってるモンだけで他は特にご所望でない。んで、野心はねぇがやるこたぁきっちりやる。結果、誰よりも純粋に魔力と精霊に向き合って磨いて昇華して、六大どれでもござれのオールラウンダーのマルチタスクになりやがった。精霊も、リュートに使役されんのは楽みたいだしな。楽ってのは、摩擦がねぇってことだ。つまり力を十全に発揮出来る」


 とりあえず、五指、ってとんでもない実力者ってことなのでは。いつだったかファゴットさんが、これでよく一村人の役に…なんてこと言っていたけど、本当にね。


「話を戻すが、五指だ。ここまで磨けば、もうあとは滅多なことじゃ障害にはならねぇ。達人ってのはそういうことだ。むしろここからは、今度は逆に欲望はプラスに働く。ー俺はな、リュートが何をもって一皮剥けんのかすっげぇ興味があった。そんで、その先にどんな未来を見せてくれんのか。俺はそれが楽しみで楽しみで仕方なかったんだよ」


 私が知らない彼を見続けて来た人が、私の前で最高に楽しそうに、至福そうに、面白そうに笑っている。それなら良いのかな、って思ってしまうような、心強く実に不敵な笑みだ。


「まぁ何が言いてぇのかってぇと、この俺が手塩にかけまくったツレない部下が後生大事に抱えてる女ってだけで、俺が擁護するには十分な理由だってこった。だからとどのつまり、」


 諦めて全力で守られてくれよ、嬢ちゃん?




「…って、なんだかいきなり王宮との繋がりが出来て、私はどう反応すれば良かったんですかね」


 お芋と根菜たっぷりのスープ。玉ねぎとセージのスコーン。鶏肉と香菜のオーブン焼き。栗と秋茄子のパテ。スタッフドエッグ。キノコのサラダ。ヴィオレット様にも手伝ってもらって仕込みはしてあったから、あとは仕上げるだけ。飲み物はどうしようかな。


「…あの人の異名に、電光石火というのがあってな」

「異名…ちなみに、その魔術師筆頭さんはどういう…?」

「シロフォン様と言うんだが、魔術に関して右に出る者はいないと言われている。世界全体で見ても、それこそ五指に入るか。…つまり、本来お二人ともそう易々と動かせる人達ではないんだが、その本人達が自ら動いたら…仮に止めようとするだけ徒労だ」


 うわぁ。素直に一歩引いた私に同意するように溜息をついた彼だけれど、そうしてから、やんわりと苦笑を口元に刻んで見せた。


「占われたことがあってな」

「占い?」

「あぁ。最初は、隊長が海外遠征へ出掛けるより半月ほど前のことだったか。喫茶室で同席したシロフォン様に占われた。象徴は黒。とても遠いところから会いに来るから、月が満ちるのを待てと。次は帰ってくる途中で立ち寄った店だ。店主の女性が、この先に自分に会いにくる子がいると」


 よしあとは外に運ぶだけ、と満足して料理達を見ていたら、影が差して隣を見上げた。

 指先が前髪に触れて、おもむろに横に流される。そのままゆっくりと滑り落ちて、頰に包み込むように触れて、私の瞳を見つめてから彼は、そっと目を閉じた。


 甘えるように頭に頬を寄せられて、慣れない私は戸惑う。でも、そんな彼が珍しくて、私も手を伸ばしてみた。

 窓の向こうから、領主様と隊長さんがファゴットさんをなんやかんやと巻き込んで歓談している声が聞こえる。ヴィオレット様!と呼ぶ声は、リリィちゃんかな?でも、賑やかになっていく外とは違って、二人きりの家の中はひっそりと、心地いい静けさに満ちていた。


「君に初めて会った時には、特に思い出さなかった。今だから、君だったのか、と思う。…俺は本当に恵まれている。魔法騎士に未練も執着もなかったが、変わらず彼らに気持ちを傾けられてることが、嬉しいんだ。まさかこんな形で、また彼らと同じ土俵に立つことが出来るなんて思わなかった。魔法騎士としても、君のそばにいられるなんて」


 ふと思った。隊長さんは、彼に喜んで欲しかったんじゃないかなって。色んなこと言ってたけど、単純に、大事な彼を一番喜ばせる形を選んだんじゃないかな。未練も執着もなくても、きっと彼にとって、隊長さんのそばで魔法騎士としてあった時間は、かけがえないないものだったんだろう。


「リュートが隊長さん達に大切にされてて、私も嬉しいです」


 言えることは、これだけ。私も嬉しい。

 彼を好きになって良かったって心から思う。それで、これからもっと、彼のことを知りたい。私が知らない彼のこと、彼が大切に思う人達のこと、少しずつ知れたら良いなぁ。


 ありがとう、と小さく呟いた彼の髪を、気持ちが伝わるように撫でた。





 外に出ると案の定、子供達が遊びに来ていた。子供の順応力ってやっぱり凄いよね。それは領主様も隊長さんも良い人だからだろうけど、既に物怖じしないで遊んでコールしてる。


 リリィちゃんとシタール君が何故か喧嘩腰で競いながらお料理を運んでくれて、こっちが何もしないうちにテーブルセッティングが終わった。見ていてかなり面白かったからね。あっかんべーって何それ可愛いだけだから。あ、みんな一緒に食べるよね?ね?よし!見越してたくさん作ったから、一緒に食べようね!


