表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/34

9.セリー

 


「おかえりなさい二人とも。あら、良い鴨じゃない」

「ただいま戻りました」


 帰ってきたのは、まだ夕暮れには少し早い時刻。

 私は相変わらず軽い蔓籠ひとつ、彼は重たいバスケットと、活きの良い鴨を一羽抱えている。私がバスケットを持つと散々言っているのに、彼は頑として譲ってくれないのだ。この身体はそんなにひ弱に見えるのか、くそぅ。反論出来ないのがまた悔しい。いいだろう、ならば筋トレだ。


「ふふ、チーズもバターもたくさんね。腕が鳴るわぁ。さ、おいでおいで」


 彼とお出かけした日は、セレナード家で夕食をご一緒するのが恒例になっている。それはもう、お母さんたっての懇願で。手を合わせて「だめ?」ってあざとく上目遣いされてオチない人いる?はい無理です。

 ルンルン気分のお母さんに手を引かれて、クァ、と呑気に鳴いている鴨とお別れして、既に慣れつつあるセレナード家のキッチンへお邪魔した。



 〜セレナード家の晩餐、チーズのオードブルと姫林檎タルトのチェダーチーズ添え〜



「鴨は男手に任せて、私達はデザート、作りましょ」


 セレナード家はパン屋になっている一軒の裏に、こじんまりと佇んでいる。

 元々は彼のおじいさまとおばあさまの家で、彼が生まれてからは五人、仲良く暮らしていたんだって。パン屋の方は、長く空き家になっていたのを改修して出来たみたいなのね。

 隅から隅まで、古風でお洒落なアンティーク。おじいさまとおばあさまが、丁寧に手入れしてきたんだってわかる。それできっと、今は三人が丁寧に手入れして暮らしている。

 言ってしまえば、まだ知り合って長くはない人達の家なのに、どこか懐かしくてホッと安心するのは、そういう空気が肌でわかるからだろうなぁ。日本家屋と西洋風では趣は全然違うのに、おばあちゃんとおじいちゃんと暮らしたあの家にいるみたいに和んでしまう。


「林檎のデザートですか?」

「そうよ、地下で保存してあったの。これはちっちゃい姫林檎」

「このあいだの、アップルソースケーキも凄く美味しかったから、楽しみです」


 うん、あれは別格の美味しさだったわ。林檎を無水でよく煮詰めてジャム状にして、裏漉した甘いソースをたっぷり練りこんだパウンドケーキ。シナモンとナツメグとクローブのスパイスが効いてて、胡桃やデーツの木の実がごろごろ入ってるの。濃厚でやみつきになるケーキだった。


 お母さんーメリッサさんは、こうしてひとつひとつ、楽しそうにレシピを教えてくれる。どれもこれも、この土地の郷土料理だったり、セレナード家伝統のものだったり。おばあさまから受け継いだという手書きのレシピノートは黄色く変色していて、そこにまた彼女オリジナルのものが書き加えられている年季もの。


 畏れ多いと思うけど、「どれ作ってみたい?あ、これなんて母の十八番なの!今度一緒に作りましょ!」なーんてウッキウッキされたら、そんな気持ちも吹き飛んじゃうわ。


「それにしても、セリーちゃんは本当に、立ち姿が綺麗ねぇ」

「そうですか?」

「猫背にならないものね。セリーちゃん、華奢だけど、小さく見えないのはきっとそのせいね」


 並んで一緒にくるくると林檎の皮を剥いて切っていたら、ことのほか感心したように言われて少し照れてしまう。


「おばあちゃんの、お陰だと思います。『いつでも、誰が見ても洗練された振る舞いは、身を守る一番の術よ』って、きっちり教えてくれたので」


 うんと子供ながら、どんな時でもしゃんと伸びて、それでいてしなやかなおばあちゃんの佇まいは、かっこいいなって憧れた。逆に、おじいちゃんは割と背を丸くして煙草ぷかぷか吸ってたなぁ。それでも堂々とした職人気質って感じで、それはそれでかっこよかったけど。


 あのね、おばあちゃん、凄いんだよ。大きなお屋敷のお嬢様だったけど、戦後、バレエに魅せられて渡欧して、立派なバレリーナになったの。お屋敷のお嬢様としては失格だったかもしれないし、外国かぶれって悪口もあったみたいだけど。それって、異世界に行くようなものじゃない?

