第一章 地獄の戦場と、狂ったロジスティクス(兵站)の幕開け
戦場のど真ん中で「牛丼、一丁!」
「ククク……視える、視えるぞ。この世界に淀むどす黒いカルマの奔流が……我が魔眼『アビス・ゲイズ』から逃れられると思うなよ……ッ!」
右目に巻いた薄汚れた包帯を押さえながら、俺――佐須賀良樹は、ポポロ村の外れで天に向かって高らかに宣言した。
「……おい、アビスなんとか。そこのドブ板の下、まだヘドロが詰まってるぞ。早く掻き出せ。臭くてかなわん」
足元から、ひどく冷めた、そして妙に達観した低い声が響く。
声の主は、俺が引く屋台の横で欠伸をしている一匹のトカゲ……いや、ジオ・リザードの『ロード』だ。
「馬鹿野郎! シャイニング・インフェルノ・アルティメット・ロード! お前は俺の眷属だろうが! もう少しこう、闇の波動に共鳴するような相槌をだな……」
「断る。ロードで事足りる。それより早くしろ。朝の稼ぎ時を逃す気か? 貴様のその妙な力がなければ、我々は今日の夕飯にもありつけんのだぞ」
ロードの正論パンチに、俺は「うす、サーセン」と素直に頷き、急いでドブ掃除を再開した。
……そう、俺は中二病をこじらせたしがないフリーター(異世界転生済み)だ。
柄の悪い連中に絡まれると、秒で土下座できる小心者でもある。
『ピロリン♪』
ドブの泥を掬い終わった瞬間、俺の脳内に軽快な電子音が響いた。
【システムログ】
善行:『村のドブ掃除(完璧)』を達成しました。
獲得ポイント:50P
現在の累計善行ポイント:120P
「よしッ! 貯まったぜロード! これでようやく仕込みができる!」
「ふむ。相変わらず因果律を無視した奇妙な権能だな。……して、今日のメニューは?」
「ククク……愚問だな。我が左腕に封印されし魔獣の肉と、大地が育んだ太陽の恵みを、漆黒の秘薬で煮込んだ至高の供物だ」
俺は右手を天に掲げ、ユニークスキル『丼マスター』を発動した。
「顕現せよ! 『特盛・牛丼』!!」
ポンッ! と間抜けな音を立てて、屋台の寸胴鍋の中に、熱々の湯気を立てる極上の牛丼の具(約30人前)と、炊きたてのホカホカご飯が錬成された。
出汁と醤油の甘辛い匂いが、朝の冷たい空気にフワリと広がる。
「……相変わらず、匂いだけは一級品だな」
「だろ? さて、今日の配達先は……っと」
俺は支給されている魔導通信石の画面をスクロールした。
配達アプリ『R-Bar』の注文リストに、一件の新規オーダーが入っている。
「えーと、注文者は……『ルナミス帝国・第一レンジャー小隊』。配達先は『西の丘陵地帯・Dセクター』……って、おい」
俺は通信石を落としそうになった。
「西のDセクターって……今、レオンハート軍のSEALs部隊と絶賛ドンパチやってる最前線じゃねぇか!?」
「ほう。最近始まったという『ポポロ・ウォー』とやらだな。1億円の軍資金だけで戦う、貧乏くさい代理戦争と聞いている」
「なんでそんなトコに牛丼届けなきゃなんねぇんだよ! 俺の時給、銀貨1枚(1000円)だぞ!? 命の値段と釣り合ってねぇよ!」
「行くしかないだろう。クレームが入って『善行ポイント』を没収されたら、明日の飯は雑草だぞ。安心しろ、戦わずして勝つのが我が兵法。面倒事は避けて通ればいい」
ロードはそう言って、のそりと屋台の牽引棒に首を通した。
このトカゲ、やたらと達観しているが、かつて世界を滅ぼしかけた『始祖竜クロノ』だという噂がある。俺は信じてないけど。
俺は半泣きになりながら、屋台の持ち手を握った。
「い、行くぞロード……! 闇の波動の時間だ……ッ!」
【西の丘陵地帯・Dセクター】
「うおおおおッ! 伏せろ! 敵のRPG(対戦車擲弾)が来るぞォォッ!!」
土嚢の裏で、ルナミス軍レンジャー部隊の兵士が鼓膜の破れるような絶叫を上げた。
ドゴォォォンッ!!
