第5話 目覚め
「映画に誘うとは、珍しいな」
某日某所。大村雄一と息子の航大は大型ショッピングモールの四階にある映画館に来ていた。
二人に笑顔はなく、血を分けた親子とは思えない無が空間を支配していた。
青沼健二郎が画面の向こうで見ていた胴上げ投手とその父は、人気のない静かな映画館で上映を待つ。
航大と雄一は席に座る。
「監督、辞めたそうだな。あんた」
雄一はその言葉を聞くと、目を一瞬見開いて元の表情に戻し、眉間にしわを寄せる。
「……なるほど。確かにしがらみは無くなって敵という関係性ではなくなった。だから私をここに呼んだのか」
誰も観に来ない不人気な映画を観に誘った理由を雄一は理解した。
「しかし、表立っての活動はしづらくなった。夏の大会といい、少し目立ちすぎてしまったからな」
「不思議だ。メジャーな元選手ならともかく、ただ家庭を顧みないだけのなんでもないあんたが追い回されているわけは何だ」
そう返され、雄一は息を吐く。
何はともあれ、航大たち家族を捨てた愚かな父という認識は変わっていなかった。
「……そういうお前こそ、面倒ごとに巻き込まれたって顔をしている」
雄一は嫌というほど知っている。
全国の頂点に立った龍山学院のその後を。
部の問題で対外試合を禁じられ、仲間は散り散りになり、龍山学院野球部は事実上の解体。
監督も責任を取り学校を去った。
この一連の騒動の原因はあくまでレギュラーとは無縁の人間が起こした失態であり、航大たちレギュラーメンバーに責任はない。
だが、はるか上の力にただ無力であったことを嫌というほど痛感していた。
航大の目には消えない目のクマが際立っていた。
もはや顔から優しさは消え、怖さが勝つような表情であった。
「力が欲しい、か」
「そうだ。誰にも負けない力を。居場所を奪われない力を」
航大はさらなる力を求めた。
全国の頂点に立った者が、それ以上の力を得ることには何の異存もない。
それが邪な理由でない限りは。
「力には責任が伴う。それを行使する責任も同じだ」
「何が言いたい」
雄一は確認する。
「お前が求めるのは本当に誰かを守るための力か、それともそのためにすべてを破壊するための力か」
少し考え、航大は答える。
「両方だ」
ちょうどその時、照明が暗くなる。
映画が始まった。
映画の内容は世間一般で言うと実につまらないものであった。
元ネタはSNSで拡散され、無料で誰もが触れられる。
バレにバレまくった内容。
声がついただけのアニメ映画。
「これまでのこと、すまなかった」
「素直に謝るなんて、らしくない。もっと非情な人だと思っていた」
航大はこれまでを噛みしめるように言葉を吐いた。
「お前は逃げられないだろう、航大。俺の息子である限り、野球超人としての宿命からはな」
「野球超人? 宿命? 何を言ってるんだ、あんたは」
目を閉じ、雄一は語る。
自分がこの地球で生まれた人間ではないこと。
別の世界から逃げ延びてきたことを。
「この世界の人間と別の世界の人間とのハイブリット。それがお前だ、航大」
映画は終わった。
内容などどうでもよかった。
航大はすべてを聞いたが、ありとあらゆる言葉を受け止めることは難しかった。
『この世界では生まれるはずのないもの。それが野球超人の素質を持つ。野球超人の中心であるお前はさらなる超人を呼び寄せる。そうした結果が龍山学院野球部の栄冠だったわけだ』
雄一のいた世界の話を聞いた。
野球ですべてが決まる世界。
そうなるようにデザインされた世界。
ある一人の黒幕が星の国家元首を名乗り、従わない国はその国の領土ごと消滅させられた。
もはや国という概念はあの世界にはなく、何もかもが吹き飛んでしまった。
それでも人類は生き残る。
生き残った者たちで新たな歴史を紡いでいく。
その中で一部の人間が次元の穴に気づき、利用し始めた。
最初は自分の世界を壊された腹いせだった。
それが羨望に変わり、侵攻が始まった。
現状、抜け穴とした手段、技術では人の実態を保つことができない彼らはときにこの世界の人に憑依するか、人以外の形で実体化する。
最近、隣の府県である京都で頻発する不審火や焼死体に関連があると雄一は語った。
家族を襲った悲劇にもだいたい説明がつく。
非現実を操る大村雄一のいた世界の人間。
恐ろしい相手との闘いに手が震えた。
京都。
かつて、中学時代に航大が過ごした街だ。
あまりいい思い出はない。
戻るのか、あの街に。
正直あまり乗り気ではない。
残った仲間を捨ててまで、やることなのか。
しかしこちらはすでに多くの被害を被っている。
ある程度の返しはしなければいけない。
航大は思い悩んだ。
『必要があれば、俺に連絡しろ。京都市内での仮住まいは工面しよう』
そう手渡されたメモにある学校の名があった。
『青空学園高等学校』
龍山学院の兄弟校で、同じ学校法人が運営し中途入学した場合でも兄弟校間での互換制度がある。
怒り、憎しみ、憤り。
負の感情がメモを握り潰す。
「許すものか」
答えは決まっていた。
世界の果てまで彼らを叩き潰し、追い回すと。
「航大くん?」
翌日、大阪某所。
山川京子が航大の家をノックする。
学校に行くためだ。
最近は学校内のごたごたで気だるげになっていたが、返事は数秒で帰ってきていた。
だが、今日は返事がない。
不審に思い、ドアを開けようとする。
鍵はかかっていなかった。
「……航大くん?」
そこに彼の姿はなかった。
部屋に彼の痕跡はおろか、何もかもがこの部屋から消え失せていた。
まるで初めから、大村航大などいなかったかのように。
お久しぶりです……。




