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読まれるエンタメ物語のテンプレ集 ~テンプレは悪じゃない!読者の期待を外さない物語の組み立て方~  作者: 夕月 悠里
第2章後半:Web小説のアイデアジャンルのテンプレ

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セカイ系

やあ(´・ω・`)


ようこそ、ゼロ年代(2000年~2009年)のエンタメを語るうえで避けて通れないジャンル「セカイ系」へ。


君はセカイ系と聞いて「もう古いジャンルでは?」と思うかもしれない。


たしかに、セカイ系という言葉が強く語られたのは、主にゼロ年代だ。いまのWeb小説ランキングで、正面から「セカイ系です!」と名乗る作品は少ない。


だが、それはセカイ系が消えたという意味ではない。むしろ、その構造は姿を変えて生き残っている。


世界の危機。閉じた人間関係。説明されない巨大な設定。主人公の内面と世界の運命が接続する感覚。たった一人の少女を救うことが、世界全体の選択になってしまう構造。


これらは、現代のWeb小説でも十分に使える。


ただし、昔のセカイ系をそのまま再現すると、読者には古く感じられる可能性が高い。だから重要なのは、「セカイ系っぽい雰囲気」を真似ることではない。セカイ系が持っていた機能を分解し、現代の物語に使える形へ変換することだ。


◆ ◇ ◇ ◇ ◇


1. セカイ系とは


セカイ系という言葉は、ジャンル論として非常に扱いが難しい。なぜなら、ファンタジーやミステリのように、最初から明確な定義やルールを持って生まれた言葉ではないからだ。


歴史を少しだけ紐解こう。


「セカイ系」という言葉の初出は、2002年10月下旬、ぷるにえ氏が運営していたインターネットサイト『ぷるにえブックマーク』での記述だとされている。ぷるにえ氏自身は、以下のように語った。


「一人で勝手に使っている言葉で、大した意味はない」

「エヴァっぽい(一人語りの激しい)作品に対して、わずかな揶揄を込めつつ用いる」

「たかだか語り手自身の了見を『世界』という誇大な言葉で表したがる傾向があり、そこから『セカイ系』という名称になった」



つまり、最初は「自分の狭い自意識の悩みを、わざわざ『世界の危機』みたいに大げさに語るイタい作風」に対する、ネット上の皮肉として生まれた言葉だったんだ。


しかし、この言葉は瞬く間にネットの海を一人歩きし、やがて時代の空気を切り取る概念として定着していく。代表作として挙げられるのは、新海誠の『ほしのこえ』、高橋しんの『最終兵器彼女』、秋山瑞人の『イリヤの空、UFOの夏』などだ。


評論家の前島賢は、著書『セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史』の中で、「『君と僕との関係が、具体的な中間項を抜きにして世界の運命と直結する』というのは後付けの定義であり、元は『エヴァっぽい(=一人語りの激しい)作品』を指すための造語である」と指摘しつつ、こう定義している。



『新世紀エヴァンゲリオン』の影響を受け、90年代後半からゼロ年代に作られた、巨大ロボットや戦闘美少女、探偵など、オタク文化と親和性の高い要素やジャンルコードを作中に導入したうえで、若者(特に男性)の自意識を描写する作品群。




色々な経歴があるわけだが、俺たちが創作の武器として使うために、学術的な定義論争に深入りする必要はない。広く知られている「構造的定義」を一つだけ脳に刻み込んでくれ。


「主人公(僕)とヒロイン(君)の個人的な関係が、国家、社会、組織、法律といった『中間領域』を完全に飛び越えて、世界の存亡や滅亡に直接つながってしまう物語」


これがセカイ系の核だ。


「中間領域の喪失」とはどういうことか?


たとえば、ゴジラ(巨大な脅威)が東京に現れたとする。通常のエンタメなら、政府が緊急会議を開き、自衛隊が出動し、国連が介入し、避難民の混乱が描かれる。これが「中間領域(社会)」だ。


しかし、セカイ系ではこのプロセスが丸ごと消滅する。


ゴジラが現れて世界が滅びかけているのに、描写されるのは「夕暮れの学校の屋上で、主人公がヒロインと手を繋ぎながら、『君はどうして泣いているの?』と悩んでいる光景」だけなんだ。政府も大人も軍隊も、完全に蚊帳の外か、単なる背景のノイズとして処理される。