「いただきまぁーす!!」

「お?なんだそりゃ、なんかの行儀作法か?」


 あ、隊長さんは知りませんよね。領主様には既に伝染ってるんですけど。私がいつも手を合わせてるから子供達が真似し始めて、気づけばみんなそうするようになってたんだよね。元気に手を合わせた子供達に倣って、私達も手を合わせて、小森の楽しいランチタイムのはじまりはじまり。


 焼きたてのパン。とろりと甘い蜂蜜。新鮮なバター。

 あぁ今日も蜂蜜バタつきパンが美味しい。


 ほくほくしていると、横から伸びてきた指に口の端っこを拭われた。え、蜂蜜?あ、はい、なんか子供っぽくてすみません…あの皆さん、そんなにガン見しなくても良くないですか。恥ずかしいからやめて下さい。リリィちゃんは何で彼の脛を蹴ってるの?そこ痛いからやめなさい、弁慶も泣いちゃうんだから。ごちそうさまって、シタール君その顔やめて。


「結婚式は是非、我が家の自慢の庭でやって欲しいですねぇ」


 気が早すぎやしないですか領主様。


 とりあえず今は『魔女に関する国防策』は草案の段階で、これから詰めるに当たっては私とファゴットさんの意見も取り入れることになるそう。国防策ってやけに規模が大きい響きだけど、私がそう感じるのは、まだまだこの世界を知らない証拠なんだろう。正しく国防策にしないと、余計な争い事が生まれかねない、それだけ『魔女』の存在は大きいんだ。


「嬢ちゃんはこれまで通り、リュートのそばでのんびり暮らしてくれ。それ以上のことは言わん」

 隊長さんのそんな激励は、領主様が言っていたことと同じ意味だろう。平穏も日常も当たり前じゃない。それはある時、呆気なく崩れることがあると私は知っている。

 魔女(わたし)の平穏な暮らしを守るために、これだけの人達が動いてくれている。だから私も受け身じゃなくて、ずっと思ってきたように、彼らに何か返せるように…私が魔女で良かったってずっと思って貰えるように、なんだって、やれることをやろうと思う。


 たたっとどこからか走ってきたキキが軽やかにテーブルに飛び乗った。前脚で料理を突こうとするから、慌てて膝の腕に移動。うん、ぬくい。


「キキ、あのね」

「なんだ」

「ありがとうね」


 はじまりは、あなただったね。パンの美味しそうな匂いに誘われて、満月の下で見つけて、目が合って。私を選んだ理由に絶対的なものはなかったって言ってたけど、でも、あなたが実際に選んだのは私で。あの世界が嫌いというわけではなかった。でも。


 選んでくれて、ありがとう。


 腹が立つほど艶やかで綺麗な黒い毛並みを撫でると、ふん、と鼻を鳴らすから笑ってしまった。

 くすりと隣からも密やかな笑みが聴こえて見上げると、陽射しをそっとやわらげてくれる木陰のような、優しい瞳が私を見ていた。



 拝啓、いつまでも大好きなおばあちゃんとおじいちゃん。あなた達の可愛い孫娘は異世界ののどかな小森で、優しい木漏れ日と、大好きな人達と、愛する人と一緒に蜂蜜バタつきパンを食べながら、のんびり暮らしています。



 《〜木漏れ日の蜂蜜バタつきパン〜完》

「木漏れ日の蜂蜜バタつきパン」これにて完結となります。


ご愛読ありがとうございました。少しでも多くの方に、読んでいて癒されるような作品になれば良いと思いながら書き進めてきました。最後の数話は少し駆け足なように感じたかも知れませんが、本編の終着点はここと最初からある程度決めていました。書きためていたものを修正しつつ、一気に投稿させて頂きました。

読者様によっては中途半端な終わり方に感じるかも知れません。この後は後日談、もしくは番外という形で小さな話をちょこちょこ上げていきたいと思っております。


何はともあれ、無事に書き終えられたのはいつも読んで下さった皆様あってこそです。ありがとうございました。


水琴窟

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