 間違えたことも苦労もたくさんあって、それでも決めたことを途中で放り出さないで覚悟を持って生きて、説明されなくても滲み出る貫禄と洗練された佇まいに憧れた。だから、「バレエ、やってみる?」って言われて頷いたの。プロにはなれなかったけど、これでもバレエ歴二十云年なのです。音楽聴くと踊りたくなるのはDNAレベルの習性よ。


「あら、ウチの義母も似たようなこと言ってたわぁ。『淑女たるもの、常にエレガンスでありなさい!』って。あの人がいるところは、どんなところでも空気がキリッとしててちょっと緊張感があったのよ。ふふ、私には出来ないけどね」


 さて、切った姫林檎は無水でプリザーブにします。コトコト煮てる間に、いよいよタルト生地を伸ばしますよ。

 タルトと言っても、クッキー生地じゃなくてパイ生地に近い。小麦粉と塩と、頂いたばかりのフレッシュなバターだけのシンプルレシピ。

 さくさくに仕上げるには手早くね。使う水は絶対に冷水。でも一気にドバーッと入れちゃダメ。


 生地をまとめて艶を出して、ここからが勝負。もうね、メリッサさんの手つき見て。なにこの神業。麺棒使ってくるくるくるくる、あっという間に均一に伸ばしていく。これぞ家庭料理のプロ。

 それに比べて見てよ、私のこの手際の悪さ。うん、慣れてないのを考慮してもひどいわ。手先はそこまで不器用じゃないと思うんだけど、プロが横にいるからね、比べちゃうよね。


「大丈夫大丈夫。今日のタルトは縁を花びらの形に細工するから、端っこが少しボロボロでも気にしないの。むしろこれ、嫁入り道具のレシピで、まだ初心なお嫁さんがどうにか見栄えよく出来ないか誤魔化すために考えたのよ?」


 お世辞じゃないのはわかりましたが、花びらって更に難易度高くないですかね…?メリッサさんのご指導の元、私はなんやかんやとタルトを仕上げていく。


 それにしても、おばあさまから受け継がれたこのキッチンも、とても居心地が良い。


 まず食器棚が素敵。おばあさまが時間をかけて集められたアンティーク食器が、綺麗に並べられてる。陶器のやわらかな白に、花や鳥の絵柄がそっと添えられてて、見ていて飽きない。それこそ、アンティークショップにあるのみたい。

 でも、そういえば日本人ってアンティークは奥にしまいたがるよね。思えばちょっともったいない気がする。おばあちゃんも、お重や漆器は特別な時しか出してこなかった。こうやって大切に日常使いする暮らしも良いなぁ。


 壁は、元のベージュ系統の石造りそのままでもきっと素敵だけど、セレナード家はところどころにタイルや石を嵌め込んである。遊び心が感じられて楽しい。壁だけじゃなくて、家中目立たないところにも細かな細工がしてあって、それを見つけるのがなんだか宝探しみたいで。

 思わず嬉々として「あっここにこんなの!」って指差すと、よく出来ましたと言わんばかりに彼が優しい眼差しするから、かなり恥ずかしくなるんだけど…うぅ、子供っぽい自覚はあります。でも、古い日本家屋で隠し戸とか引き出しとか見つけると楽しくない?私は楽しかったよ。


 木製の戸棚には、使い込まれた調理器具。日本でよく出回ってたステンレスやアルミじゃなくて、陶器や磁器、ホウロウ、銅製が多い。この食材にはこれを使うと味が損なわれないわよ、って使い方を教えてくれた。

 あとは、お菓子作りも日常茶飯事なのか、いろんなケーキ型がある。本日使うのはちょっと深めのタルト型。おばあさまや、その前のおばあさま達も代々、そんなに背は高くなかったみたいで、私でも手が届く範囲に道具があるのは嬉しい。


「さて、タルトはまた寝かせておいて、次はパスタ茹でちゃいましょうか。はい、シャンパン」

「ありがとうございます」


 メリッサさんとキッチンでささやかな乾杯。

 こうやってキッチンドランカーになって、ちびちび飲みながらゆったり夕食を準備をするのがミューゲ式なんだって。私もこういう飲み方ならヘロヘロに酔わないから嬉しい。

 もちろん毎日じゃないけど、週に一度はそういう日にするのよって。食いしん坊にはたまらない習慣だわ。フルコースで言えば前菜を、キッチンで食べるところから始まるわけね。


