追跡と暴力
あれから、三人で再び街に出た。
目的は、もちろんあの猫耳少女――ロコモを探すためだ。
とはいえ、このプレリーという街は広い。
当然ながら人の数も多く、手がかりが特に何もない以上、見つけるのは容易ではない。
だから、とりあえず俺が出会った路地裏へと向かった。
やはり、誰もいない。
あれから何時間も経ってしまっているし、もうとっくに召喚主のもとへ帰ったのだろう。
どうしたものか。
そろそろ暗くなりそうだし、今日は一旦家へ戻ったほうがいいかもしれない。
別の街や国に住んでいるならかなり骨が折れそうだが、この街に滞在していればまだ探しようはあるだろうし。
そう思い、踵を返す――と。
不意に、視界の端に何だか見覚えのあるものが通り過ぎていったような気がした。
「……グレイさん、どうかしたんですか?」
「あ、いや、今ちょっと見覚えのあるものが……」
「は? 何よ、それ。どうせ見間違いか何かだろうし、そんなすぐ見つかるわけないわ」
エルは呆れたようにそう言ってくるが、あれは見間違いなんかじゃなかった。
俺は、確かに見たのだ。
路地裏の近くを通り過ぎた少女の臀部に、茶色の尻尾が生えていたのを。
もちろん、それだけでロコモ本人だとは限らない。
だけど、違うという保証もどこにもないのである。
そう思った俺は、気づいたときには地を蹴り駆け出していた。
「あ、ちょっと、グレイさん!」
「いきなりどうしたってのよ、あいつ!」
ユーとエルが叫び、訝しみながらも俺についてくる。
しかし、エルはすぐに俺の横まで追いついてきたが、ユーは一向にやって来ない。
怪訝に思い、肩越しに振り返ると。
少し離れたところで、既に息を乱れさせたユーがへとへとになりながらゆっくり走っていた。
「はぁ……はぁ……す、すみません、先に、行って……はぁ、ください……」
どうやら、運動はかなり苦手らしい。
それなら仕方ない。無理に走らせるわけにもいかないだろう。
「ほんと、しょうがない子ね……。あの子、体力がなさすぎるわ」
「まあ、無理させるわけにもいかないし、とりあえず二人で行くか」
「何であたしも一緒に行くことになってんのよ! そもそも、探すのは勝手にすればとは言ったけど、ここまで手伝ってあげるとは一言も――」
「ほら、急ぐぞ」
「あ、ちょっと!」
ぶつくさと文句は言いながらも、一応ついてきてくれる。
俺はそこまで速いほうではないとはいえ、しっかり遅れずについてくることができているエルに少し驚きつつも。
辺りをきょろきょろと見回しながら、ひたすらに足を動かし続けた。
「ねえ! ほんとに見たのよね!? こんなに手伝わせておいて、見間違いだったりしたら許さないわよ!」
「いや、俺は確かに……ん?」
答える途中で、またもや視界の端に映り込んだ。
臀部から伸びた尻尾が、建物の陰に入っていくのをしっかりと。
「こっちだ!」
半ば無意識に叫び、尻尾を追いかける。
そうして、辿り着いた先には――。
ひとつの大きな家が建っていた。
もしかして、この家の中に入ったのだろうか。
さすがに他人の家にまで勝手に侵入するわけにはいかないため、どうしたものかと悩んでいたら。
不意に、家の中から男の怒号が響き渡った。
「ああ!? ふざけんじゃねえ! 何のためにここに置いてやってると思ってんだよッ!」
その直後、大きな物音とともに少女のような短い悲鳴も微かに聞こえてきた。
何だ。一体、この家の中で何が行われているんだ。
無論詳しくは分からないけど、妙に嫌な感じがした。
「はぁ、はぁ……あ、グレイさんとお姉ちゃん……やっと追いつきました……」
と。汗だくになったユーが駆け寄り、その場で乱れた息を整える。
そしてすぐに、目の前の家に目をやり――訝しそうに首を傾げた。
「……ここは? この中にいるんですか?」
「ユー、グレイ。窓から覗くわよ」
突然そう言ったかと思うと、家の側面にある窓の前で姿勢を低くし、中を覗き始めた。
人の家を勝手に覗くだなんて決していいことではないけど、先ほどの怒声といい物音といい、嫌な予感がしてしまうのも確か。
ユーと顔を見合わせたのち、静かに窓の前へ移動した。
そして覗き込んだ先には、一人の男が椅子に座っていた。
二十代後半くらいだろうか。
灰色の髪に赤い瞳で、かなり整った顔立ちをしている。
上半身裸に白い上着を羽織り、その腹筋はとても割れていた。
更に、俺は見た。
男の首筋に、☿という記号のような痣があるのを。
あれは間違いなく、俺の右手の甲にある痣と同じ類のものだろう。
だとしたら、おそらくあの男は――召喚主ということになる。
「ボルドー様、今日もいたしますか?」
「ん? ああ、そうだな……だが、その前に。躾が必要だな――ロコモ」
隣に侍らせた女の問いに、ボルドーと呼ばれた男は退屈そうに答え、前方で膝をついている少女を睨みつける。
その少女は、他でもない。
猫耳と尻尾が生えた少女――ロコモだったのである。
「言ったよな? 金を奪ってこいってよ。こちとら召喚にポイントを使いすぎて、もう残ってねえんだよ。本来はな、お前みてえなレア度の低い雑魚はいらねえんだよ。だったらせめて、ちょっとくらいは役に立ってもらわねえと困んだよ」
「……ご、ごめん、なさい。まさか、他の召喚主がいるとは思わなくて……」
「そいつにとどめは刺したんだろうな? 今後、俺様の邪魔にならないとも限らねえし、他の召喚主なんざさっさと始末しておくに越したことはねえ」
「……気絶、なら」
「ああ!? 気絶じゃねえ! ぶっ殺してこいつってんだよッ!」
ボルドーは怒鳴りながら立ち上がり、ロコモを力強く蹴飛ばした。
ロコモの体は壁にまで吹っ飛び、頭を強く打ちつける。
確かに、ユーが言っていた。
召喚主は決して優しい人ばかりじゃない、と。
それでも、まさか自分の召喚隷に、ここまでの暴力を振るうやつがいるだなんて。
ロコモにとっては、親から虐待を受けているのと同じじゃないか。
ああ、だめだ。こんな光景を目撃して、このまま何もせずに帰れるほど人の心を捨てられなかった。
「――やめろ」
小さく発した声に、大きな憤怒を込める。
大きな声ではなかったが、それでも俺の声は奴らにも届いたのだろう。
ボルドーは、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「……何だァ、お前?」
そう静かに問いかける男に。
俺は、自分の右手の甲を見せて言い放った。
「お前と同じ、召喚主だよ」




