学内Barへようこそ 5
「どうだったよ。うちのホームズは?」
吉岡さんと渡良瀬さんが家庭科準備室を後にして、二ツ家先輩が片づけをしている横で、白崎太陽は訊いてきた。
「ホームズ?どうして?」
「気付いてないのか?二ツ家。二つの家じゃないか」
大げさなに手を広げ言う白崎太陽。アホらしい。
「何はともあれ、これでホームズとワトソン。名コンビの出来上がりだな」
気安く肩を叩くな。ワトソン言うな。どちらを言ってやろうか迷う。いっそ二つとも。
「僕は探偵じゃないよ。バーテンダーだ。真実を明かす役目は持ち合わせていない」
二ツ家先輩は小さい流しで洗い物を終えて、微笑む。
「どっちでもいいじゃんかよ。面白いじゃん、ホームズとワトソン。考えといてくれ」
人事だと思って随分と楽しそうだ。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「そうだな」
二ツ家先輩は、ベストをハンガーにかけブレザーを着る。本当にここの生徒だったんだなと改めて実感する。
「ふ、二ツ家先輩」
「どうしたの、戸村さん」
「わたし、まだ、飲んでないカクテルがあると思うんです」
わたしには気になっている事が一つあった。
「何が飲みたいか教えてもらえるかい」
二ツ家先輩は少しいじわるな顔をしてわたしを見た。
律儀にもブレザーからベストに再び着替えてくれた二ツ家先輩が「さて?」とネクタイをいじる。
白崎太陽は、安楽椅子でコーラを飲んでいた。
「あの、わたしの勘違いだったら申し訳ないんですけど、今回の件が出来すぎてたと思うんです」
少し緊張して声が小さくなる。二ツ家先輩は黙って聞いている。
「わたしは最初、白崎……先輩から、昼休みに『ついさっき面白い話を聞いた。放課後、家庭科準備室に来い』と言われたんです」
ちらりと目線を白崎太陽に向ける。
「言った言った。それがどうした」
「えっと、流れからして渡良瀬さんの話の事だと思ったんですけど、ついさっきってのが引っかかって」
「お前、敬語使えるなら最初からそうしろよな。何で引っかかるんだ?」
二ツ家先輩の前だからだろうが。と今日一日分の声量を使い言ってやりたいところだが、我慢する。
「渡良瀬さんの話、不慣れなのか恐怖なのかわからないんですけど、十分くらいあったじゃないですか。それで白崎先輩が、うちの教室に来たのが昼休みに入って、十分くらいしてからで、ついさっきを使える状況じゃなかったんじゃないかと」
「そうか?話しながら、お前の教室に行った可能性もあるんじゃない」
「でも先輩、購買で女子に声掛けられませんでしたか?」
「掛けられたよ『お名前なんて言うんですか』って。まぁいつものことだが」
一言多いんだよ。まぁそれは誇張じゃなくて事実だろうが。
「女子と居る人にそうやって声かけますかね、普通」
「それでも聞きたいくらいに、もてるから仕方が無いんじゃない」
わたしはもう帰りたくなった。二ツ家先輩に話したいのに、気がつけば白崎太陽とばかり話している。
「じゃあここの話しはもういいです。一つの可能性を消したかっただけなので」
「一つ?」
やっと二ツ家先輩が口を開いてくれた。が、短い。
「ようはですね。放課後、家庭科準備室に行きなさいと指示された渡良瀬さんは、その時、二ツ家先輩と白崎先輩の顔を知らなかったはずなんです。ここに来て初めて出会った。じゃあこの話を白崎先輩は誰から聞いたのか」
わたしは徐々に話すスピードが上がっているのを感じていた。そして、拳の中の汗も多い。スカートでばれないように拭こう。
「そもそも、どうしてわたしを呼んだんですか?」
「女子更衣室に行くためだろ」
白崎太陽は、安楽椅子を大きく揺らしながら楽しそうに言う。
「昼休みの段階で、渡良瀬さん以外知らない話の中に、どうして女子更衣室が出てくる事を予想し、わたしを呼べたのか。それは内容を知っていたからでしょう。違いますか」
「違わないねぇ、現にそうなのだから」
腹の立つ言い方をなさる。