これを創作論として分解すると、以下のようになる。


・極端な一人称的視界:主人公(ごく普通の思春期の少年)の視界や語りに、物語が制限される。

・閉鎖された舞台:世界が滅びかけているのに、舞台は主人公の行動範囲である学校、主人公の部屋、コンビニへの通学路、夕暮れの河川敷などに限定される。

・社会の意図的な排除:世界の危機(戦争や侵略)は存在するが、政治や軍事のロジックは説明されない。

・戦闘の非対称性:主人公ではなく、ヒロインが世界を救うために血を流して戦っている。

・情報のブラックボックス化:主人公は世界の全体像を知らない。読者もまた、主人公の狭い視界を通してしか世界を理解できない。

・オタク文化と親和性の高い要素の存在:ロボット、ミリタリー、SF、美少女、怪獣、UFO、等



ここで大事なのは、セカイ系における「世界」とは、設定資料集に書かれているような客観的で論理的な世界地図ではないということだ。それは、「主人公の自意識フィルターを通した、極めて主観的な世界」なんだ。


だから、敵の正体が宇宙人なのか悪魔なのか分からなくてもいい。戦争の経済的な理由なんて語られなくていい。ヒロインが何のエネルギーで空を飛んでいるのか、物理法則すらどうでもいい。むしろ、「分からなさ」こそがセカイ系の味になる。


主人公の狭い視界の中に、世界全体という巨大な質量を無理やり押し込める。その圧力でバキバキに歪んだ日常の風景こそが、セカイ系の美しさなんだ。


◆ ◆ ◇ ◇ ◇


2. セカイ系のここがすごい


なぜ、こんな説明不足で歪んだ構造が、当時の若者たちの心を狂わせ、今なお形を変えて求められ続けるのか? その最大の強みは、大きく分けて二つある。


■1. 中間領域の大胆な省略による、感情の超高密度化


本来、日常の恋愛と世界の危機を両立させようとすると、膨大な説明が必要になる。


SFに触れている人はわかると思うが、現実世界と異なる概念を物語に導入する場合、敵の目的は何か、国家間のパワーバランスはどうなっているのか、一般市民の生活インフラはどう維持されているのかなど、普通に考えれば、設定の矛盾を埋めるための説明で、何万文字も消費してしまう。


だが、セカイ系はそれを「描写はするが、説明はしない」という力技に出た。


社会や組織の説明をごっそり切り捨て、物語のカメラを「主人公とヒロインの距離」だけに極限までズームする。これは一見乱暴に見えるが、創作の戦術としては極めて優秀だ。


なぜなら、多くの読者が見たいのは、架空の国の政治体制じゃない。

・ヒロインはなぜ、あんなに悲しそうに戦っているのか。

・無力な主人公は、傷だらけの彼女の心に触れることができるのか。

・最終的に、世界を救うのか、それとも彼女を選ぶのか。


社会の説明を削ぎ落とすことで、削られた分の文字数をすべて主人公とヒロインの関係性に使える。


主人公の内面、ヒロインと指先が触れ合う瞬間の体温、壊れていく世界の不気味な気配。これらを執拗なまでに濃密に描くことで、セカイ系は多くの人に認知されていった。



■2. 完全な答えを与えないことによる、考察と執着のループ


もうひとつの強みは、意図的に作られた「謎」だ。


セカイ系では、世界設定の全貌が決して明かされない。敵の正体、戦争の始まり、ヒロインに課せられた残酷なシステムの理由。そうしたものは、主人公の視界の端っこで、断片的な描写としてしか示されない。


人間という生き物の脳は、すべてが綺麗に説明された(理解できた)作品よりも、「よく分からない空白」が残された作品の方に強く執着し、長く記憶に留めるというバグを持っている。


「あの意味深なセリフは何だったのか?」「本当に世界は滅びたのか、それとも主人公の妄想だったのか?」


読者はその空白を埋めるため、自らの想像力で物語を補完し始める。考察し、語り合い、自分の中で勝手に意味を増殖させていく。この「読者を共犯者にする余白の設計」こそが、セカイ系がカルト的な熱狂を生み出す最大の理由なんだ。


ただし、ここには罠がある。


「説明しないこと」と、「作者が何も考えていないこと」は、似て非なるものだ。


作者の頭の中に確固たる世界のルールがないまま、ただ雰囲気だけで謎をばら撒くと、読者は矛盾を感じブラウザバックする。きちんと設定されたルールの中で、説明しないことを意図的に選ぶことが大事だ。


