EP 8
ストライキの平和と、中立地帯の『鬼龍』
「ククク……静かだ。世界が、我がアビスの波動に恐れをなして沈黙している……」
ポポロ村の村長宅の庭(ダイヤのテントの横)。
佐須賀良樹は、ジャージ姿で歯ブラシをくわえながら、秋の高く澄んだ空を見上げていた。
「ただのストライキだ、良樹。そして、奴らにカネがないだけだ」
傍らで日向ぼっこをしているロード(始祖竜)が、身も蓋もないツッコミを入れる。
今日、戦場から銃声は全く聞こえてこない。
良樹が昨日宣言した『配送料1.5倍のストライキ』と、昨夜の『キャルルの1000万円罰金事件』が重なり、両軍は完全に沈黙(破産)していたからだ。
「まぁ、平和なのはいい事だ。今日は配達が休みだし、村の草むしりでもして『善行ポイント』を稼ぐとするか。……おっ、リーザちゃん、またパンの耳かじってんのか? ほら、牛丼の残り(※並盛)だ。食うか?」
「食べるぅぅぅっ! ありがとう戦場の神様ぁぁっ!」
おこぼれに預かった地下アイドル・人魚姫のリーザが、涙を流して牛丼を掻き込んでいる。
(チョロい。これでまた善行ポイント1000Pゲットだぜ……)
良樹が平和なスローライフ(偽善)を満喫している頃。
ポポロ村の中心部にある、一軒の小料理屋の前に、異様な緊張感が漂っていた。
――小料理屋兼BAR『鬼龍』。
ルール⑧【週に一度、両軍の指揮官は中立地帯で会談を行える】。
その指定場所に選ばれたのが、この店だった。
「……行くぞ、エリアス。妙なマネをしたら、腰の『夕丸』でオドレの首を落とすけえの」
「吠えるな、サカガミ。俺のブーツのつま先には毒刃が仕込んである。動けばお前の頸動脈を裂く」
ルナミス軍客将・坂上信長と、レオンハート軍客将・エリアス・ソーン。
日米最高峰の精鋭部隊のトップである二人は、互いに殺気を放ちながら、カラカラと引き戸を開けて店内に入った。
店内には、静かなクラシック音楽(J.S.バッハ『無伴奏チェロ組曲第1番』)が流れていた。
カウンター席だけの、薄暗くも清潔な空間。
そして、厨房の奥には、黒をベースにした赤のジャケットを着た、身長190cmの巨漢が背を向けて立っていた。
鬼龍のマスター、鬼神 龍魔呂である。
「……おい、マスター」
エリアスが、氷のような声で凄んだ。
「俺たちは軍の代表としてここに来ている。……まずは、この店の『安全』を証明してもらおうか。そこにいるのは、何者だ」
エリアスは、店内の隅のテーブル席を顎でしゃくった。
そこには、無駄にキラキラしたフリル付きの鎧を着た天使(T-Tuberのキュララ)が、スマホを片手にパフェを食べていたのだ。
「あ、気にしないで〜。私、ただの客だから♡ あ、リスナーのみんな〜! 今、軍のお偉いさんが怒ってまーす! スパチャよろしく〜☆」
「……チッ、民間人か。目障りだ、つまみ出せ。俺たちはこれから、軍事機密の『協定』を結ぶんだ。遊びじゃない」
エリアスが、イラ立ちと共に殺気を放とうとした、その瞬間だった。
カチッ、カチッ。
厨房の奥から、真鍮製のオイルライターを弾く、乾いた金属音が2回響いた。
ピタリ、と。
エリアスと信長の呼吸が、強制的に停止させられた。
「……ここは、メシを食う場所だ」
振り返った龍魔呂の口元には、マルボロの赤が咥えられていた。
そして、彼の全身から、ゆらりと立ち昇る『赤黒い闘気(DEATH4のオーラ)』。
それは、数多の戦場を潜り抜けてきた信長やエリアスですら経験したことのない、純度100%の「死の具現」だった。
(なッ……!? なんじゃ、この重圧は……ッ!?)
信長の膝が、ガクガクと震え始める。名刀の柄に手をかけることすらできない。
(……動けない。こいつ、ただの料理人じゃない……! 一つでも間違えた行動をとれば、俺たちは1秒以内に『解体』される……!)
