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第6話 来たれ、野球部!

 秋から冬に向かう季節の中で、健二郎は奔走していた。

「野球部、部員募集中です!」

 朝早く、校門の前に立ち、生徒にチラシを配る。特別派遣としてやってきた鍵谷も協力し、2人で部の再建を目指そうという。

 その場に坂下はいない。

 声をかけたが、『どうせ無駄だ』と、取り合ってくれなかった。

 合同チームでもいいと思っている坂下と単独チームで出場したい健二郎と鍵谷。

 両者の気持ちには隔たりが生まれていた。

 無論、自然と会話は減っていった。

 何日も何日も校門の前に立っていた健二郎と鍵谷。

 そこにマネージャーの黒崎も加わるが大した結果は生まれない。

 相変わらずな状況を遠目で見て坂下は笑った。

「……無駄なことを」


 ある日、坂下はついに練習をサボった。

 彼は学校近くの河川敷で草むらに寝そべる。

「全く、これだけ部員が減ればもう無理だというのに。何なんだあいつらは。無駄にやる気を出しやがって」

 坂下は石ころを蹴飛ばし、愚痴をこぼす。

「青沼の野郎、大した実力もないくせに。チームをまとめるだと? よく言うよ。まずは自分だろうが」

 文句が次から次へと出てくる。

「そういうお前はどうなんだ」

 坂下が振り返るとそこには、画面の向こう側にいるはずの人間が立っていた。

「な……お、お前は」

 大村航大。青沼から嫌というほど聞かされてきた高校球界のトップ選手。

 全国の頂点に君臨した世代最強投手であり、チームを引っ張るリーダーシップも折り紙付きだ。

 健二郎でなく、彼がキャプテンであれば坂下は素直について行ってしまうだろう。

 それほどの迫力を坂下は彼から感じた。

「さすがに野球やってる奴は俺のことを知ってるみたいだな。どうした、こんなところで」

「……見りゃわかんだろ」

「どうだかな。ベンチ外の気持ちなんか、俺には分からんよ」

 ベンチ外、という言葉に坂下はイラッとした。

「何だと? 俺がベンチ外?」

「違うのか? この時期とにかく量を積まないといけないはずの育ち盛りの選手がこんなところですることと言えばひとつだ。現実逃避しかないだろう」

 航大は勘違いをしている。

 坂下は部員不足が深刻なチームにおいて、もはやモチベーションを保てずにいるのであって、決して実力不足でうなだれているわけではないのだと。

「何がベンチ外だ。俺はレギュラーだよ。てめぇの基準でものを語るな」

「誰しもが全国の頂点を目指している。そこに基準もクソもない。高みを目指しているのなら、腐ってないで自分を磨け!」

 航大に痛いところを突かれ、坂下は尻込みする。

「お前に教えてやる。全国レベルの投手の力を。その身に焼き付けろ」

 バットをかまえろ、と指示され荷物から金属バットを取り出す。

 人けのない道で、二人による野球勝負が始まった。


「一打席、三球勝負で終わらせてやる。いくぞ!」

 航大が初球を投じる。

 画面の向こう側で躍動する投球そのままに、火を吹くような剛速球が坂下に襲いかかる。

「ぐっ……」

 バットを出そうと思えばすでにボールは壁にぶつかって跳ね返る。

「なんだ、この球は。こんなに振り遅れるのか……」

 実際に見る球は、直球ですら並の高校生ではもはや手が出ないほどの魔球に見えた。

 

「二球目だ」

 左腕がうなる。

 剛球が壁に一直線で突き刺さるくらいの衝撃を坂下は感じた。

 稲妻のような轟きを見て、身体が震える。

 (……レベルが違う。たった一打席でどうこうできはしない)

 坂下はバットを出すことができない。


「ラストボールだ」

 振り抜いた腕から放たれる外角低め、完璧にコントロールされた球はスドンという音を響かせながら壁に激突する。

 闇雲に振っても当たるわけはなく、坂下は無様に三球三振し醜態を晒した。

 

「これが全国、か」

「わかっただろう、今の自分が。俺はこの球を小中高と練習で磨いてきた。そりゃ周りはセンスだの何だの言うやつはいたが基本的には練習なんだよ」

 ダイヤの原石を磨き、本物の輝きを放つダイヤモンドになれ。

 その例えは坂下の中にしっくりと来た。

「……俺はどこまで上手くなれるだろうか」

「さあな。……情けをかけるつもりはなかったが、これも何かの縁だ。こいつをやろう。お前に合うはずだ」

 航大は坂下にバットを渡す。

 そのバットを手に取った坂下は驚きの声を上げる。

「不思議だ。初めて握るはずなのに、何でだろう。完璧なバットに出会ったって感じだ」

「その様子だとなんとなくで適当に選んでいたみたいだな。真の力を発揮するにはまず自分に合う道具からだ」

 坂下はバットを振ってみる。

 軽すぎず、重すぎずバットに振られて自分のスイングができなくなることもない、不思議な感覚。

 その感覚に思わず嬉しさがこみ上げる坂下。

「よし、もう十分だな。まあ頑張れよ。またどこかで会うかもな」

「全国の舞台で会うときは必ずお前を打つ」

「……そりゃ楽しみだ。俺たちが会うのはそう遠くなさそうだ。じゃあな」

 航大は立ち去った。

 坂下は荷物をまとめ、学校側へと急ぐ。

 

 坂下のいなくなった河川敷の草むら。

 風で草がゆらゆらと揺れる。

 航大はつぶやいた。

「久々だな。面白い選手に出会った。まあ、それもそのはずだ。俺と彼の本質は"同じ"なのだから」

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