 それで、今日の前菜。オードブルは牧場で頂いてきたチーズです。


 だんだんわかってきたけど、ミューゲの人達って日常的にたくさんチーズを食べる。朝昼晩、食前にも食後にも本当にたっぷり。見てたらびっくりするよ。え、そんなに食べて胃もたれしない?太らない?って。こってりした料理のあとも、絶対にチーズが鉄則。ここはチーズの国かって感じ。

 ところが曰く、「チーズは消化を促すし、むしろこってりした料理のあとに良い」らしい。チーズのない食事なんて考えられない!くらいの勢い。

 日本じゃ考えられなかったけど、よく考えてみたらチーズって発酵食品。日本のお漬物と似たような感じなんだろうなぁ。それに、良い草を食べて健康に育ったヤギや牛のチーズだから良いのね。このスタイルがここの郷土なんだって思うと納得。


「ブルーチーズは塩気が濃いから、無塩のバターと同量で混ぜると良いわ。ほら、簡単。お野菜と一緒に食べてみて。あとね、今の時期はなんといってもこの、ヤギのシェーブルね。今日はリュートに、特にこれを買って来てって言っておいたのよ。出産してお乳が出来る時だけのものだから貴重よ。あとでパンにも乗せて食べましょ。おすすめはパイの包み焼きかしら?」


 蜂蜜バタつきパンは大好物でも、バターや、ましてやチーズの詳しい知識なんてなくて、ここに来てどんどんバター通、チーズ通になっていくのがわかる。ここの人達にとっては当たり前の知識なんだろうけどね。こうやって、メリッサさんはレシピと一緒にこの土地の知恵を自然と教えてくれるの。有り難い。


「パスタは、今日はささっとオイルとお塩で和えるだけにしましょ。その方がチーズも鴨もデザートも、きっと美味しいわ。セリーちゃんお願いね」

「はい」


 それで、手取り足取り教えてくれるだけじゃなくて、私ができるところは任せてくれる。「これ、前に作ったでしょ?だから今日はセリーちゃんに任せて、私は別のを作るわ」って。もう、メリッサさん大好き。


「お、やってるなぁ」

「あら、鴨は捌き終わったの?」


 リボン型のパスタ、ファルファッレって言うんだけど、メリッサさんが数日前から作って寝かせてあったみたいで、今日は茹でるだけ。茹で上がったのに、さっとオリーブオイルを絡ませて、岩塩を振って出来上がり。

 たったこれだけど、これが意外とね、熱々のにかけるタイミングとか量とか難しい。ベタベタにならないようにしないといけないし。シンプルなだけに、そこだけがミソだから。小麦粉にしっかり味わいがあるから、これだけで十分なご馳走。

 そんなことをやっていると、表からお父さんーライアーさんと彼が入ってきた。はい、腕まくりが超絶格好良いです。


「ローストで良いか?」

「えぇ、お願い。残ったのはパイに包むわ。ねぇそれより、二人もせっかくだからチーズ。今年のシェーブルも美味しいわぁ」

「お、いいねぇ」


 はい、アーンって…ナチュラルに目の前でいちゃつき始めましたありがとうございます。いや、うん…これ、いつもなんだけどね。そう、いつも。本当に仲良いな。まぁね、鴨を捌いた手、まだ洗ってないもんね。アーンしないと食べられないものね。


「この人達は、万年恋人夫婦で有名だからな…」

「なるほどです…」


 呆れたようにお二人を眺めてる彼に若干同情しつつ(だってこれ彼は毎日近くで見てる)、私は手元に視線を落とした。

 ライアーさんの表情を見ると、この出来立てのパスタとヤギの貴重なチーズを一緒に食べるのは絶品だとわかる。つまりこの瞬間が旬。逃したら次はない。いつ食べるの?今でしょ。


「リュートもどうぞ」


 鴨を捌くなんて芸当は私にはまだ無理だ。これから食べるだろう鴨はさっきまで生きていて、代わりにひとつの命を手にかけてくれたことに、ひよっこの私が出来る感謝の形は限られてる。昼間、彼にちゃんと伝えるんだって決めたばかり。有言実行しないと。食べられないほどひどい味付けではないと思うのだけど。


「………」

「リュート?」


 この時、私はメリッサさんとライアーさんに背を向けていたから、お二人がどんな顔をしているか見ることはなく。沈黙して固まる彼に、もしかして苦手な料理?左手添えてるから落としませんよ?などと明後日の想像を大真面目に考えていた。


「ふふふふふふっ。ねぇリュート、美味しいでしょう?」


 ようやく口を開けたのに、あ、苦手じゃないのかな?って安心してひょいとフォークを運ぶ。最期の時、おじいちゃんとおばあちゃんによく食べさせてあげたりしたから、歯にぶつかったりしないで我ながら上手く出来てると思う。そうそう、セレナード家の銀食器もよく磨かれてて目の保養です。


「…あぁ、美味い」

「?」


 あ、あれ…なんか、ぶっきらぼう?もしかして、味付け、不味かった…?

