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あ~る珈琲 -バイト店員渡辺くんの日常  作者: 渡辺くん
第一章 あ~る珈琲潜入記
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五十嵐

 軽い足取りで家路に着くと、真っ先にコーヒーメーカーをセットする。今日は奮発して、一番高級な豆でお祝いだ。


 ほんとは家でコーヒーを淹れる時もその都度豆を挽いて飲みたいのだが、残念ながらそれほどの時間的余裕はない。まだ引っ越しして来たばかりの部屋は、ダンボールが雑然と積み上げられ、整理整頓とは程遠い有様だ。早くこの惨状をなんとかしないと、夜も落ち着いて眠れない。


 それに、あまりお勉強が出来る方ではない自分が、一浪して入った大学の授業について行く為には、それ相応の努力もしなければならないのだ。学生の本分は勉学にあり。

 別に誰が認めてくれるわけでもないが、そういう日々の努力を怠ると、自分に返って来るだけなんだから。


―― あ、そうだ。あいつに報告しておいてやるか。


 僕はスマホでLINEを起動。友だちの欄に表示されている、地元の友人にメッセージを送る。

≪お疲れ! お前の方の入学式はどうだった? こっちはほんと色々あったよ……。時間あったら電話してくれ≫

 文章を送ると、程なくして電話が鳴る。


『よう、一人暮らし満喫してっか? 』

「自由を謳歌してるぜ! ……って言いたいとこだけど、早速色んな事があり過ぎてなぁ」

 LINEの相手 ―― 五十嵐いがらし ―― は、予備校で知り合ったヤツだ。あちらは浪人ではなく高三なので年齢では一つ下だったが、頭のデキは僕と違ってかなり良い方。 おかげで解らない問題なんかを良く教えてもらっていた。一浪で済んだのは、あいつのおかげと言っても過言ではないだろう。何故か僕とはウマが合うようで結構一緒に居る事が多かった。

 五十嵐も同じく昨日が入学式で、あちらは東京の某有名大学。しかも医学部とか。僕には理解出来ない小難しい授業を受けているのだろう。建築学科でキャパいっぱいの僕とは大違いだな。


 僕は昨日の一目惚れから失恋してヤケ酒という顛末を、やや大袈裟に盛って教えてやる。

『はははっ! ダイの方は相当楽しそうで羨ましいぜ。こっちは可愛い子があまりにも少ない上に、課題が山のようだよ……。やっぱ医学部なんてやめときゃ良かったかなぁ。でもそんな可愛い子なら男が居ても関係ねぇよ。アタックあるのみ! イケイケ! 』

「人の事だと思って適当にあおるのはやめてくれ。僕にとっちゃそんな楽しんでる余裕皆無だよ。」

 さすがは五十嵐、僕の斜め上を行く回答だ。きっとコイツならほんとにそういう行動を取る事が出来るのだろう。


 コイツの夢は立派なお医者様になる、ではなく、医者になってガッポガッポ稼いで、何人も女をはべらせて毎日酒池肉林だ! というやつである。やはりコイツの頭はそういうとこに焦点が行っているようだ。僕のこの清廉潔白さを見習うがいい。男から彼女を奪い取る、という方向に思考が向かないのは、決して怖気づいているわけではないのだ。繊細な男心なのだよ。


「それで気付いたら朝になってて、知らない場所で目が覚めたんだから、メチャ焦ったよ。でも巡り合わせってあるもんだな。僕が寝てたのがカフェの前で、しかも最高の珈琲を出す店だったんだ! 」

『マジか! 意識が無くてもきっとコーヒーの香りに引き寄せられてったんじゃねぇか? 誘蛾灯みたいだな』

 五十嵐には散々珈琲の魅力を布教して来たので、知り合った当初に比べると、かなり珈琲通に近付きつつある。地元のカフェランキング(自分調べ)の作成にも、喜んで付き合ってくれていた。

 そのカフェで三日間バイトを決めて来た経緯を伝えるとちゃんと応援してくれる。こういうとこがいいヤツなんだよな。


「そういえば……。なんかでっかい○キブリに遭遇した気がするんだが、あれは夢だったのかなぁ? 確かコーヒーカップより少し小さいぐらいの…」

「バカじゃねぇの。そんなん居るわけねぇよ。大方夢でも見たんだろ」

 まぁそうだよな。自分でもそう思うからさ。

 しかし、夢というにはあまりに鮮明な記憶で、僕と目を合わせたあの変な生き物が、くっきりと心に刻み込まれていた。

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