セカイ系で省略していいのは「社会的な因果関係の説明」であって、「主人公の感情の因果関係」は省略してはならない。


主人公の選択が説得力を持っていなければ、それはただの雰囲気だけのエモいポエムに成り下がる。


◆ ◆ ◆ ◇ ◇


3. 男女向けの差


セカイ系は、歴史的には美少女ゲームや深夜アニメ、ライトノベルといったゼロ年代の「男性向け」オタク文化の文脈で語られることが圧倒的に多いジャンルだ。


しかし、ここで非常に面白い構造的な逆転現象が起きている。


「社会や政治を排除し、閉鎖された人間関係だけで世界を語る」というこの構図は、実は少女漫画や女性向け作品が得意としてきた構造そのものなんだ。


男性向けエンタメの王道といえば、「英雄の旅」だ。主人公は故郷を出て、外の世界を冒険し、強敵を倒し、社会的な影響力を拡大していく。


しかし、セカイ系の主人公は外の世界(社会)へ出ない。狭い教室や部屋の中に引きこもり、「関係性」の中で世界と向き合う。


さらに、セカイ系ではしばしば性別役割の強烈な反転が起きる。世界を救うために血を流して戦うのは、ヒロイン(戦闘美少女)の役目だ。では、男性主人公は何をしているのか?  彼は見守り、待ち、悩み、戦えない自分を恥じ、ただ彼女の帰る場所として存在する。


『新世紀エヴァンゲリオン』の序盤において、碇シンジは「逃げちゃダメだ」と、強大な敵と戦う(=旧来の男性性に適応する)ことを強要され、それに押し潰される姿が描かれた。しかしアニメ最終回付近になると戦闘もせずひきこもり、最後は「おめでとう」「ここに居てもいいんだ」のシーンが現れる。これがセカイ系の本質だ。


その後のセカイ系作品においてはそれが顕著に表れ、主人公は「戦わなくていい」という免罪符を与えられる。無力で、受動的で、逃げ腰のままでも、ヒロインからは「あなたはそこにいてくれるだけでいい」と肯定される。


ここには、「『強くあれ、世界を広げろ』という旧来の男性役割からの強烈な逃避」と、「ただそこに存在しているだけで承認されたいという、母性的な関係性への回帰」という、当時の男性たちの痛切な欲望が隠されている。


そしてこれは、女性向け作品でよくある「ありのままの私を、最強のスパダリが無条件に愛して守ってくれる」という構造と似ている。


つまり、セカイ系はオタク向け男性向けジャンルに女性向けの構造を導入したものだったのだ。



では、女性向けのセカイ系は存在しないのか?


結論から言うと、山のように存在する。ただし、女性向け市場ではそれをわざわざ「セカイ系」というオタク用語で呼ばなかっただけだ。


少女漫画や女性向けファンタジーの世界では、そもそも恋愛、家族、死、運命といった極めてパーソナルな関係性の問題が、そのまま世界と直結するのが当たり前だった。


男性向けの批評家たちが「社会の中間項が抜けている! 新しい!」と騒いで『セカイ系』と名付けた現象は、女性読者からすれば「関係性を通して世界を描くなんて、昔から少女漫画でずっとやってきたことだけど?」という話に過ぎない。


だから現代において、女性向けのこの種の物語は、別のタグで呼ばれ、ランキングを席巻し続けている。


男性向けであろうと女性向けであろうと「社会のルールをすべて破壊してでも、関係性の絶対性を証明する」というセカイ系の本質は、人間の根源的な願望なんだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◇


4. どのようにカスタマイズするのか


現代のWeb小説でセカイ系を使うなら、昔の雰囲気をそのまま再現するより、構造を分解して使うほうがよい。セカイ系らしい設定は、だいたい次の式で作れる。


日常的な関係 + 世界規模の危機 + 社会や組織の説明の省略 + 二人に突きつけられる選択

+ 内面の揺れが世界に反映される構造 + 男性オタク向けのジャンル要素


ここで重要なのは、「世界を広げる」のではなく「世界を狭める」ことだ。


世界規模の危機を扱っているのに、描写は主人公の日常の行動範囲に集中する。わざわざ世界を救いに旅に出ない。この狭さが、セカイ系らしさを生む。


【代表的なバリエーション】

・終末セカイ

世界がすでに滅びかけている、あるいは滅びることが確定している型だ。原因不明の戦争、異星人侵攻、環境崩壊、文明崩壊、神罰、最終戦争などが背景になる。


ただし、終末の仕組みを細かく説明する必要はない。むしろ重要なのは、「終わりゆく世界の中で、主人公とヒロインがどう過ごすか」だ。世界の終わりを、巨大な事件としてではなく、二人の関係を照らす背景として使う。