 さっさとキッチンをあとにした彼に、内心でガーンってショックを受けてると、「ちがうちがう」とライアーさんが後ろから快活に笑いかけてきた。「リュートの照れはうなじと耳に出やすい」って…。


「……!?」


 銀のフォークを改めて見た瞬間、その場に崩れ落ちた。なにやってんの私…。





 気を(なんとか)取り直した本日の夕食は、鴨ローストのオレンジソース添えをメインディッシュに、ファルファッレ、バゲットのシェーブルチーズ焼き、小森のハーブのサラダなどなど。


 振り返ると割と量を食べてるけど、お腹が全然苦しくないのね。キッチンで料理しながらちびちび飲みつつ、つまみつつ、席についてからもお喋りしながらゆったり、二時間くらいかけて楽しむからだと思う。

 出来立ての熱々も美味しいけど、こう言う時は冷めても美味しいものを作るのよって。だから慌てて掻き込む必要がない。


 セレナード家ではだいたい、シャンパンカラーのテーブルクロスとレースをダブルがけで使ってる。

 こういうセッティングをメリッサさんから教わって、だから小森の家でも実践してるの。毎日当たり前にやってこそ板につくのだと思うし。

 これもやっぱり、おばあさまが使い続けてきたクロスで、リネン棚にぴっちりアイロンかけてしまわれている。そういう細やかさが素敵。


「魔法石って、やっぱり不思議ですね…」

「まだあまりピンとこないか。ここは、他の地域や王都に比べてまだ原始的な方だからな」


 ひと通り食事を終えて、今はリビングルームでまったりお腹休め中。

 膝の上で閉じたのは、この世界の神話にまつわる絵本だ。実はいつも食後、彼がこうしてこの世界のことや、文字を教えてくれています。オイルでも電気でもなく、魔法石で明るく灯されている空間を不思議な心地で眺めた。


 なんでもこの世界は太古に、精霊王によって創造されて、その時にあまねく命に幸多かれと生み出されたのが魔法石というものらしい。

 今は文明が発達して、昔よりも魔法石の活用方法も多様化している。ここは魔法石ルビーのお国らしい。他にもサファイアやエメラルド、真珠もあるんだって。

 戦争にも使われたことがあるという魔法石は、いわば強力なエネルギー源で、魔法や魔術を使う時にとりわけ活用されるる。


 部屋の明かりだけじゃなくて、キッチンの熱源にも、冬は暖炉でも使われている。うーん、つまり、魔法石が発電所の代わりってことかな?


「そもそも、魔法自体が不思議というか…」

「魔力と魔法石があれば、誰でも簡単な魔法くらいは使える。教えても良いが…」

「ありがとうございます。でも、今は遠慮しておきます」


 いきなりぶっ飛んだものを身につけようとするほど勇者じゃない。もちろん興味はあるよ?魔法とか普通に憧れる。でもそれは、あくまで私がもっとちゃんと、この世界の人間になってからだ。


「ここのパンを食べると嬉しくなるのは、ちゃんと私の肉になって血になってるのがわかるからだと思うんです。メリッサさんにお料理を教えて貰ってて、リュートには文字まで教えて貰ってて、そうやってひとつ覚えるたびに少しずつ、私もこの世界の人間になっていってるのかなって思うんです。そうだと、嬉しいんですけど。だから、今はまだ」


 蜂蜜バタつきパンだって、ただ味が美味しいからってだけじゃない。あれは、私を大切に育ててくれたおじいちゃんとおばあちゃんの味だから。それを食べるたびに、これは私の糧になってる、私は大丈夫って思えるから。

 おいしいものは何でも好き。食べることは生きるために必要で、誰かが一生懸命考えたレシピ。それって、誰かの糧になるようにって、美味しいって笑うようにって想ったものでしょう?郷土料理や故郷の味が安心するのも美味しいのも、きっとそういうことだと思う。


