表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あ~る珈琲 -バイト店員渡辺くんの日常  作者: 渡辺くん
第一章 あ~る珈琲潜入記
3/36

お願いは菓子折りと共に

 今朝通ったばかりの道を逆に辿り、【あ~る珈琲】の前まで来た。大学からは電車で一駅の距離。ちょっと足を伸ばせば歩いて通えない距離でもない。住宅街から少しだけ外れた場所にあり、駅からも10分程度の場所にある。

 外観は白壁とレンガが程よく組み合わせてあり、暗めの灰色という色彩の瓦屋根と相まって、モダンテイスト。右手には先程購入したばかりの、有名スイーツ店のクッキー。珈琲に良く合う味だ。


―― よし、準備は万端。出陣!


 カランカラン「いらっしゃいませ」

 ドアベルの音と共に、店長の声が迎えてくれる。

ポットからお湯を注いだ店長は、目線を上げると僕の顔に目を留めた。


「ああ、今朝の。もう大丈夫かい?」そう優し気に語りかけてくれる。

「本当に今朝はお世話になりました。ご迷惑お掛けしてすみませんでした。もし良かったらこれ、どうぞ」

 すかさず最敬礼で紙袋に入った手土産を差し出す。


「そんなに気にしなくていいよ、でもありがとう。良かったら何か飲むかい?好きなとこに座ってよ」

 やっぱりいい人だ!優しい笑顔でクッキーを受け取ってくれた。

そのまま淹れたての珈琲を注文した客へ提供しに、優雅に歩を進める。動作の一つ一つがスマートだ。


 僕はカウンターの椅子に座り、店内を眺める。

それほど広くない店内はテーブル席が6席と、横長のカウンターには椅子が10客ほど。全体に落ち着いた雰囲気に感じるのは、黒っぽい艶のある木の風合いの故だろう。


 椅子の座面には革張りの薄いクッション。フラットな一枚板のカウンター。その後ろには、壁一面に並べられた様々な色と形のコーヒーカップ。テーブル席には格子窓から差し込む優しい日差し。珈琲の香りを邪魔しないジャズの音色。少し高めの天井には、空調を循環させる為のファンがゆっくりと回っている。

 もうすぐ夕方という時間帯のせいか、客席はまばらに埋まっているだけだ。


―― やっぱりすごく居心地のいい店だな。

 珈琲の香りを胸いっぱい吸い込み、うっとりと目を閉じる。


「じゃあ、ご注文は?」

「えっと……ブレンドお願いします」

「はい、少々お待ち下さい」

 サイフォンに手早く挽いた豆を入れ、フラスコの水を火にかける。サイフォン式のコーヒーメーカーは、見ているだけで楽しい。フラスコからゆっくりと吸い上げられた湯がコーヒー粉を蒸らす。湯が上がり切ったところで、竹べらを使い1~2回撹拌させる。


「この辺には良く来るのかい?」

 店長の素晴らしい手並みを見つめていると、そのように聞かれた。

「昨日大学入ったとこなんですけど、それがここからちょっと行ったとこなんです。 あ…… 僕は、渡辺 大輔(だいすけ)っていいます」

類家(るいけ)です。よろしく」

 そう言っている間にも、繊細な模様のカップに注がれたブレンドコーヒーが目の前に置かれる。

 僕はゆっくり香りを堪能しつつ、静かに一口含んでから喉越しを楽しむ。


―― おお…… このブレンドも、今朝の一杯とはまた違ってすごく旨い。


「渡辺くんは、ほんとに美味しそうに珈琲を飲むんだね。作り手としては嬉しい限りだよ。」

 店長が目を細めて僕の様子を眺めていた。

「はい! 僕コーヒーが大好きなんですけど、店長さんの作るコーヒーは格別で。 こんなに旨いコーヒー飲んだのって初めてです」

「ははっ、嬉しい事言ってくれるね」

「お世辞とかじゃなくて、ほんとのほんとに、なんですよ?」

 ありがとう、と目の前にナッツの入った小皿が置かれる。


「もう二日酔いは抜けたのかな?」

「はい、おかげさまで。店長の淹れてくれた珈琲で随分頭がすっきりしましたよ。今朝のはこれとまた違うブレンドですよね?」

 店長が少し片眉を上げてこちらを向いた。

「そうだよ。良く覚えてたね」

「珈琲は大好きで毎日飲んでるんです。まだまだテイスティングとかは無理ですけどね。いつもは酸味の少ないブレンドの方が好きですが、今朝は不思議と酸味の強いのがすごく美味しくて……」

「ふふっ、二日酔いにはなかなかいいだろ?」

 店長と珈琲談義に花を咲かせるのはとても楽しい。でも雑談だけで終わっていては、今日来た意味がない。


―― よし、この流れで行けば……。


 僕は覚悟を決めて切り出した。

「それで…… 店長にお願いがありまして」

「ん? なんだい?」

 ぎゅっと拳を握ると椅子から立ち上がり、再び最敬礼をする。

「僕を、こちらのお店で雇っていただけないでしょうか!」

「え?」

 店長のきょとん、とした声が下げた頭の上から聞こえた。

※2017年 01月18日追記

店長と渡辺の会話追加しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