第28話 猫と煙
「そっちはなんでこんな所に居るんだ? マイン」
「そこの盗賊たちを狩ってたの」
ザンの質問に対し、マインは生き残りの盗賊を見ながらそう答えた。手刀を構え臨戦態勢をとる。その手からは盗賊のものであろう血が滴り落ちていた。
呆然としていた盗賊たちが慌てて剣を構えた。追い詰められた事で盗賊たちが自棄を起こす。
「くそっ、女二人でねらい目だと思ったのに!」
「畜生! こうなったらやってやる! 剣技! ウォーターボール!」
「剣技! 刀身ストレッチ!」
「剣技! ねじれ定規!」
一斉に剣技を放つ盗賊たち。その数十二。ザンに向かって放たれたものも当然あった。ザンはまず最初に顔めがけて飛んできた水の球を剣で斬り落とす。剣圧に耐え切れず水の球が蒸発した。
次いでザンに向かって刺突が迫る。盗賊の剣が高速で伸びていた。ザンはそれを上に弾くと距離を詰め、そして盗賊を斬り殺した。
「悪いな、盗賊は見つけ次第殺すのが鉄則なんだ」
血を流し倒れた盗賊に向かってザンが謝る。そしてすぐに次の標的を定め斬りかかった。一方マインとその相方も同様に盗賊を斬り殺していた。一方的な蹂躙に盗賊たちはすぐに戦意を失い、逃げ出す者もあらわれた。
まとまりを完全に失った盗賊たちに逆転などできるはずもなく、逃げた数名とマインに捕らえられた一人を残し、盗賊は全滅したのだった。
「にゃーっはっはー! みゃー達の勝利にゃー!」
マインの相方が盗賊の死体に片足を乗せ勝鬨を上げた。
「なあマイン。あれ何だ?」
ザンがそれを横目に見ながらマインに尋ねる。相方の尻からはしっぽが生えており、そして頭には猫耳が付いていた。そんな人種をザンは知らない。
「私と同じ賞金稼ぎ」
「……猫?」
「あの格好はただのコスチュームだから気にしなくていいわ」
「コスチュームじゃないにゃ! これはこうゆう戦闘スタイルにゃ!」
マインの説明に猫女が抗議した。マイン達の元に駆け寄ってくる。ザンは取り合えず挨拶した。
「俺はザン。マインの友達だ。とりあえずよろしく!」
「え!? マインに友達? みゃー以外にそんなの居たのかにゃ!」
「どういう意味よ。ていうか、友達じゃないし」
「そういうとこだにゃ! マインはぶっきらぼうで根暗で孤独感を纏ってるにゃ! つまりただのボッチにゃ!」
「酷くない?」
「そこでみゃーがマインに構ってあげてるのにゃ!」
「みゃーっていい奴なんだな!」
「みゃーはマオって名前にゃ! ザンも宜しくにゃ!」
マオとザンが握手をする。マインは眉をひそめてそれを見ていた。
「ところで、こいつはなんで生け捕りにしたんだ?」
ザンが捕らえられた盗賊を見下ろした。手足を縛られ地面に横たわっている。猿轡をかまされた状態でウーウー喚いていた。
「尋問するためよ」
「何を聞くんだ?」
「魔剣の事よ。あとはアジトの場所とか、仲間の事とか」
「魔剣?」
「ええ。魔剣が何かは知ってる?」
「ああ。剣技が使える剣だろ?」
「そうよ。こいつらは剣士じゃなくて一般人。最近盗賊のほとんどが魔剣を持っているの。表社会じゃほとんど流通してないのに」
「つまり、どういうことだ?」
「こいつらに魔剣を渡してる奴がいるはずよ。このイージンに。私はそいつを追ってるの」
マインが猿轡を外した。そのとたん盗賊が叫ぶ。
「た、助けてくれ!」
「黙って」
マインが間髪入れずに殴った。拳が盗賊の頬にめり込む。盗賊は恐怖に身を縮めながらも黙った。
「あなたは私の質問にだけ正直に答えればいいの。質問に応えなかったり嘘を吐いた時は、痛い目にあってもらうから」
盗賊が全力で頷く。
「じゃあ最初の質問よ。魔剣をどうやって手に入れたの?」
「それは……」
盗賊が言い淀んだ。マインが無言で手刀を構える。
「ひぃ! 許してくれ! 言えないんだ! 言ったら殺される!」
「殺される? 誰に?」
盗賊はガタガタと震えるばかり。マインの威嚇を見ても口を閉じたままになってしまった。誰にという問いに対し、離れた所から代わりに答えた者がいた。
「俺に、かな?」
不意なその返答にマイン達が一斉に声の主を見る。そこには葉巻をくわえた中年男がいた。
「剣技、ヘヴィースモーカー」
男が口から煙を吐き出す。上昇した煙はマイン達の頭上で塊となり降り注いだ。
「メテオスモーク」
「避けるにゃ!」
マオが叫ぶ。三人が避けると煙はそのまま地面に落下しドガンと音を響かせた。縛られていた盗賊が押しつぶされ赤い水たまりが広がる。
「煙が地面にめり込んでる!」
「あいつは!? 剣王級賞金首、紫煙のスモークにゃ!」
「俺を知っているか。なら話は早い。お前らはここで死ぬ」
スモークが煙を吐き出す。広がった煙はスモークの周囲を漂う無数の剣となった。
「気を付けるにゃ! 奴は超重量の煙を操ると手配書に書いてあったにゃ!」
「散れ、副流煙スラッシュ」
煙の刃がザン達に押し寄せる。マインが前に出て受け止めた。鋼化を全身に発動したため無傷だが、煙の重さに耐えられず後方へと弾き飛ばされる。
「大丈夫かマイン!? このっ!」
ザンがスモークに斬りかかった。スモークは煙を吹き付ける。剣と煙が衝突した。衝撃で煙は爆散し、ザンは大きくのけぞる。
「ほう、パワーで俺と互角か」
スモークが興味ありげにザンを見た。その隙を突いてマオが背後に回り込む。
「にゃー!」
マオの手にはナイフ。指の間に挟むように三本ずつ握られていた。猫のひっかき攻撃を彷彿とさせる動きでスモークに斬りかかった。
「おっと」
スモークがマオとの間に煙の壁を作り出した。マオの攻撃を受け止めると同時に斬り付ける。マオはそれを軽やかに躱し距離を取った。
「全力気合スイング!」
ザンが斬りかかる。スモークが再び煙の壁を張った。だがザンの斬撃を受け止めきれず壁に穴が開く。マインがその穴を抜けスモークへと肉薄した。
「むっ」
スモークが後ろへ跳んでマインの手刀を避けた。避けた先にはマオ。首筋を狙い爪を振り下ろす。
「舐めるな!」
スモークが煙の剣を手に取り振るった。マオの爪を弾く。そしてがら空きになったマオの胴体を狙った。
「テイルカッター!」
マオがスモークに背を向けた。そして尻尾を横なぎに振るう。マオの尻尾は鞭のようにしなりスモークの胴を輪切りにした。
「尻尾だと!?」
「残念だったにゃ。みゃーの武器は爪だけじゃないのにゃ」
剣技、猫騙し。自分が猫であると自身を騙すことで猫の力を得る事が出来る。マオが猫耳と尻尾を付けているのはただの趣味などではない。より猫に近づくため、より猫の力を引き出すためだ。それによりマオは耳と尻尾を自在に動かせるのである。
「みゃーは剣王! 剣王マオにゃ! みゃーが紫煙のスモークを討ち取ったのにゃー!」
マオは右手を上げて勝利宣言をしたのであった。