・ロボット・巨大兵器セカイ

巨大ロボットや決戦兵器に乗って戦う型だ。普通のロボットアニメと違うのは、戦略や兵器体系よりも、パイロットの内面、孤独、恐怖、他者との断絶に焦点が置かれる点。


ロボットは単なる武器ではない。主人公の不安、自尊心、承認欲求、逃避願望を映す装置になる。その意味で、『エヴァ』的な構造と相性がよい。



・戦闘美少女セカイ

ヒロインだけが理不尽なシステムによって世界を守るために戦い、主人公はそれを見守るしかできない型。セカイ系の最も古典的なイメージ。


ここで重要なのは、戦闘そのものよりも、主人公の無力感である。彼女が何と戦っているのか分からない。なぜ傷ついているのか分からない。それでも彼女を失いたくない。この分からなさと距離感が、セカイ系らしい痛みを作る。



・日常セカイ

一見すると普通の学園生活や日常があり、その裏で世界規模の異常が起きている型だ。ヒロインの願い、主人公の選択、誰かのトラウマが、世界そのものを書き換えてしまう。


この型はかなり使いやすい。日常系やラブコメの形を取りながら、裏側に世界の危機を隠せるからだ。

ただし、世界設定を出しすぎると普通の異能バトルになる。あくまで主人公の周辺だけで世界が揺れている感覚を残すことが重要だ。



・ループ・世界線セカイ

同じ時間を繰り返す、あるいは複数の世界線を行き来する型だ。ただし、単なるタイムリープものとは違う。


セカイ系にする場合は、「世界を救うための最適解」を探すよりも、「たった一人を救うことが世界全体の条件になっている」構造が重要になる。世界のために彼女を捨てるのか。彼女のために世界を捨てるのか。この二択に近づくほど、セカイ系らしさが強くなる。



・犠牲選択セカイ

「世界を救うか、ヒロインを救うか」という二択を中心にする型だ。セカイ系の中でも特に強い構造だ。


世界全体の命運が、主人公のごく個人的な愛情や執着に接続される。普通なら許されない選択が、主人公にだけ突きつけられる。この極端さが、セカイ系のカタルシスを作る。



・閉鎖都市・実験都市セカイ

学校、町、島、都市など、限定された場所だけが世界の中心になる型だ。この型は、「社会の中間項を省略する」ために便利だ。


世界全体を描かなくても、小さな町や学園を世界の縮図にできる。外の社会をぼかし、主人公の生活圏だけを濃く描くことで、セカイ系特有の閉塞感を作れる。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


まとめ


セカイ系は、決して過去の遺物ではない。ただし、ゼロ年代の文体や雰囲気をそのまま再現すれば通用する、というジャンルでもない。


この型の本質は、「主人公とヒロインの個人的な関係が、社会を飛び越えて世界の運命に接続すること」にある。世界を描くのではなく、主人公の狭い視界の中に世界を閉じ込める。国家や組織や社会の説明を省き、そのぶん主人公の内面とヒロインとの距離に描写を集中する。これがセカイ系の強みである。


Web小説で使うなら、ポイントは三つある。

・世界の危機を説明しすぎないこと。

・主人公とヒロインの関係を物語の中心に置くこと。

・二人の選択が世界に影響する構造を作ること。


セカイ系を使うなら、世界を大きく描こうとしなくていい。むしろ逆だ。世界を、主人公の部屋くらいまで狭めてしまえばいい。その小さな部屋の中で、たった一人の誰かを選ぶことが、世界全体を揺らす。

それがセカイ系のいちばん危うく、いちばん美しい機能だ。


今回は以上、解散!

【参考】

前島賢, セカイ系とは何か

セカイ系/ wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%AB%E3%82%A4%E7%B3%BB

「セカイ系」ってなに?男性サブカル論者に訊いてみたい!

https://posfie.com/@keta_chop/p/A9OiCaV

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