第六十九話 継承者
重い石扉が、
ゆっくりと開いていく。
ゴゴゴゴ……
長い年月閉ざされていた空気が、
静かに流れ出した。
黒崎が右手を上げる。
「全員待機。」
調査隊が一斉に足を止める。
黒崎はゆっくりと剣を抜いた。
「俺が先行する。」
未知の遺跡。
隊長として当然の判断だった。
一歩。
踏み出そうとした、
その瞬間。
キィィィン――
零落の指輪が、
眩い光を放つ。
「!?」
悠真の左手が、
勝手に前へ引かれた。
「悠真!」
漣が腕を掴もうと飛び出す。
しかし、
届かない。
まるで見えない力に引かれるように、
悠真の身体が遺跡へ吸い込まれていく。
「神代!」
黒崎も駆け出した。
だが。
バンッ!!
透明な壁が、
黒崎の前に現れる。
「結界か……!」
黒崎は剣を構え直す。
全力で斬り付ける。
ギィィン!!
火花だけが散る。
結界には、
傷一つ付かない。
雪乃が魔法を放つ。
「アイスランス!」
氷の槍も、
結界へ触れた瞬間に砕け散る。
「そんな……。」
悠真は振り返る。
「みんな!」
手を伸ばす。
しかし。
その距離は、
数歩しか離れていないはずなのに。
決して届かなかった。
ゴゴゴゴ……
石扉が、
ゆっくり閉まり始める。
「悠真ーーッ!!」
漣の叫びが響く。
最後に見えたのは、
必死に扉へ駆け寄る二人の姿だった。
ドォン……
完全な静寂。
悠真は、
一人になっていた。
◇ ◇ ◇
暗い遺跡。
淡い光だけが、
静かに通路を照らしている。
「ここは……。」
悠真が辺りを見渡した時。
「ようやく……来てくれたか。」
穏やかな声が響いた。
通路の奥。
一人の老人が立っていた。
長い白髪。
白い髭。
使い込まれた研究衣。
その瞳だけは、
長い年月を越えてなお、
知性の光を宿していた。
悠真は静かに息を呑む。
「あなたが……。」
老人はゆっくりと頷く。
「私はアステル。」
「旧文明最後の研究者だ。」
悠真は深く頭を下げた。
「初めまして。」
アステルは少しだけ笑う。
「礼儀正しい青年だ。」
「安心した。」
「安心?」
「力だけを求める者なら。」
「ここへは入れなかった。」
悠真は指輪を見る。
零落の指輪。
その光は、
今も静かに脈打っている。
アステルは指輪へ視線を向けた。
「あれは鍵ではない。」
「資格だ。」
「資格……。」
「私は長い年月。」
「ずっと待っていた。」
「レベルではなく。」
「積み重ねる者を。」
その言葉を聞いた瞬間。
悠真の胸に、
これまで歩んできた日々が蘇る。
レベル1。
誰にも期待されなかった日々。
ポムとの出会い。
個人空間。
錬金術。
鍛冶。
リル。
漣と雪乃。
すべてが、
今へ繋がっていた。
その時だった。
ゴォォォン……
遺跡全体が大きく震える。
アステルの表情が変わる。
「……来たか。」
悠真が振り向く。
遺跡最奥。
深い闇の中で、
二つの紅い光が静かに開く。
敵意はない。
怒りもない。
ただ、
悠真を観察するような視線。
アステルは静かに呟いた。
「神代悠真。」
「ダンジョンがお前を認識した。」
零落の指輪は、
これまでで最も強い輝きを放った。




