第19話 準決勝:剣王シラフ
大会五日目、準決勝である。空はどんよりと曇りいつ雨が降り出すか分からない程空を暗くしていた。風が観客席の熱気を吹き散らし、闘技場の天幕を波打たせていた。
「これは荒れそうだな」
グラウンドを囲う壁の上で、テルスがそうつぶやいた。大会の敗者たちに運営からの要請があり、観客を守るための要員として駆り出されたのだ。テルスだけではない。ルドルフも、マインも同様だった。準決勝ともなれば戦いの余波は今まで以上に強くなると予想される。運営は増員によってそれに備えていた。
「一番前で見れるのはありがたいな」
観客席の声援を背後に感じながらテルスは入場門を見る。西門からはザンが、東門からはシラフが登場した。声援が一層強くなる。両者は中央で向き合った。ザンにとって、今までで最も苦しい戦いが始まる。
「よう少年。まさかここまで勝ち上がって来るとは思って無かったぞ」
ザンは目の前に立つ巨漢にそう声をかけられた。聞き覚えのあるその声に、ザンはやっと巨漢が知り合いなのだと納得した。
「本当にシラフなんだな。声を聞くまで信じられなかったぜ」
「はっはっは、大会中は酒を抜いてるからな。健康になっちまったぜ」
上半身裸のシラフが胸筋に小刻みに力を入れた。筋肉に引っ張られ胸が上下する。一種の挑発行為なのだがザンは顔をしかめるにとどめ疑問を口にした。
「健康っていうか、若返ってるよな? 後なんでそれでマッチョになるんだよ」
「先に教えといてやるか。これは剣技の効果だ」
「剣技の?」
「ああ。剣技、禁酒強化。酒を抜くことで健康な肉体を得る身体強化系剣技だ。俺の唯一の剣技な」
「いいのか? バラしても」
「問題ねぇ。どうせお前じゃ俺には勝てねえからよ」
「……やってみなきゃわかんねえだろ。全力で行くぜ!」
ザンが剣を構えた。続いてシラフも背負っていた大剣を手にする。ザンの身長ほどもある鉄の塊のような剣を軽々と持ち、シラフは中段に剣を構えた。
「ザン、参る!」
「剣王シラフ、参るぜ」
銅鑼の音が会場に鳴り響くと同時に、二人の剣がぶつかった。銅鑼の音をかき消すような爆音が鳴る。二人を中心に衝撃波が広がった。
「のわっ!」
ザンが力負けし後方へと飛ばされた。何とか足を地面に突き立て止まる。その瞬間来るシラフの追撃。ザンは剣で大剣を受け止めた。いや、受け止めきれずまたもや吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ先にシラフが先回りし剣を振り下ろした。ザンはとっさに地面を蹴り体を逸らす。間一髪ザンの横を通り過ぎた大剣は地面を穿ち闘技場を揺らした。
「おっらぁ!」
負けじとザンが剣を振るう。体を大きくひねって渾身の一振り。しかし大剣で受けられた。シラフはピクリとも動かず、逆にザンの手がしびれた。
シラフの姿が掻き消えた。ザンに見えない速度で背後に回ったのである。ザンは一泊遅れて背後のシラフに気づいた。
「早え!?」
「おう、昨日のうちに助走を済ませといたからなあ」
ザンの胴へと大剣が迫った。ザンはギリギリで間に剣を挟み込む。そしてまたしても吹っ飛んだ。
「一振り300メートル!」
グラウンドを囲う壁まで飛ばされたザンの体がめり込む。城壁のような壁にひびが入りザンは歯を食いしばった。
「これが、禁酒の力……!」
埋まった壁から抜け出てザンはついそう言った。パワーもスピードもザンを凌駕している。まさに圧倒的な強さ。数度剣を受けただけで既に体が痛い。直りかけの傷口からは血がにじみ出ていた。
少年が酒飲めるんだったらな、俺の弟子にしてやってもよかったんだが――。以前シラフが言った言葉を思い出しザンは納得した。
「なるほどな。普段から酒を飲んでる分、禁酒の効果も大きいって事か」
「いまさら理屈が分かってところで、何もかわらねえぜ?」
歩いてきたシラフがザンの独り言に返す。ザンは壁際に追い込まれた形となっていた。
「ああ、関係ねえ! シラフに勝つ事は変わらねえ!」
「馬鹿も休み休み言え」
シラフの殺気がザンを直撃した。圧力に耐えられずザンは壁に押し付けられる。壁のヒビがさらに広がった。ザンは身動きができずただもがく。
「剣王ともなると殺気のコントロールはお手の物だ。ここまで勝ち上がってきたご褒美に見せてやるよ」
シラフの殺気が収まった。磔から解放されたザンがゼイゼイと呼吸する。ザンは霞む目でシラフを見て、シラフの殺気が消えたわけではない事に気づいた。
「剣に、殺気を纏ってる?」
ザンの目に、シラフの大剣がオーラを纏っているのが見えた。
「そうだ。ただ垂れ流すだけじゃない。コントロールによって範囲や密度を変える。それが出来るかどうかが剣士にとっての一つの境目だ。なにしろ強さの段階が全く変わってくるからな」
シラフがザンに突きを放った。ザンが避ける。大剣がザンの背後の壁に触れた瞬間、壁が吹き飛んだ。爆砕から観客席を守ろうとした剣士の悲鳴が聞こえてくる。
「おらっ」
避けたザンを追ってシラフが剣を横に振った。避けきれずザンが剣で受ける。受けた衝撃は剣を素通りしてザンの体内を暴れまわった。
「おええぇっ!」
ザンがえづく。何とか吐くのを我慢したザンはたまらず距離を取った。
「殺気のコントロールが出来れば威力が上がるだけじゃなく力の伝わり方も調整できる。防御は無駄だ」
シラフは悠々と歩きザンに近づいた。ザンが下がる。それを見たシラフがニヤリと笑った。
「離れれば安全だと思うか? それはお前の願望だ」
シラフが剣を地面に刺した。
「ふんっ!」
シラフが力を籠めると同時に地面が変形した。いや、そうではない。一回戦でテルスに崩落させられていた地面が持ち上がったのである。壁の内側全域で地面が隆起し一回戦の岩山を再現していた。
とてつもない光景に驚きを隠せないザンは足元に殺気を感じ跳び上がった。直後立っていた場所が衝撃で爆散する。
「力の伝わり方をコントロールできるって事は、地面越しに攻撃もできるって事だ。そして、空気越しでも可能だ」
シラフが剣をザンに向けた。剣に纏っていた殺気が勢いよく放出され空中のザンを撃ち抜く。撃ち抜かれた胸を衝撃が貫き、ザンは呼吸が出来ず地面に落下した。背から地面に激突し、のたうち回る。
「今のは剣技でも何でもないが、そうだな。殺気砲とでも名付けようか。小手先の技術にしては面白いだろ?」
シラフは未だに立てないザンを見下ろした。這いつくばるザンとそれを見下ろすシラフ。両者の差は、圧倒的だった。
*シラフの剣技は身体の強化のみです
次回、第20話 壁を壊す




