第四話
「助かったわ。さっきの銃撃がなかったら、拘束を解かれていたかもしれない」
こちらに駆け寄って来た少女は、そう言いながら俺の前で足を止めた。
「こっちも助けてもらったんだ。このくらいは返しておかないとな」
「でも、あの距離から顔の傷を狙ったのよね? しかも二発とも」
「あの頑丈な殻の上から撃ったところで弾の無駄だからな。狙うなら、最初から傷があるところしかない」
少女は俺の持っている拳銃を見てから、少し不思議そうに顔を上げた。
「誰かに銃の扱いを習ったことがあるの?」
「少しはある」
「少しって腕じゃなかったと思うけど」
「そう言われても、少しは少しだ」
それ以上追及される前に拳銃をホルスターへ戻す。しかし、それと同時に脇腹へ痛みが走る。
「っ……」
「ほら。やっぱり痛みが強くなってるじゃない」
「笑わなければ大丈夫だ」
「私、別に面白いこと言ってないでしょう」
「今後も言わないでくれると助かる」
「そんな理由で笑わせないように気を使う人、初めて見たわ」
少女が呆れたように言った、その時だった。
空から低い振動音が降ってくる。
屋根の崩れた建物の向こうから、飛行ユニットを装備した二人の兵士が広場へ降下してきた。一人は着地する前からアサルトライフルを構え、周囲を警戒している。もう一人は倒れた中型へ近づき、しばらく様子を確認してから手首の通信機へ報告した。
「対象の沈黙を確認。各部隊は周辺警戒を厳とせよ」
通信を終えた兵士のもとへ、少女が足早に歩み寄る。おそらくここの部隊の責任者だろう。
「小型の一体はこの店の中です。もう一体は東側の塀付近、残りは北の細道にある横転した車両の近くです」
少女の報告に少し驚く。あれだけ動き回っていたのに、全部の位置を覚えているらしい。
ほどなくして地上からも数人の兵士が到着し、そのうち救護用の装備箱を持った男が俺の前へしゃがみ込んだ。
「負傷者は君だな。どこが一番痛む?」
「脇腹です。魔獣に吹き飛ばされて、壁にぶつかりました」
「その時、シールドは?」
「何とか間に合いました」
兵士は俺の左腕につけた発生器を確認し、表示された履歴へ目を通した。
「間に合ってよかったな。この衝撃なら、シールドがなかったらこうして話せていなかった可能性もある」
「俺もそう思います」
診察を終えた兵士は、応急処置用の薄い保護材を脇腹へ貼り付け、注射型の鎮痛剤を打ってくれた。
「骨に異常がないとは言い切れない。歩けそうでも今日は走るな。それと、この後に必ず検査を受けること」
「分かりました」
「それから、シールドのマナもほとんど空だな。これを使え」
渡された小さなケースには、シールドへ装着できる規格のマナ容器が入っていた。
「帰る途中でも何があるか分からないからな。交換しておけ」
「助かります」
ほとんど空になった容器を取り外し、新しいものへ交換する。左腕の表示が正常な数値へ戻ったのを見て、少しだけ肩の力が抜けた。
別の兵士が、何かを手にこちらへ歩いてきた。
「これは君の物か?」
差し出されたのは、さっき吹き飛ばされた時に手放したブレードの柄と肩掛け紐が切れたバックだった。
「ああ、そうです。ありがとうございます」
「一体は君が倒したらしいな。無茶はしたようだが、よく生きていた」
「あれ、倒せてたんですね」
どうやら貨物車のそばで斬った小型は、そのまま仕留められていたらしい。
俺は受け取ったブレードの柄を確認する。表面には新しい傷がいくつも増えていたが、起動そのものには問題なさそうだった。
「運がよかっただけですよ」
「本当にね。私があと少し遅かったら、どうなってたか分からなかったもの」
いつの間にか戻ってきていた少女が横から口を挟む。
「それについては否定しない」
「素直なのね」
「命を助けられた後に意地を張るほど面倒な性格じゃない」
年嵩の兵士がこちらのやり取りを聞きながら近づいてきた。
「救護車を南口へ回してある。君達を学園まで送らせよう。あそこの医務室にはちゃんとした設備がある。」
「分かりました。それで、残っている個体とかは大丈夫ですか?」
「他の班からも処理完了の報告が来ている。念のため周辺の捜索は続けるが、ここからはこちらで引き継ぐ」
少女が頷く。
兵士は今度はこちらへ向き直った。
「一応、身分証を確認してもいいかな?」
俺は鞄から学生証を取り出した。兵士は携帯端末へ読み込ませ、表示された情報と俺の顔を見比べる。
「今日付けの転入生か。なら、この辺りの地理を知らなかったのも分からなくはない。ただ、今後は警戒区域へ勝手に入らないように。今日のようなことが毎回起きるとは限らないからな」
「肝に銘じます」
学生証を返してもらい、鞄へしまう。
少女が俺の前へ手を差し出した。
「立てる?」
「さっきよりはましだ。たぶん肩を借りなくても歩ける」
自分で立ち上がってみると、脇腹は痛むものの、どうにか歩けそうだった。
少女はそれを確認すると、今度は足元に置いてある鞄を持ち上げた。
「じゃあ、これは私が持つ」
「そこまでしなくていい」
「さっきから身体を右に傾けるたびに顔をしかめてるでしょう? 大人しく持たせなさい」
「よく見てるな」
「負傷者を連れて帰るんだから当然でしょ」
言い返しても無駄そうなので、素直に鞄を任せることにした。
少女は受け取った瞬間、想像より重かったのか腕を少し下げる。
「……結構重いわね。何が入ってるの?」
「着替えと書類、それからその他いろいろ。今日から寮に入る予定だったからな」
「だった?」
「今のところ、その予定が無事に遂行できるか怪しくなってきた」
少女が俺の顔を見る。
「本当に今日来たばかりだったのね」
「だから最初からそう言ってるだろ」




