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あ~る珈琲 -バイト店員渡辺くんの日常  作者: 渡辺くん
第二章 渡辺くん恋愛事情
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新メニュー

 細い鶴口のドリップポットから、『の』の字を描いて湯を落とす。今日こそは、という気持ちを持って丁寧に作業すると、店長と同じようにとまではいかないが、だいぶ思う通りにコーヒー粉が盛り上がって来た。店長の方を見ると、ニコリと微笑んで頷いてくれた。

「だいぶ上手く出来るようになって来たみたいだね。でも一回目の注水だけじゃなく、継ぎ足す時も要注意だから。タイミングを間違えないようにね」

「はい! 」

 僕は気合いを入れ直して、またコーヒーサーバーに向き直る。


 僕は今日も変わらず珈琲修行に明け暮れる。あれから半月だが、技術がなかなか上がらないのは僕だけのせいではない。新メニューを導入する事になり、その試行錯誤に時間を要した為だ。


 矢野が言っていた、もっと他のメニューもあればっていうのを店長に相談してみたのだ。やはり今までは、店長一人で店を回して行かなければならないという事があり、手が足りないので他のメニューが出せなかったようだ。そりゃそうだ。

 今は僕が来てるから少しは余裕も出て来たし、前からフードメニューのリクエストはあったみたいで、店長もやっぱりという感じだった。


 けど僕が来れるのは授業後だし、ランチタイムなんてとても無理。ディナーメニューもそれほど凝ったものを作るのは無理みたい。なので、まずは簡単なものから出す事になった。

 グラタンとドリアとパスタが二種類。グラタンとドリアは、あらかじめ仕込んでおいて冷凍庫保管すれば、直前に取り出してオーブンに入れるだけでOKだ。パスタも店長の手際なら、茹で始めから提供までものの5分もあれば十分。閉店後の仕込みに今までより少し時間を使えるようになったので、こういう事も出来るようになったとの事。やっぱり今までが忙し過ぎたんだろうな……。


「じゃあ、新メニューは来週からって事で。まずは一日当たりそれぞれ二十食ぐらいを目安に考えればいいかな。平日の方が来店数は多いから、そのぐらいでいいんじゃないかな」

「この辺のお店ってどんなのがありましたっけ? ちょっと僕が敵情視察行って来ますよ」

 どうやらこの辺には、それほど飲食店はないらしい。喫茶店が数軒と、居酒屋とファミレス、イタリアン、寿司屋、ラーメン屋とかその辺かな。住宅街というか、オフィス街というか、田舎というか。すごく半端な印象の強い地区なので、店とかも雑多な感じになりがちだ。それほど不便でもなければすごく便利でもない。

 店長はやっぱりこの辺の他の店に行くと目立つと思うし、ここは僕が色々見て来た方がいいんじゃないかと思う。


 あれから溝口さんは、宣言通り二日に一度は来るようになった。嬉しいが悲しい……。おかげで店や学校で話す機会も増え、以前よりかなり仲良くなったとは思う。きっと周りの奴らから見たら、僕たちは付き合ってるんじゃないか? ぐらいな誤解をされていてもおかしくない。時々バイクの後ろに乗せて来るしね。それでも実状を知っている矢野とかは、気の毒そうな目線を送って来る。

 溝口さんの友達っていうのは女の子ばかりで、同じ学科の友達とか高校が同じだった子とか、数人を連れて来てくれた。みんなできゃあきゃあ言いながら、店長にうっとりしている様子。女の子同士で盛り上がっているのは微笑ましいと思いきや、なんだか近寄り難い微妙な雰囲気がある。あの時の溝口さんの様子を思い出すと、若干の不安を感じてしまう。

 それでも僕は変わらず溝口さんを好きだから! 気持ちは揺らがないから!


 ようやくペーパードリップの珈琲に合格点が出たので、今度は別の作業を教えてもらう事になった。珈琲豆の焙煎だ。珈琲豆の焙煎は、珈琲を淹れる過程で重要な項目だったりする。焙煎も熟練が必要な工程の為、すぐに僕が任されるという事にはならないだろうが、今後覚えておいて損はない。むしろかなり大切な技術なので教えてもらう事になったというわけだ。


 ウチの店ではガス式の焙煎機を使っている。一度に挽く量が増えればそれだけ手間が減るのだが、そこはあえて小分けしてやっているのだという。

「焙煎してからすぐ使うわけじゃないんだよ。私は二〜三日ぐらい経った頃が一番美味しいと思うから、その調節が難しいんだよね」

 あの棚にビッシリ並べられた瓶の理由がようやく分かった。ブレンドする時に混ぜるのは、色々な種類の豆というだけではなく、焙煎具合によっても変化を付けていたのだ。これだけ丁寧な仕事をするからこそ、あれだけ旨い珈琲が出来るのかもしれない。

 僕は改めて店長の仕事ぶりを尊敬し、こんな師匠の下で教えを乞う事が出来る幸運を喜んだ。

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