第12話 師弟
数年前。
「ノーム、お前に才能は無い。出ていけ」
ある剣士に弟子入りして一年、その一言で破門されたノームは他の師匠を探したが弟子入りを拒まれ続け、しかし剣士となる夢を諦めず一人で修行を続けていた。剣士でないにもかかわらず剣を握るノームはゴロツキと変わらない。ノームは定職には付けず日雇い労働で食いつないでいた。
生活は苦しかった。日が出ている間は労働に明け暮れているため稽古時間もあまりとれない。一人でやる修行では強くなっているという実感が持てず、次第にノームの心はすり減っていった。
そんな生活を半年続けた頃、ノームは偶然ある剣士と出会った。ルドルフと名乗ったその三十代後半の剣士は、多くの弟子を連れていた。
「ノーム、俺の所に来るか?」
ノームと少し話したルドルフはそう言った。その日からノームは新しい師匠の元で修行を始める事となった。
ルドルフの弟子たちはみなノームと同じような境遇の末ルドルフに拾われたのだと、ノームは兄弟子から聞かされた。弟子たちは勤勉で、そして真面目に稽古をしていた。ルドルフもまた弟子の稽古に熱心だった。そんな環境で修行しノームは次第に実力を付けていった。なにより苦楽を共にする仲間に囲まれていることがノームにとってはありがたかった。
ノームに才能は無かった。だがルドルフはノームを見捨てず粘り強く指導を続けた。そして三年たったころ、ノームはようやく剣技を修得することが出来たのだった。
ある時、ノームは数人の兄弟子と共にルドルフの仕事についていった。ルドルフは弟子が十人いたため仕事についていく弟子は交代制であった。ノームに番が回ってきたときの仕事は商隊の護衛だった。
護衛には数人の剣士が雇われていた。野営の時、その内の一人、ガルンがルドルフに声をかけた。
「おいおいルドルフ。まだ仲良しごっこやってたのか。にぎやかだからパーティーでもやってるのかと勘違いしちまったぜ」
ガルンは突き出た腹を揺らしながら笑った。ニヤニヤとしながらノームたちを見る。
「弟子をたくさん引き連れて強くなったつもりか~? ぎゃはははは! お山の大将とはこの事だな! 見ていて滑稽だぜ!」
ガルンの揶揄にノームたちが殺気立った。ルドルフはそれを手で制した。
「何か言い返したらどうだ? 図星すぎて言い返せないか?」
ノームに黙って聞いていることなど出来なかった。他の弟子たちも同様で、ある者は激高して立ち上がり、ある者は剣の柄に手を伸ばす。
「師匠! 反論してください! こんなやつに言いたい放題言われてくやしくないんですか!?」
ノームはそう言った。だがルドルフはやめろ! とノームたちを叱りつけた。ノームたちはその一声で動きを止める。
「剣に手を伸ばすとは躾が成ってねえなあ。師匠の教育に問題があるんじゃねえのか?」
「申し訳ない。弟子たちが無礼を働いた」
「師匠!」
「全くだぜ。師が師なら弟子も弟子だな。ま、雑魚たちには群れるのが一番って訳か。どれだけ集まろうが雑魚は雑魚なのにな」
ガルンが嗤う。ルドルフの表情が変わった。
「待て。俺はともかく弟子の侮辱は許さん。訂正しろ」
「あ? 雑魚は雑魚だろ? 才能が無くて捨てられた弟子を集めりゃ雑魚の群れが出来るのは当然だろうが」
「……もう一度言う。訂正しろ」
「ばーか。し、ね、え、よ!」
ノームはルドルフの怒る姿をこの日初めて見た。乱闘騒ぎを起こしたルドルフは後日剣士連盟から一月の謹慎を命じられた。
「なんで見捨てずに面倒見るのか、か」
ある時、酒の席でノームに聞かれたルドルフは珍しく饒舌になり、そして自己語りを始めた。
「俺が剣士を目指し始めたのは二十歳の時だ。もともと憧れててな。その時点で剣士を目指すには年を取りすぎてたが、それでも諦めず剣を振って自分を鍛え続けた。そして気付いた。自分は凡人だとな」
ルドルフは杯の中で揺れる酒を見ながら懐かしそうに話し続ける。
「誰にも弟子にしてもらえず一人で剣を振り続け、何とか剣士になった時には俺は三十を過ぎていた。剣士としては遅すぎるスタートだ。体も錆び付き始める時期に入ってたし、この先には、剣聖には届かないかもしれないと思った。その頃だ。俺の最初の弟子と出会ったのは」
「そいつも俺と同じ凡人だった。そして同じように一人で修行をしていた。そのめげない姿勢を見て俺は、気づけばそいつを弟子に誘っていた。弟子とは言っても俺とそいつに大した違いはない。ただ俺の方が先に修業を始めていただけだ。俺に出来る事は、俺がすでに通った道を示す事だけだ」