 変な表現になるけど、ミューゲはなんだか蜂蜜バタつきパンみたい。のどかな空気も、風景も、村の人達の人柄も。素朴であたたかで、飾らない滋味があって、すぅと沁み込んでくる。それは例えば、料理やお菓子によく表れてて。元々洋食に抵抗はなかったけど、この土地の食べ物が自然と身体や心に馴染むのって、おじいちゃんとおばあちゃんに感じていたものと同じだからじゃないかな。きっとそれは、慈愛、っていう魔法だ。


「?」

「宿題だ」


 ふと、彼がどこからかメッセージカードを取ってきて、さらさらと何か書いた。宿題と言うからにはと、差し出されたのを素直に受け取る。…やっぱりすぐには読めない。


「二人とも、タルト焼けたわよ〜」


 オーブンから取り出したそのまんま、熱々をいそいそとメリッサさんが持ってきてくれた。うっ、これ、私が生地を伸ばした不恰好なほう…。メリッサさんは気にせず、さくさくナイフを入れてしまう。


 タルト型に生地を敷いて、プリザーブにした姫林檎を広げる。それからバターの欠片を散りばめて、もう一枚生地をのせて、端っこのはみ出してる生地を花びらみたいに寄せていくの。やっぱり難しかったよメリッサさん…ほら、見るからに私の作だってわかる不恰好。恥ずかしい…。

 それでも、さくっと切ると、飴色になった林檎が断面に見えて美味しそう。そりゃ、メリッサさん直伝だもの、味は大丈夫なはず。


「これね、チーズと一緒に食べると本当に美味しいのよ」

「これにもチーズなんですか?」

「そうよ〜。もしかして意外?ここではポピュラーなのよ」


 添えてくれたのは、やわらかめのチェダーチーズに近いもの。アップルタルトやパイは知ってるし、喫茶店にもあったけど、これは初めての組み合わせだわ。でも、美味しいというならもちろん食べますよ。郷に入っては郷に従え。いただきまー…。


「………」

「ん?」


 だから、ん?ってなんですか、ん?って。

 口元に銀のフォーク。さっくり姫林檎のタルトが刺さってますねわかります。


「ほら、冷める」


 横からメリッサさんのきゃっぴきゃぴの視線をバシバシ感じる。…な、なにこれ、さっき私これやったの?彼に?バカじゃないの?今すぐ時間巻き戻れ。

 自業自得、因果応報の四字熟語を思い浮かべながら、私はぐっと腹を括った。ええい、ままよ!


「〜〜〜〜〜〜〜…!」

「どう?どう?」


 もう本当、語彙力求む。

 口にいっぱい頬張ってるのを免罪符に、ひたすらコクコク頷くと、目の前にしゃがんでるメリッサさんもコクコク嬉しそうにしてくれた。可愛い。好き。なにこれ美味しい。

 そっか、シナモンとかあえて入れてなかったのは、このチーズを味わうためなのかも。林檎フィリングの甘酸っぱいのにチーズ?って思ったけど、バターがふたつをいい具合に橋架けして調和してる。口の中で熱々の柔らかい林檎とチーズが溶け合う。無理。幸せ。羞恥心とかどっかいったわ。


「で?リュートはなにそんなむっつりしたまま、甘ったるい目をしてたんだ?なんのカードだ?」

「…なんでもない」

「ははぁ…お前はどっちかっていうと、俺のじいさん譲りかもな。あの人の春も遅めで、ベタ惚れなくせにかなり慎重だったらしいし。…我慢して真顔になってなくても良いんだぞ?」

「この顔は地だ」

「いやいや」


 両脚をバタバタしたくなるほど、姫林檎のタルトを味わっていた私は、父子の会話を聞いてるわけもなく。

 小森の家に帰った夜、なんとかメッセージカードを解読した私は、二重で身悶える羽目になった。



 “君の、そういうところが好きだ”


ご挨拶が遅れました、水琴窟です。皆さまいつもお読み頂きありがとうございます!早速のブックマーク、ご評価もありがとうございます。もし誤字脱字や気になったことがあれば、また何気ないご感想でも構いませんので、何かありましたらお気軽にご意見をお寄せ下さると嬉しいです。


こちらの物語はタイトルを裏切らず、ゆったりとした風景を描いています。どうぞハーブティーや珈琲と一緒に、ホッと息抜きしたい時には足を運んでみて下さい!異世界の地図をゆっくりと広げて色をつけてゆくように、ごゆるりとお楽しみあれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