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プロローグ ヨイチ

5作目です。虫屋のため暇を見ては書く、そんな生活になるかと思います。かなり遅筆になるかと思いますがお付き合いいただけると幸いです。


さて、みなさんはヒトならざるモノを見たことはありますか?

私?私はありますよ…?

縁の結ばれたヒトとヒトならざるモノの短いお話、お楽しみいただければ幸いです。


2026/07/08 杜 妃泉

「⸺ハァッ…ハァッ…ヨイチー!?ねえどこに行ったのー?」

21時過ぎの静かな住宅街にローファーの靴音が響く。

如月紅葉きさらぎもみじ、17歳。

弓道部の練習から帰宅してすぐに愛猫のヨイチがいないことに気がついた。

「お母さん!ヨイチは!?」

問い詰める紅葉に母親の幸子は首をひねる。

「あら…?さっきまでそこに…あらやだ!網戸!開いてる!」

その言葉を聞いて紅葉は制服のまま走り出した。

路地裏、猫友のおばさんの家、ヨイチを拾った田んぼ。どこを探してもいない。

街灯の薄明かりの下に誘われた虫達が翅を動かす。

寿命の尽きかけた蝉が空を仰いでヂッと音を出す。

小一時間走っただろうか。紅葉は疲れ果てて稲荷神社の石段に腰を下ろした。

「どこ行っちゃったの…?もう…。」

紅葉の目に涙が滲んだその時だった。

チリン、と聞き慣れた鈴の音。

思わず振り返るとそこには、狩衣を身に纏い烏帽子をかぶった長身の男性が黒猫を抱いて立っていた。

「この猫はお前の飼い猫かい?」

男性に尋ねられて紅葉は思わず後ずさる。

こんな夜中に平安時代の格好をした人間。只者でないことは容易にわかる。

が。男の腕の中にいる黒猫は紛れもなく愛猫のヨイチだった。


「そうです…あの…返していただけませんか…わたしずっと探してて…」

おずおずと言葉を紡ぐ紅葉に対して男はクスクスと笑いながら1歩ずつ足音もなく近づく。

そして⸺腕の中でゴロゴロと喉を鳴らすヨイチをそっと紅葉に手渡した。

「感謝するんだね。迷い込んだのが神域でよかったよ。そうじゃなきゃカラスの餌食だ」

そう言い放つ男の目は妖しくほんのりと赤く光っている。

紅葉ははっと我に返り、

「あの!ありがとうございました!わたしはこれで…」

そう言って去ろうとしたが足が動かない。

いつの間にか烏帽子の男が紅葉の前に立っている。

嫌な汗が紅葉の体を支配した瞬間、烏帽子の男は音もなく右手を上げ紅葉の頭にかざす。

「ほう。如月の血の者か。余三郎は息災かね?」


その名を聞いた瞬間、紅葉の脳裏に亡き祖父余三郎との思い出が蘇る。

ヨイチは祖父が用水路で弱っていたところを拾ってきた猫だった。昨年亡くなるまで紅葉と二人でひたすらヨイチを愛でていたことを思い出し思わず目頭が熱くなる。

「…おじいちゃんなら去年…天国に…それよりどうして…。」

烏帽子の男はスッと右手を下ろすとこともなげにこう言った。

「アレが小さい頃、私とよく遊んだものだからね…そうか…ヒトの寿命の短きことよ…」

烏帽子の男が更に言葉を続ける。

「私がヒトならざるモノであるのはもうわかっているだろう?私はここの稲荷神社の神。紅葉山から御霊分けされた小さな神さ。そうさな、イナリとでも呼ぶがいい。」


その瞬間、紅葉の体は自由が効くようになりヨイチを抱いて一目散にもと来た道を駆け出した。

ローファーの音が遠ざかるのを聞きながらイナリは薄く微笑む。

「あは…。余三郎の孫か…しばらくは退屈しなさそうだね…。縁は結ばれた。きっとお前はまたここに来るだろうよ。」

つり上がった切れ長の目が妖しく光る。

高く上がった上弦の月がそれを優しく照らしていた。

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