「その弟子は無事剣士となって独り立ちした。俺が剣士になったよりも早い歳でな。まあそいつは随分と嬉し泣きをしてたわけだが、それを見て俺は思ったわけだ。他にも未来がある奴は沢山居るはずだとな。だから俺は、才能が無かろうと諦めずに進み続ける奴を見かけたら弟子に誘うようにし始めた。ようするにあれだ。頑張るお前たちを応援してるってことだ」
酔いが回ってきたのだろう。ルドルフは次第に口調が砕けていった。ルドルフはしばらく話し続けた後に、話をこう締めくくった。
「俺の青春はまだ終わってねえ。お前たちのおかげで、毎日が楽しくて仕方ねえよ」
ある日の夜、皆が寝静まった中出かけるルドルフにノームは気付いた。こんな夜更けに一体どこにと気になったノームが後を追う。ノームが追い付いた時ルドルフはある剣士と手合わせをしていた。ノームは物陰から様子をうかがう。
近隣に迷惑をかけないためだろう。音を出さず、殺気も出さず、しかし目まぐるしく手合わせは進んだ。最後にルドルフが剣士の額で剣を寸止めさせ、手合わせは無事終わった。
「悪いな。付き合ってもらって」
ルドルフが相手にそう言った。
「いえ、他ならぬ先生の頼みですから。しかしどうして急に大会に出ようと?」
「弟子たちに、凡人の俺でも剣聖になれるって事を示してやりたくてな」
「なるほど。それに先生の夢でもありましたね」
「……それお前に言ったっけ?」
「私がまだ弟子だったころ、酔った勢いで聞かされました」
二人が笑う。ノームはその話を物陰から聞いていた。
剣聖には届かないかもしれない――。ノームは以前ルドルフに聞いた話を思い出した。ノームは手を強く握りしめていた。そしてルドルフの大会優勝を心から切望した。
「つまりシラフの差し金っていうのは嘘で、対戦相手の俺をあらかじめ弱らせようとしたって事か」
襲ってきた青年ノームの話を聞いたザンはそう要約した。ノームの供述を黙って聞いていたルドルフがようやく口を開く。
「このっ、馬鹿弟子が!」
めったにないルドルフの怒号にノームはびくりと震え目をつぶった。
「そんな方法で俺が剣聖になって、一体誰が喜ぶんだ! お前らは胸を張って祝福できるのか?」
「それは……」
「物事にはやっていい事と悪いことがある。お前たちは道を踏み外した!」
ノームが黙る。何も言えなかった。ただ縮こまって沙汰が下されるのを待つしかなかった。ルドルフは弟子たちを置いてザンに向き直る。
「申し訳ない。弟子の不祥事は師の責任だ。責任は俺がとる」
「責任?」
「試合を棄権する。それから怪我の分の治療費と謝罪金を支払って今後このような事がないと誓う。他に要求があればそれも可能な限り聞く。どうだろうか?」
「えぇ!? せっかくの試合が戦えなくなるのは嫌だぞ? 俺はただ優勝したいんじゃなくて、優勝して強くなりたいんだ!」
「……だが試合相手を弱らせるために試合前日に襲うのは完全にルール違反だ。棄権せざるを得ない」
「ルール……ルールかぁ。それはしょうがないな……」
ザンが悩む。そしてポンと手を打った。
「じゃあ試合を棄権した後で手合わせしてくれ! それならいいだろ?」
「……分かった。言う通りにしよう」
ザンとの話が終わると、ルドルフはノームたちの方を向いた。弟子たちはルドルフに叱られるのを黙って待っていた。
「……」
だがルドルフは何も言わない。静寂だけが続いていった。それに耐えられなくなったノームがガバッと額を地面についた。
「申し訳ありません師匠! 俺たちは、師匠の夢に、師匠の顔に泥を塗ってしまいました! ザンさんにも迷惑をかけて、俺たちは弟子失格です!」
ノームの叫ぶような謝罪に感化されたのだろう。他の弟子たちも同様に地面に手を突き、額をこすりつけ、ただひたすらに謝るしかできなかった。ルドルフはしばらく黙ってそれを聞いていた。
「なんだ、分かってるんじゃないか。だったらもうするなよ」
「……破門は、しないのですか?」
「馬鹿な事をいうな。こんなことをしたお前たちをこのまま放り出したら何を仕出かすか分からなくて俺が心配になる。お前たちがまっとうな剣士になるまでは、何度道を踏み外しても俺は見捨ててやらんからな」
「師匠……おれ、必ず立派な剣士になります! 師匠が自慢できるような剣士になって見せます!」
「そうか、頑張れ」
「はい!」
次の日、ルドルフは約束通り試合を棄権。ザンの三回戦出場が決定したのだった。
次回、第13話:試合観戦




