9 ほこりなき教会
パチパチと、火が存在を主張するように薪を燃やして揺れる音が響く。
細切れにした肉が、落ちてた枝とバーサの炎で作った焚き火で焼けていくのも意識の外に、ノルはただ揺れる火だけを静かに見ていた。自分や家族の髪と同じ赤色、そしてその存在自体にふと兄を重ねながら。
――会えなくなって二日目の、バルネンブルクの王都で唯一優しくしてくれた、大切な兄のイリオス。彼は光のように明るくて、この火のように暖かかったっけ。そういや彼の持つ二つの適正のうち、一個は火属性だったな。また会いたいけど、そもそも自分は家に帰れるのかな。
その名前や姿を思い浮かべてしまうともうダメで、連鎖的に浮かぶ兄への思いや寂しさ、不安がどんどんノルの頭の中を埋め尽くして離れない。もう家族として見られてもいない可能性だってあるのに、心のどこかで縋ってしまっていた。
「……会いたいよ、イリにぃ……」
風にそのまま溶けて消えてしまいそうな程か細い独り言は、誰にも聞かれないまま焚き火の音にかき消されてしまった。
――突然、トンと背中を突かれる。振り返るとどこか気まずそうなエイザに見下ろされていた。
『焦げるぞ、食わぬのか?』
「っあ、そうだね! ありがとうエイザ!」
慌ててノルも串のうちの一本に手を伸ばすが、やはりまだ気持ちの割り切りがつかないのかなかなか食指が動いていなかった。一度脳裏に焼きついたものは簡単に離れることはない。ノルの心はあの自分より短い赤色の髪の毛が未だぎゅっと掴んで離さない。目の前から風に乗った少し焦げた脂の匂いだけが鼻腔を無意味にくすぐるのを、どこか物悲しい様子で感じているしかできなかった。その時のこと。
『……やはりまだ、あの時言っていた”会いたい人”というのが気がかりか。
――無理はするな。事はきっと、良き方に進む。我が誓おう』
ずっと黙っていたバーサが口を開いたのだ。「気の利くようなことは言えないが」と言いたげではあったものの、確かな優しさの滲む誰に言うでもないような独り言に近い声に、ノルは静かに頷いた。ほんのり上がった口角が、目の前のことを受け入れられたのを誰にもわからないように物語っていた。
◇ ◇ ◇
食後のふとした瞬間、微風がノルの体を撫でた。ちょっぴりひんやりして、しかし心地よいはずの風。
――しかし、なんとなくノルはその風が気になった。虫の知らせに似た勘のような何か、もしくはただの好奇心、あるいは腹ごなしの運動がしたいなんて欲求……ざわめきの正体こそわからないものの、風の通る道をぱたぱたと、しかし静かに魔導書を抱えて駆けていった。
しばらく走ってたどり着いたのは、少し寂れた教会のような建物だった。壁には何かの蔦が這い、中からは人間の気配は感じられない。
なんだか不思議に思えて、とりあえずノックをしてみても反応は全く見られない。ゆっくりとドアを押してみれば、それは驚くほど簡単に開いた。寂しさを持ちながらも荘厳な雰囲気を放つステンドグラスが、真正面の祭壇からノルを見ていたように感じられた。彼はそれに興味をそそられたのか、魅入られたのか、ゆっくりと教会に足を踏み入れた。
「……ふしぎ、誰もいないのにすっごくキレイ……」
キョロキョロと中を見回せば、そこは汚れた空気どころか埃一つ見当たらなかった。椅子の座面、祭壇の上、床に乱雑に置かれた汚れた聖書まで、全てがつい先程まで人がいたと錯覚させるかのように清らかなままに保たれていた。