「ではやられた側の渡良瀬さん以外から情報を仕入れるとしたら、もう一人、行った側の人間、吉岡さんしかいませんよね。つまり、先輩方と吉岡さんはぐるだったって事ですよね」
「ご明察」むかつく声。
「ばれてしまいましたか」落ち着く声。
「それで戸村さんは、何が知りたいのですか?」
「えっと、いつからぐるだったのかなって。すいません。出すぎた真似とはわかっているのですが、どうしても知りたくて」
ぐるなんてネガティブな意味のある言葉を使った事に後悔してしまった。
「さて、ではこちらからお話しさせて頂きますね」
見えないマイクとバトンは、二ツ家先輩に渡った。
「我々が、吉岡さんから話を聞いたのは、昨日のお昼休みです。後輩を驚かせるつもりが、追い込みすぎた。助けて欲しい。簡単に言うとこんな感じです」
わたしは少し安心した。もし最初から噛んでいたらどうしようと懸念していたからだ。
「二人きりで謝るのは出来そうにない。立ち会ってもらっても上手く伝えられるかわからない。と彼女は困っていました。それで暴く。という事を思いついたのです」
人に謝るときは、ものすごくエネルギーがいるから、わかる気がする。
「天気予報では今日の夕方まで雨という事だったので、自主練の今日を選びました。真面目な彼女が部活を抜けることはしないと思ったので」
美麓ちゃんが、明日の夕方まで雨でしょー、と似ていない天気予報士の真似をするのが想像できた。
「吉岡さんに連絡を送ってもらい、一人では更衣室に行けないだろうから戸村さんにお手伝い頂き、二人が更衣室に入った所で、白崎に吉岡さんを呼んでもらい、大げさな言い方をすると、現行犯逮捕、という感じでしょうか」
だから、最後まで自主練する吉岡さんが、あの時間にいたのか。そしてキョロキョロしていた白崎太陽も探していたのね。まぁ関係なしにキョロキョロしていただけかも知れないけれども。
「きっと渡良瀬さんも薄々は気付いていたんでしょうが、目を背けていたい気持ちもあったのでしょうね。だからこそ、幽霊のせいだと思い込んでいた。だから全てを暴くという方法を選んだんです」
二ツ家先輩は、静かにこう付け加えた。
「僕はバーテンダーだから、事実を突きつける探偵ではないんですよ。バーテンダーのテンダーには優しいって意味があり、その優しさを先ず第一に考えるのが大切なんだと思います」
わたしは、向けられたその優しい笑顔の原点を理解した。
「そして、戸村さんが飲みたかったカクテルは、こちらです」
二ツ家先輩は、三つの細長いグラスを出した。
「シャンパンなんかを飲むのに用いるフルートグラスと呼ばれるものなのですが、アルコールは提供できないため、違うものを作りますね」
二ツ家先輩は、白ぶどうで作られたジュースをグラスに半分ぐらい注ぎ、上からソーダ水を同じくらいの分量注いだ。そして細長いスプーンで、一回混ぜた。
「これはスプリッツァというカクテルです。もちろんノンアルコールで代用してますが。意味はドイツ語で『はじける』という意味ですが、他にも花言葉のように、酒言葉というものがあるんです」
酒言葉?
「スプリッツァの酒言葉は『真実』。よく見つけましたね」
このカクテルは、ただ飲みたかったわけではなく、見つけて飲みたかったんだ。そして見つけたから飲むことが出来る。
「さて宿泊施設などでは、ウエルカムドリンクとしてシャンパンを振舞うのですが、これは元々、白ワインのソーダ割なので、シャンパンにも見立てることが出来ます」
ウエルカム?
「ようこそ、バーストレイシープへ」
白崎太陽が大声で乾杯の音頭を取り、グラスの触れ合う音が華やかに響いた。
「どういう、こと?」
戸惑うわたしに、二ツ家先輩はグラスを寄せて言った。
「これからもよろしくってことですよ。ワトソン君」
わたしたちはもう一度、グラスを重ねた。
一読頂きまして、ありがとうございました。
はじめまして「叡 太郎」と言います。
初めてのミステリーなので、至らぬ点もございますが、どうぞ温かくご支援ください。
色んなお酒のお話しをかければなぁと思っております。