冷徹なエリアスの額から、滝のような冷や汗が吹き出した。
彼がパンツの中に隠し持っている必殺の『ガバメント』など、抜く前に腕ごと吹き飛ばされるという確信があった。
「席に、座れ」
龍魔呂が、低く静かな声で言った。
「「ハ、ハイッ!!」」
さっきまで互いの首を掻き切ると豪語していた両指揮官は、まるで怒られた小学生のように、背筋をピンと伸ばしてカウンター席に並んで座った。
龍魔呂の圧倒的な暴力による、完全な場慣らし(鎮圧)である。
「……注文は」
「あ、あのお……一番安いやつで、お願いします……。ワシら、今5万と12万しかなくて……」
信長が、情けない声で財布の残骸を見せた。
龍魔呂は何も言わず、無言で厨房に戻り、手際よく調理を始めた。
数分後、二人の前に出されたのは、湯気を立てる『豚の角煮定食』だった。
「……食え。銀貨1枚(1000円)だ」
信長とエリアスは、震える手で箸を持った。
この数日間、彼らの胃袋に入っていたのは、得体のしれないスポンジ卵や、ゴムのような戦闘糧食(MRE)、そしてラムネだけだった。
信長が、トロトロに煮込まれた豚の角煮を口に運ぶ。
ホロリと崩れる肉。八角と生姜の香りが効いた、甘辛い醤油の深い味わい。
「……っ!」
信長の目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「う、美味い……! なにこれ、美味すぎるんじゃが……っ!! 親父ぃ……ワシ、生きてて良かった……っ!!」
隣を見ると、あの氷の死神・エリアスでさえも、無言で、だが異常なハイスピードで角煮と白飯を口に押し込んでいた。その双眸にも、うっすらと光るものがある。
「……美味い。カロリー以上の……何かがある」
エリアスは震える声で呟き、お茶で流し込んだ。
極限の緊張と飢えから解放された二人は、完全に「ただの腹を空かせた青年」に戻っていた。
食後。
温かいお茶を飲みながら、二人はついに本題に入った。
「……サカガミ。このままじゃ、俺たちはポポロ村の経済システムに殺される」
エリアスが、真剣な顔で切り出した。
「俺の残高は12万。お前は5万。……弾も買えない、あの眼帯の運び屋(良樹)に飯も頼めない。そこで、提案だ」
「……なんじゃ」
「『捕虜のレンタル・リース契約』だ」
エリアスは、魔導タブレットの契約書をスワイプした。
「互いに捕まえた捕虜を、中立であるポポロ村の『農作業(人参マンドラの世話)』や『ドワーフの工場』に派遣する。その労働対価(給料)を、指揮官である俺たちがピンハネ……ゴホン、管理手数料として徴収するシステムを作るんだ。これなら、武器を使わずに継続的な資金が手に入る」
「オドレ……部下を派遣社員(奴隷)にする気か!?」
信長がドン引きして立ち上がりかけたが、龍魔呂が「トントン」と包丁でまな板を叩いた音を聞いて、瞬時に着席した。
「……いや、背に腹は代えられん。……乗ろう、その契約」
信長は血の涙を流しながら、契約書にサインした。
かくして、ルナミス軍とレオンハート軍の精鋭部隊は、互いに殺し合う前に、『ポポロ村への労働力派遣(出稼ぎ)企業』として、奇妙な共同戦線を張ることになったのである。
「よし。これで資金が貯まれば、再び弾薬を買い、お前たちの頭を吹き飛ばせる」
「抜かせ。先に資金を潤沢にして、良樹の牛丼を買い占めるのはワシらじゃ」
二人は再びバチバチと火花を散らしながら、銀貨1枚ずつをカウンターに置いて立ち上がった。
「……マスター、ごちそうさまでした!」
「……見事な食事だった。感謝する」
深々と頭を下げて出ていく両指揮官の背中を、龍魔呂はただ静かに、タバコの煙を吐き出しながら見送った。
(……やれやれ。どこの世界にも、バカな兵隊はいるもんだ)
一方、そのやり取りのすべてをスマホで配信していたキュララが、ニヤニヤと笑いながらチャット欄を読み上げていた。
「『精鋭部隊のトップ、飯食って派遣の相談してるの草』『鬼龍のマスター強すぎワロタ』……あはは! 今日も同接(視聴者)とスパチャが美味しいなぁ〜♡」
ポポロ・ウォーは、武力から完全な『経済と労働の戦争』へとフェーズを移行しようとしていた。




