どうしても
「えっと…… ウチは今バイトとか募集してないから…… 」
困った顔で店長が言う。
確かに募集の張り紙とかは無かった……。 だからと言って、ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。
「お願いします! ここで働きたいんです! 」 僕は必死の態で、再度店長に詰め寄る。
「なんでウチで? 別に喫茶店なんて、他にいくらでもあると思うよ? 」
心底不思議そうな店長の声に、ぐっと言葉が詰まる。
言われてみればその通りだ。 自分の思い付きから、喫茶店でバイトする事を彼女に伝えてはみたものの、そんなのは些細なこと。
「面接ダメだったんだ」とかなんとか言えば済む話ではないか、とも思う。
それ以前に、店長の言うようにちゃんとバイトを募集しているカフェを探せばいいのである。 それが一番いいし、需要と供給が一致しているではないか。
でも何故か僕は、この店【あ~る珈琲】にこだわっている。 それが何故なのかは良くわからないが、なんというかインスピレーションのようなモノだ。
「それは……、この珈琲です。こんなに旨い珈琲は、ここにしかありません。別の喫茶店じゃダメなんです」
苦し紛れに伝えた言葉に、自分でもハッとする。
―― そうなのかも。ほんとはこの珈琲が飲みたいから、この店に来たいのかも知れない。
僕は珈琲好きを自称しており、毎日のように自分で淹れて飲んでいる。産地や煎り方なんかにもこだわって、自分好みの味を模索している。地元では色んなカフェを渡り歩き、どこが一番だとか自分勝手にランキングを作って楽しんでいた。
その中でもこの店の珈琲は格別なのだ。一体どうやったらこのような風味が出せるのか、不思議で仕方ない。僕は何としてもその秘密が知りたい。その好奇心を抑える事が出来ずにいるのだ。
たった一杯の珈琲だが、この目の前の飲み物にはそれだけの魅力を感じる。それにこんな旨い珈琲が淹れられる人に、悪いヤツなど居ないという変な思い込みがあった。
「そこまで言ってもらえて嬉しいけど、正直手は足りてるからねぇ」
やはり首を縦に振らない店長は苦い顔だ。常連さんらしき中年の男性も、成行きを見守っている。
まずい、このままでは不採用となってしまう。焦る僕は急いで考えを巡らせた。
「じゃあ、三日間だけではどうです? 皿洗いでも何でもします! 昨夜お世話になったお詫びに、お手伝いさせて下さい。もちろん無給でいいです! 」
僕の提案を、店長は驚いた顔で受け止めた。あまりにも強引過ぎたので引かれたか? 少しだけ心配になって来た。いかにも言い訳がましい物言いだしな。
それでも何とか口説き落とそうとあれこれ別のセリフを考えていると、店長が諦めたように溜め息をついた。
「仕方ないな、でも本当に三日間だけだよ? うちの店もそんなに余裕があるわけじゃないしね。ちょうど明日から空輸の豆が来るとこでもあるし」
マジですか!
どこまでも食い下がる気満々だったのが表に現れていたのか、早々に受け入れる事を表明する。
「ありがとうございます! 良かったら明日から来たいんですが、いいですか? 」
「うん、こちらこそよろしく。ウチは八時から二十二時までの営業なんだ。何時頃来られそう? 」
もちろん明日も明後日も大学の講義はある。改めて手帳を引っ張り出し、コマの空いているところを探したが1コマだけの空きがポツポツあるぐらい。どうやらあまり良く考えずに、学びたい教科を選んでしまったのが裏目に出たようだ。もうちょっとスケジュールとかも考えて取る教科を決めるべきであった……。
そんな事を考えても後の祭りではあるが。
「結構忙しそうだね。じゃあ、講義が終わってから来てくれればいいよ。ここは大抵私一人でやってるだけだし」
僕が授業日程を眺めながら悩んでいると、さっと僕の手元にある手帳に目を滑らせ、予定を決めてくれる。きっとほんとに余計な人手なのだな、と思うと少し切なくはなるが……。
でも授業に影響が出ないのは正直とてもありがたい。とりあえず三日間ではあるが、目的のお店での居場所を確保する事が出来た。なんとかその三日間で、ほんの少しでもいいが旨い珈琲の秘密を暴き、自分でも再現出来るようになりたい。
当初の目的だった『気になる彼女にバイト先を紹介する』という命題は、いつの間にか僕の中では霞んでしまっていた。
********** 店長 side **********
ご機嫌な様子の渡辺の後ろ姿を見送り、るいはカウンターの後ろの棚にカップを並べ直す。
「なんか元気良さそうな子じゃないか」
「まぁ、そうですね」
常連の後藤さんが先ほどの様子を見ていたようだ。面白そうにこちらを覗き込んでいる。
「バイトなんて久しぶりだよね。楽しみだよ」
空になったカップの隣にいつものブレンドを置く。
「いつだかの彼も、最初は元気だったんだけどねぇ……」
「ほんとに若者はいつも無責任で仕方ないからな。まったく信用出来ん! 」
どこかから、後藤さんとるいの会話に割り込んだ声がある。
「三日だけだし、きっと大丈夫だよ。すぐあきらめると思うし、気付かれないよ」
るいの軽い返事が続く。
店内には他に客の姿はなく、るい店長と後藤さんの二人きり。それにも関わらず、第三者の声が聞こえる事に、二人は何の疑問もなく会話を続けている。
窓の外には夕暮れが迫り、赤く燃える日差しが濃い影を形作っている。
なんとか潜り込む事に成功。
しかし一向にファンタジー色が出ないという……。
その内ちゃんとファンタジーになりますから!
※2017年 01月27日追記
店長視点を追加しました。




