36 会えない恋人達
一仕事終えたディノスは食堂へと向かう。
予想通り、王妃候補者達とおしゃべりに夢中だ。
ディノスはアルシノエに目配せして適当なところで引き上げることに。
アルシノエは、ディノスが何をしていたのはあえて聞くことはなかった。
主に従うようにリューナン姉妹も黙って歩いていく。
部屋につく頃人影があることに気がついた。
相手も気がついたように立ち上がる。
その部屋の前には先客が居てアルシノエ達が帰るのを待っていたようだ。
ディノスが手に持っていた燭台で照らしてみる。
それはフェノロサであった。
フェノロサは自分の決心を伝えてきた。王宮を出て単独で捜索すると。
「本気なの?」
アルシノエはお茶を勧めながら驚いた顔をと同時に不安感をあらわにした。
ディノスは腕を組んで唸っていた。
「一人でかなう集団ではないぞ。」
「なぜわかるのですか?何を言われようと一人で探しに行きます。彼らも国内に留まっているのであれば彼女もまだ国内にいるはずです。」
確証はありませんがと小声で付け加えた。
「情報通で有名なニーナ様でも国有数の探索部隊でさえかれらの頭の居場所を特定できないのです。」
「必ず見つけ出せるのか?お前は自分の役割を果たすべきだろう。」
「探す当てなど有りますか?一人で潜入すれば生きて帰ることなど難しいことも。その前に職務放棄ですわ。処罰も考えていらっしゃいますか?」
「覚悟はしています。」
それきりフェノロサは黙ってしまった。
アルシノエとてここに留まる必要がなければワーリンガ家総出でもアニタを見つけ出したいと思っているのだが、今は方により王宮に縛られている。
無理に攻撃などをすれば何より得体の知れない集団が何をしてくるか。人質の命さえ危ない可能性の方が高まる。
人質を取られていると言うことはそういうことだ。
だからこそ、大公や長老会は相手の出方をうかがって手出しをしていないというのに・・・
それをアルシノエがうまく伝えたところでフェノロサの決意を曲げることは難しいだろう。
「アニタならうまく生き延びていると。私はそう信じております。」
「それならばなおさらです。助けに行かなくては。」
「もし、乗り込めばアニタ達の身に危険があるのではないかと私は思うのです。」
「皆様はそうお思いですか。王も不在。このままでは・・・」
大公様でさえとフェノロサが言いかけたがそれよりも先にアルシノエが断言した。
「そう信じるに他有りません。」
「どうしましょう。」
「地下牢にでも閉じこめておくか、ふうむ・・・」
アルシノエがフェノロサのアニタへと熱い思いを聞いている間にディノスがアルシノエの手紙を即座にアーノルドへ渡す。
結果、自宅謹慎処分となった。
王領の外への外出も王宮への登城もこの件が終わるまでは出来ないと言うこととなった。
「おじ様にはくれぐれも彼が外出できないように人員を配していただくよう託けました。何か動きが有れば報告があるでしょう。」
翌朝、朝食へ向かうとニーナがアルシノエに楽しそうに話しかけてきた。
「ニーナ様?」
「そういえば。私の情報に寄りますと、バンクシャー家は騎士の身分をいただいたそうですわ。」
「え?」
「特別なお計らいがあったのでは?」
特別なこと・・・特別なこと・・・アルシノエには余りその手の話を知らない。
「戦で手柄でもお立てになったのかしら?」
「さぁ、私でもそこまではわかりませんでしたの。」
他のご令嬢方もそろいはじめたのでニーナは自分の席へと向かう。
去り際ニーナが気になることを耳打ちした。
「他にも面白いことがちらほら。うふふ。」
「何ですの?」
「あら、秘密ですわ。」
ニーナは口元に人差し指を出し笑う。
午前中はいつものように実技をし、午後からもそのはずであった。
しかし、昼食の時ディノスへ何か伝言があったらしく彼とは別行動となった。
仕方がないので、父からの遺言らしい玉を眺めている。
父の声はこのような声だったのか・・・
ほぼ声を忘れ、内容しか覚えていないアルシノエにはそれが新鮮に映る。
こほんと言うディノスの声で玉から視線をディノスに移す。
「というわけで。大公様にようやく休息日が1日作られることになったそうです。」
「はぁ。」
「お喜びでない?嬉しい・・のでは?」
「嬉しいかと言われましても。」
なぜこうなったのかいつになったら解放されるのか、他にも聞きたいことが多くあり、もちろん怒りもある。
でも、彼も詳しいことなどは知らないのではないか。
せっかくの休日にそのような話をするのは如何なものか。
そればかりがアルシノエの頭の中を巡っている。
何を話そう。
それがすぐには思い浮かばない。
それではとディノスが提案する。
「では、その日は野外活動としましょう。」
「え?」
「いえ。時には外へ出て活動をしなくては。」
「・・・はい。」
「そうでした。リチェンツァ様から御伝言が。”これから茶会を開きたい”とのことですが。」
「よろしいのですか?」
「はい。アルシノエ様のご様子ですと授業をしても身に入らないのではと。ならば私は正室候補者様達と茶会に参加して気分を落ち着かれてくださいませ。」
ディノスの提案にアルシノエは乗ることにした。
「急いでお着替えを。」
人前に出ても恥ずかしくないお姿をとリューナン姉妹が支度を急ぐ。
アルシノエ達が会場に着いたときには既に王妃候補者達は勢揃いしていた。
アルシノエがごきげんよう。挨拶をすると恭しく皆挨拶をする。
アルシノエが今躓いている魔法の課題を話題にすると隣に座っていた子爵令嬢ネフェリィがかわいらしい声で笑う。
「私もこの手の実技は大変でしたわ。でもアルシノエ様なら見事にクリアなさいますわ。」
他の王妃候補者達も笑う。
出席者の顔見てアルシノエは気がついた。
「アンゲラ様・・・あら、ニーナ様も。」
「私たちがお呼びしたのはアルシノエ様お一人ですの。」
「今後についてお話したくて。」
「え?」
このままだとアルシノエが王妃、他の面々が側室となるのかそれとも側室をもうけることなく皆実家に返されるのでは?そうなると今までのことがすべて無駄になるのでは?
と言う意見があることをときどき小耳に挟むことはあっても詳しく彼女たちと話すことはなかった。
「私にもわかりませんの。」
おのおのの意見をアルシノエにもし家に帰されればどうなるのかなど不安や疑問をアルシノエにぶつけてきた。
アルシノエもどうと答えることが出来ず困っていた。
ぱんぱんと手をたたく。
ネフェリィと同じく子爵令嬢のヴァシアだ。
「その話題は私たちがどれだけ話したところで結論は出ませんわ。ですから、これからはもっと楽しいお話をしましょう。」
ねっと全員の顔を見る。
ヴァシアの意見ももっともだと満場一致するように皆が頷く。
「そうですわ。これから流行りそうなことを予想するのはどうかしら?城下では・・・」
侍女達が城下などで仕入れてきた流行りだしている服やお菓子の話題で場が明るくなった。
そうしてアルシノエ達は午後を過ごした。