凄まじい爆発音と共に、数メートル先の地面が吹き飛び、土煙が視界を覆う。
(ひ、ひぃぃぃぃぃッ!? なんだコレ! なんでファンタジー世界で近代兵器が飛び交ってんの!?)
俺は屋台の陰でガクガクと震えていた。
飛び交うのは魔法ではない。5.56ミリの鉛玉と、手榴弾の破片だ。完全に現代戦の地獄である。
「ロ、ロードォ……! 帰ろうぜ! もう帰ろう!? 善行ポイントなんかマイナスでいいよ!」
「落ち着け、良樹。見ろ、あの弾道……全く洗練されていない。偶像に頼る者たちの焦りが透けて見えるな。恐るるに足らん」
ロードがため息をつきながら、屋台を引いて悠然と進んでいく。
いや、なんでお前、そんな弾幕の中を普通に歩いてんだよ!
ヒュンッ!
俺の眉間目掛けて、一発の銃弾が飛んできた。
「終わった」と目を閉じた瞬間――。
ロードの目が微かに光った。
その刹那、弾丸がまるで「空気の沼」にでもハマったかのように不自然に減速し、ポトリと俺の足元に落ちた。
(……ん?)
ロードの能力、『時間操作(部分遅延)』だ。
本人は「面倒事を避けるためのささやかな小細工だ」と言っているが、傍から見ればどう考えても異常現象だった。
俺たちは弾幕のど真ん中を、傷一つ負わずに歩いていく。
屋台の寸胴鍋からは、相変わらず「牛丼の良い匂い」がポッポと湯気を立てて立ち昇っている。
その異様な光景に、土嚢に隠れていたレンジャー部隊の兵士たちが、口をあんぐりと開けてこちらを見ていた。
「お、おい……嘘だろ……」
「あの弾幕の中を、無傷で歩いてくるぞ……!?」
「それにあの男……右目に包帯を巻いて、何かの封印を解こうとしている……! まさか、ルチアナ様が遣わした『戦場の軍神』か!?」
違う。俺はただ、震えで痙攣する右目をごまかすために包帯を押さえているだけだ。
「おい、見ろ! 神の横にいるあのトカゲ……ただのトカゲじゃない! あれは……伝説のジオ・リザードの賢竜種だ! なんてオーラだ……!」
「神が……我々に『糧』を運んできてくださったぞォォ!!」
兵士たちが、銃を置いて歓喜の涙を流し始めた。
やばい。なんかメチャクチャ重い勘違いをされている。
だが、ここでビビり散らかしたら、中二病のプライドが許さない!
俺は震える膝を必死に抑え込み、不敵な笑みを口元に張り付けた。
「ククク……待たせたな、迷える仔羊たちよ……」
俺はお玉を華麗に回し、ホカホカのご飯の上に、汁だくの牛肉をドサリと乗せた。
「我が深淵の釜より出でし、至高の供物(牛丼・並盛)だ……! さぁ、食らうがいい!」
兵士たちは震える手でドンブリを受け取り、一口かき込んだ瞬間、天を仰いだ。
「う、うめぇぇぇぇッ!!」
「一週間ぶりの温かい飯だ……! 味が……しょっぱさが五臓六腑に染み渡る……ッ!」
「ありがとう軍神様! ありがとう……ッ!!」
男たちがボロボロと泣きながら牛丼を掻き込んでいる。
そこへ、前線から一人の屈強な男が駆け込んで来た。ルナミス軍の客将、坂上信長だ。
「オドレら! 飯の時間じゃ! ……って、おお! 兄ちゃん、ええトコに来てくれたのぅ! 助かったわ!」
信長は俺の肩をバンバンと叩き、豪快に笑った。
「で、お代はナンボじゃ?」
「えっ、あ、ハイ。並盛1杯、銅貨5枚(500円)で……あ、いや、ククク……対価は銀貨1枚(1000円)だ。魂の分、少し色をつけてもらうぞ……」
「おう! キャッシュで払うたる! 兄ちゃん、明日も頼むで!」
こうして、俺の『死と隣り合わせのデリバリー生活』が幕を開けた。
俺はまだ知らなかった。
この後、俺とロードが両軍から「戦局を支配する神」として恐れられ、泥沼の知略戦のド真ん中に引きずり込まれることになるということを――。




