青色と仲間
カンナは地を蹴って駆け出し、大槌を俺へ目がけて振り下ろす。
俺は咄嗟に後方に跳ぶことで躱す――が。
カンナが一瞬だけ浮かべたニヤりとした表情に気づいた途端、異変が生じた。
大槌が地面に触れた箇所から、少しずつ徐々にひび割れが広がっていく。
間髪を入れず、ひび割れた地面が隆起して俺に迫ってきた。
後方に跳んだり、逃げ回ろうとしても、隆起して尖った地面は執拗に追いかけてくる。
追尾するタイプなのか、厄介だ。
仕方ない――と、剣を構え直す。
そして迫り上がっていく地面に向かって、次々と勢いよく振り払う。
切断されていったところから順番に、地面は元通りになっていった。
だが、一息つく暇も瞬きをする暇すら俺には与えられなかった。
そのすぐあとに、頭上から巨大なハンマーが落下してきていたから。
「ちっ……!」
無意識に舌打ちを鳴らす。
急いでその場から離れ、ハンマーの攻撃から逃れる。
「へぇ、これも避けちゃうんだねぇ! でも、まだまだいくよぉ!」
カンナは手に持った大槌を更に巨大化させ、振り回す。
あんなに華奢な女性が、どうやって振り回しているのか。俺の剣もそうだし、本人はやはり重さを感じなくなるものなのかもしれない。
この剣ひとつじゃ、あまりにも大きさが違いすぎる。
きっと防ごうとしても、押し負けてしまうだろう。
だったら、どうすればいいか。
幸いにも、カンナはあまり頭で考えたりするタイプではないらしい。
悪く言えば、脳筋。
つまり、特に考えもせず振り回しているだけ、ということだ。
いくら巨大なハンマーと言えど、そうやって無闇に振り回していれば、必ずどこかに隙間が生じる。
その隙を――見定める!
地を蹴り、全力疾走。
ハンマーとカンナの間に、割って入った。
「な……っ!?」
驚愕に表情を歪めるカンナだが、もう遅い。
俺は、剣を一瞬で構え直し、カンナの胴体を斬り上げた。
「つ……ッ」
カンナは痛みに顔を顰め、赤黒い鮮血を溢れさせる傷口を押さえる。
それと同時に、さっきまで大きくなっていた大槌も元のサイズへと戻った。
しかし。それでも、カンナはすぐにまた笑みを浮かべる。
そして、大槌を俺のほうへ向け――。
「ふっ……この程度じゃ無駄だよ。たとえ大した足止めにはならなくても、ボルドー様が有利に戦えるように、少しでも傷を負ってもらうよぉッ!」
刹那。
大槌の中から鋭利なトゲのようなものが飛び出し――。
俺の肩に、突き刺さった。
「く、ぁ……ッ」
肩を押さえ、その場に蹲る。
思った以上に深く刺さっているのか、激痛が全神経を支配する。
血が溢れ、床を赤く汚す。
「グレイさんっ!」
剣がユーの心配そうな声を発する。
不覚だった。まさか、そんな飛び道具まで備えてあったとは。
「大丈夫、だ……」
激痛に耐えながらもトゲを抜き取り、そこら辺に放り投げる。
そうして立ち上がるも、痛みのせいか出血のせいか、何だか視界が霞む。
「はっ、これであんたはボルドー様とまともに戦えやしないねぇ! その傷で勝てるほど、あの人は弱くないよぉ!」
確かに、それはそうなのだろう。
まだ実際に戦っているところを見たことがないため実力は分からないが、少なくとも重傷を負った状態で勝てるような相手とは思えない。
そうか、あくまでカンナの役目は。
俺の足止め、それができなくてもボルドーが有利になるように動く。
ちくしょう。つくづく、卑怯でずる賢くて最悪なやつだ。
きっとボルドーにとっては、カンナが負けようがどうでもいいのだろう。
その役目さえ、果たしてもらえれば。
そんなやつらに――負けるわけにはいかないな。
「……悪いけど、俺だってこの程度で止まってなんていられないから」
剣を強く握り締める。
全神経を剣を握った左手に集め、全速力で駆け出す。
「だから、無駄だって言ってんでしょっ!」
カンナは再度大槌をこちらに向け、トゲを発射する。
今度は迷わない。避けない。逃げない。
迫ってくるトゲを見計らい、剣を薙ぎ払った。
真っ二つになったトゲが、目の前で落下していく。
それでも俺は一瞬も足を止めない。
「ちっ……そんな細い剣で、あたしの大槌に勝てるなんて思わないでよぉっ!」
カンナは大槌を力一杯振り払う。
それでも止まらない。
ただ真っ直ぐカンナと大槌を見据え、俺は。
腹の底から漏れ出た絶叫とともに、全力で斬撃を浴びせた。
剣全体を青色のオーラが纏い、肉眼で目視できるほど濃い斬撃を放つ。
刀身が触れる前に、その斬撃だけで大槌を真っ二つに切断し――。
刀身が触れたカンナの肉体には、深い斬り傷を刻み込んだ。
「……は、ぐ、あぁぁぁああッ!」
悲痛な絶叫をあげ、カンナは力なく倒れる。
迸った鮮血で、地面が血溜まりと化していた。
勝った、のか。
勝利の余韻に浸っていると、剣は淡い光を伴い、ユーの姿に戻った。
「大丈夫ですか、さっきの傷!」
「あ、ああ……何とか、な。とりあえず、エルの拘束を解くぞ」
「は、はいっ! そうですね!」
肩が痛むのを必死に堪えながら、柱に拘束されているエルのもとへ急ぐ。
そして縄を解き、エルの開放に成功した。
「あんた……そんな傷を負ってまで、何で助けに来たのよ。間に合わなくなったら、ロコモも、あたしたちまであいつのものになるのよ!?」
「分かってるよ。でもしょうがないだろ、エルだって仲間なんだから。お前を助けられるなら、まずそっちを優先するよ」
「な……っ!? あ、あんたねえ、ロコモを助けたいんじゃ……っ」
「助けたい……いや、助けるよ。もちろん、お前を助けた上で果たさないと、意味ないんだよ。大事な、仲間だからな」
「……っ」
そこで、エルは反論の言葉を失ったのか、俯いて押し黙ってしまった。
一時はどうなることかと思ったが、何とか無事に救出できてよかった。
肩の痛みはまだ一向に治まる気配がないけど、むしろそれだけで済んでよかったと思うべきだろう。
「……あ、あの、時間……」
ふと。控えめに口を開いたロコモの言葉に、咄嗟に時計を見ると。
既に、ボルドーとの決戦まで残り数十分程度しかなかった。
今から全速力で向かっても、街の門に到着するのはギリギリというレベルだ。
「だから言ったでしょ、あたしなんかよりもっと大事な用があるでしょうが」
エルが呆れたように溜め息を漏らす。
そして、こちらを見上げ――。
「さっさと行くわよ、グレイ。あたしたちの力で、ぶっ飛ばしてやるわ」
そう、笑ったのだった。




