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あ~る珈琲 -バイト店員渡辺くんの日常  作者: 渡辺くん
第二章 渡辺くん恋愛事情
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僕の居場所

「……そんなわけで、溝口さんはこれから通ってくれるそうです」

 閉店後の店内で、店長に旨い珈琲を淹れてもらい、昼間の顛末を報告する。最近では僕の練習を兼ねて、閉店後の珈琲は僕が淹れる事が常になっていたのだが、残念ながら本日はその気力が湧かない。

 店長の気使わし気な視線が、今は辛い。


「まぁ仕方ないのである。るいはモテるからな。渡辺もそんなに気を落とすんじゃない」

「あ~る君! そ、そんな事ないからね」

 焦った店長があ~る君の言葉を遮る。あ~る君には溝口さんの事を話していなかったのだが、昼間の様子と今の説明で、溝口さんに気がある事はわかってしまったようだ。でももうどうでもいいが……。

「ここにもるい目当てに来ている客は結構居るのだ。開店当初から週一ぐらいで来てくれてる女とか、毎回数人できゃあきゃあ言って絡んで来るヤツらとか。ここに店を出す前の職場の部下とかいうのも、あれもきっと気があるな」

 おお、さすがは店長だ。モテまくりではないか。自分の目から見てもこんなにカッコいいんだから、女の人からしたら言わずもがなだろう。今までそれに気付かない自分が、どれだけ鈍感かってのが分かるな。ちょくちょく店長の家に泊めてもらうのだが、見たところ女の影は無さそうに見えた。それだけモテるというのに、なんと勿体ない事だ。


―― ていうか、前の職場の部下?

「店長は前どんな仕事してたんですか? やっぱり老舗の大きな喫茶店のバリスタとかだったんでしょうか? 」

 今まで聞いた事はなかったけど、部下って事はやっぱり管理者クラスだったんじゃないか? この店も実はのれん分けとかだったのかな。


 店長は優しく微笑み首を振る。

「前は証券会社のIT推進部ってとこに居たんだ。一応課長だったから、その時の部下がたまに来てくれるんだよ。でも別に私の事が好きなわけじゃないと思うよ」

 証券会社! IT! 喫茶店とは全く違う業種と職種ではないか。それが何でこの喫茶店を?

 僕の物問いた気な視線を感じた店長が、少し寂しそうに視線を下げる。

「まぁ、色々あってね。その内話すよ」

 それ以上は問い掛けるのもはばかられ、僕は頷いた。店長は確か四十歳だったはず。この店を始めて五年って言ってたから、少なくとも三十五歳より前には証券会社の課長になっていたという事だ。普段の手際や指示出しの様子からも、人を使う事には慣れているようだったが、きっと若くから役職者としてバリバリ働いていたのだろう。『仕事が出来そう』という認識は間違っていなかったようだ。

 しかしそうであれば尚更、なぜ順風満帆な勝ち組人生を捨ててまで、脱サラして喫茶店を始めようと思ったのだろうか? 簡単に聞ける事ではないのだが、やはり気になる。


「渡辺は渡辺だ。どうやってもるいにはなれん。自分の価値や技術を高める事で、魅力というのは出て来るものだ。見目形はそう簡単に変えられるものではないが、人間の魅力はどれだけ自分を信じる事が出来るかだ。『自信』のある人間は、それが内面から滲み出て来る。安定した精神の者と対峙した時、相手は安心して信頼し、それを魅力と感じるのだ。お前にはまだ自信が足りないようだが」

 あ~る君が珍しく良い事を言った。いつもこんな風ならもっと尊敬出来るのに……。

 確かに僕は色々と自信がない。モテた事なんてないし、顔は十人並だし、成績だってそんな良い方ではない。いつも人より物覚えは悪く、どちらかと言うと不器用な方である。でも自分なりに理想があり、少しでも近付けたいと努力をしている。まだまだ失敗の方が多いし、僕の努力を嘲笑うヤツだって居る。それを簡単に受け流せるほど、人間出来ていない。

 こんな僕が自信を持つなんて出来るんだろうか? 一抹の不安がある。


「でも店長みたいにモテないし。何度やっても珈琲淹れるのも、全然上手く行かないし…… 」

 そんな僕の様子にあ~る君は舌打ちをし、タタッと僕の腕から肩を駆け上がり、飛び上がって頭をぱしっと叩いた。

「それがいかんと言っているのだ。人と比べようとするでない! お前にはお前の魅力があるのだ! お前がそれに気付いておらんだけだ。お前は『珈琲を好きな気持ちは、誰にも負けない』と言ったではないか。その為に、誰に言われたわけでもなく頑張っているのではないか? 私もるいも、お前の頑張りと熱意を認めておるのだぞ」

 僕はハッとして、店長とあ~る君に視線をやる。あ~る君の言葉に、力強く頷きを返す店長。仁王立ちで『どうだ』とばかりにふんぞり返るあ~る君。

 僕はいつの間にか、僕を僕として受け入れてくれる場所を手に入れていたのかも知れない。まだたった一ヶ月でしかないが、自分の敬愛する店長に認められ、この小生意気なあ~る君まで認めていてくれたなんて思わなかった。まだまだ全然仕事だって出来ないし、はっきり言ってお荷物でしかないが、僕はここに居てもいいのだろうか。

 心の底で思っていた不安が払拭され、思わず泣きそうになる。そんな僕に、黙ったまま優しくお替わりを差し出してくれる店長。

―― 店長! 僕、どこまでも付いて行きます!


「まぁ、人間的魅力とオスとしての魅力はまた別問題だがな」

 あ~る君の発言を華麗にスルーし、僕は店長の淹れてくれた極上の一杯に今日の幸せを感じていた。

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