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猫耳と尻尾

 翌朝。

 起床するや否や、ユーの作る朝食に舌鼓を打つ。

 昨日とは少し違う料理だったが、やはりとても美味しかった。俺は料理なんてあんまりできないから、こういう面でもユーがいてくれて本当に助かる。


 ちなみに、エルは完食した直後にまた一人で寝室に戻っていった。

 相変わらず、俺と顔を合わせる時間が短い。たとえ顔を合わせても、なかなか会話をしてくれないから距離を縮めようにもなかなか上手くいかない。


「あ、すみません。グレイさん、少し頼んでもいいですか?」


「ん? なんだ?」


 エルとの件をどうしたものかと悩んでいたら、不意にユーがそう声をかけてきた。

 俺の問いを受け、少し申し訳なさそうに続ける。


「食材が少なくなってきたので……代わりに買ってきていただけませんか? グレイさんの痣を見せる必要がありますし、わたしはお姉ちゃんと話すことがあるので」


「そうか……分かった。じゃあ、さっそく行ってくるよ」


「はい、ありがとうございます」


 エルと話すこと、か。

 昨晩、俺がユーに話した『別の召喚主(マスター)を探す』という旨のことかもしれない。

 本当は俺が自分で話したほうがいいことなのだが、まだ心を開いてくれていないため、ユーが話すと言って聞かないのである。


 確かに俺が言っても冷たく返されるだけの可能性は高いだろうし、説得もユーがやったほうが効果的な気もするが。

 本当に何から何までしてもらって、いくら感謝してもし足りないくらいだ。


 そんなことを考えながら街中に出て、食材を売っている店へ向かう。

 食材なら必要なポイント数は極めて少ないし、できるだけ買っておこう。

 そう思って、店の中に入ろうとした――次の瞬間。


 視界の端に、気になるものが映り込んだ。

 店内に入ろうとしていた足を止め、店のすぐ横にある路地裏の中を覗く。


 ――少女がいた。


 短い茶髪に、黄色の瞳。

 ホットパンツから覗く白い脚には傷や汚れが目立ち、靴なども履いていない。

 そして、頭部には猫耳が、臀部には尻尾が生えていた。


 無表情で唇を引き結び、じっとこちらを見ている。

 何だか、どこか悲しげなように見えた。


「えっと……こんなところで何してるんだ?」


「……」


 問いかけてみても、少し俯くだけで何も答えてくれなかった。

 寡黙な子なのだろうか。でも、このまま放っておくのも忍びない。


「名前は何ていうんだ?」


「……ロコモ・ヴェレット」


 小さく、今にも消えそうな声ではあったが。

 今度は短く、そう答えてくれた。


「ロコモ、か。親とかはいないのか?」


「……」


 無言で、首を左右に振る。

 この様子だと、虐待されているとかでもなく、そもそも親が存在しないのか。

 参ったな。孤児なのだとすると、尚更このまま放っておくわけにもいかない。


「じゃあ、俺の家に来るか? 広いところではないけど、少しは落ち着けると思うぞ」


「……」


 再び首を振った。

 今度は、縦に。


 声を発してはくれないが、一応答える意思はあるようだ。

 それならまだ、何とか意思疎通のしようはある。

 とりあえずこの子をどうするかは、家に連れて帰ってユーとエルに相談してからだな。


 そうして、踵を返し。

 一歩を踏み出した、刹那――。


 体に、電撃のようなものが走った。

 そこまでの強い電圧ではない。

 しかし、それでも体が痺れ、地面に倒れたまま動けなくなってしまう。


「……ごめん、なさい」


 そんな小さい謝罪の声を最後に、俺の意識は闇に落ちていった。

 服の中を漁られている感覚を、少しだけ感じながら。



     §



 気がつくと、すっかり見慣れてしまった天井が目の前にあった。

 上体を起こせば、横でユーが心配そうにこちらを覗き込み、少し離れたところにはエルもいた。

 いつの間にか、家まで戻ってきていたらしい。


「だ、大丈夫ですかっ? なかなか帰ってこないので心配したんですよ?」


「ああ、ありがとう。ユーが運んでくれたのか?」


「わたしだけじゃありません。お姉ちゃんも手伝ってくれました」


 半ば無意識にエルのほうへ視線を移すと、途端にそっぽを向かれてしまった。

 窓の外を見やると、既にオレンジ色に染まっている。

 一体、何時間くらい気を失っていたのだろうか。殺す気などはなかったようだが、それにしてもどうして突然……。


「あの、何であんなところで倒れていたんですか? もしかして、誰かに襲われたり……」


 話すべきかどうか迷ったが、隠しておく必要もないだろう。

 そう判断して、二人に話すことにした。

 あの猫耳の少女のことを。


「……そいつ、たぶん召喚隷(スレイヴ)ね」


 俺の言葉を聞き、真っ先に口を開いたのはエルだった。

 もしやとは思っていたが、やはりそうなのだろうか。

 だが、こんなところにいるのなら、もしかしたら近くに――。


「ま、召喚主(マスター)に人間を襲うよう命令されたんでしょうね。理由までは知らないけど」


「わたしも、そうだと思います。ただ襲うだけじゃなくて、何か別の目的がある可能性もありますが……。たとえば、グレイさんと同じような」


 俺と同じ……というと、他の召喚主(マスター)を探している、ということだろうか。

 確かに、有り得ない話ではない。

 だけど、もし本当にそうなのだとしたら、むしろ好都合とも言える。

 こんなにも早く、別の召喚主(マスター)に会えるきっかけができたのだから。


「あの、もしかしてグレイさん……」


 ユーの口角が引きつっている。

 薄々と、俺が何を考えているのかを察してくれているのだろう。


「ああ。あの子を探して、その召喚主(マスター)とやらに会ってくる。俺を襲った理由は分からないけど、もしかしたら……あいつかもしれないし」


 俺を襲わせたのは単なる偶然の可能性だってある。

 一目見てみないことには、別人だという保証もないわけで。

 そうなると、やっぱり俺としては会いたいと思ってしまうのだった。


「言っておくけど、あたしは反対よ。どれだけの時間と体力が必要になると思ってんのよ」


「お、お姉ちゃん、また――」


「でも!」


 と。ユーの慌てたような声を、エルの叫び声が掻き消した。

 そうして、こちらを振り向くことすらせず、そっぽを向いたまま続きの言葉を紡ぎ出す。


「ポイントを増やして、この家を広くしてくれたり、もっと美味しいものを食べさせてくれるなら……別に、いい。それさえしてくれれば、召喚主(マスター)なんだから好きにすれば!? こき使われるのは絶対に嫌だけどね!」


 これは……俺の目的にも手伝ってくれるということだろうか。

 ユーも、安堵したように胸を撫で下ろしている。

 きっとこれは、俺が出かけている間のユーの説得のおかげもあるのだろう。


 全く、二人には感謝の言葉でいっぱいだ。

 とりあえず今は、もう一度あの猫耳の少女を探すことと相成った。

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