学内Barへようこそ 3
二階の家庭科準備室から、昇降口の方へ向かう。
ひとりは大股で楽しそうに、ひとりは足音を強調させる勢いで地面を打ち、ひとりは小さい歩幅で今にも後退しそうに。同じ目的地ではあれど気持ちはバラバラだ。
校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の真ん中に昇降口はあり、昇降口から出口の反対側に男女の更衣室がある。
昇降口では、雨と土と植物の匂いが一つにまとまらず、複雑に鼻腔を刺激する。決して嫌な匂いではないけれど、野生の匂いがする。
「じゃあ、いってきなさい少女たちよ」白崎太陽は両の手をぶんぶん振って、わたしたちを送り出す。
「ちょっと待ってよ」
「どうした?ワトソン君」
「あのねぇ、まぁいいわ。渡良瀬さん。わたしたちを、いや、二ツ家先輩と白崎……先輩をどうして頼ろうとしたの?」
単純な疑問だった。遠くの親戚より近くの他人、は聞いたことがあるが、近くの先輩より近くの他人。は聞いたことがない。
「吉岡先輩が頼りになるって言ったから。先輩に本当のこと言って心配をかけたくなかったの」
なるほどねぇ。災難を掛けるには他人の方がいいかもね。しかしわたしは白崎太陽を見る。
「吉岡なー、一年の時にクラス一緒だったけど、信頼されてるんだな」
「いつも一生懸命で尊敬します」渡良瀬さんは小さく頷いた。
「確かにアイツは、真面目で頑張り屋で負けず嫌いだよな。木曜日は女子バスケ部体育館使えなくて、外で練習してるんだろ。でも今日みたいに雨が降ると、自主練になるんだけど、いつも最後まで練習してるよアイツ」
「そうなんですよ。だからわたしもレギュラー争いに負けないように、練習を頑張らなきゃって」
どんどんと声のボリュームを下げる渡良瀬さん。それに引き換えキョロキョロしてる白崎太陽。ちゃんと話、聞いてるのか。
「それにしてもこんなに後輩に慕われているとは、驚きだねぇ。そういや吉岡、先生のモノマネ得意なの知ってるかい?」
その、そういや、は今必要なのか。
「そうなんですか?いつか見せてもらいたいなぁ」
「おう、言っといてやるよ。特にさ」
「ちょっと待ってよ」この吉岡話の終わりが見えなくなってきたところでとめる。
「女子更衣室。見に行くんでしょ」
二人は頷いた。もっと古典的なら手のひらで拳の脇をぽんと叩いていたであろう。
「いってらっしゃい」呑気な声と対照的に震える渡良瀬さん。大丈夫だからと声を掛けながら、女子更衣室に入る。
何の変哲もない、普段どおりの更衣室だ。正方形で、三面から升の目のロッカーが突き出ている形だった。一面はスライド式のドアの出入り口だ。窓は何処にもない。
真ん中には長机が二個置かれており、長いすも二つある。
「いつもどこで着替えてたの?」表情が強張り、血の気が引いた渡良瀬さんは、運動部員のかけらも見えなかった。
右手の奥の方を指差しそこへ向かう。無意識に繋いだ渡良瀬さんの手はとても冷たかった。
入り口に背を向ける形で立つ。ロッカーには何も入っていないので調べるにも調べようがない。
小さい音でも聞き逃しちゃ駄目だ。渡良瀬まどか。渡良瀬まどか。渡良瀬まどか。わたしは彼女の名前を強く頭で繰り返す。
もし幽霊の仕業でなければ、彼女の着替えている周りに、スピーカーか何かを誰かが仕込んでいるのかもしれない。もう少し隈なく探さないと。しかしそうなると一体誰が何の為に。彼女を怖がらせて利点のある女性なんて。
まどか
聞こえた。女性の声がはっきりと聞こえた。入り口のほうだ。痛っ。繋いでいた渡良瀬さんの握力が強くなった。
「渡良瀬さん、手を離して、わたし見てくるから」無理矢理手を振りほどく、行かないでと言いたげな口の動きを見せていたが、それどころではない。怖さは不思議となかった。しっかりとした人の声だったからだろう。
更衣室のドアを開けながら「太陽君。誰か見なかった?」そう叫ぶと、人とぶつかりそうになった。
「す、すいません」わたしは謝る。
「こちらこそ。ごめんなさい」
わたしの前には、渡良瀬さんより少し背の高い女性がいた。顔が紅潮している。Tシャツに五分丈のパンツ。バスケ部の格好と酷似している。
「あれ、吉岡」どこから出てきたのか白崎太陽がわたしの前の女性に声を掛けた。
この人が吉岡さんなのか。ってそれどころじゃない。
「白崎、何処言ってたのよ。誰か見なかった?」
「いや、わからん。それより先輩に対して、その口の聞き方はなんだよ」
自分から巻き込んでおいて、なんて無責任な。やっぱり幽霊がいるのだろうか。それとも幽霊でなかったら犯人は。
「吉岡先輩」わたしの後ろから渡良瀬さんの声がする。入り口を塞いでいるわたしは、二人の間から外れた。
「まどか、大丈夫なの?自主練来たの?」
「いえ、あの、その……」部活をサボっていた罪悪感か、それとも迷惑をかけまいとする後輩心なのか、上手く口を動かせていない渡良瀬さん。泣きそうな顔にも見える。
「そういや吉岡、部活は切り上げたのか」
「えぇ、白崎君。バッシュ忘れて取りに来たのよ」
そう答える吉岡さんに、白崎太陽は家庭科準備室へ来るように伝えた。
「どうして、って聞いても来たらわかる。って白崎君は言うわよね。着替えてからでいい?汗かいちゃって」
どうぞ、と両手を差し出す白崎太陽。吉岡さんは、渡良瀬さんの頭を一回撫でて更衣室に入っていった。
渡良瀬さんは心配そうに吉岡さんの居る更衣室を眺めているが、白崎太陽が、戻ろうぜ、と声をかけ、更衣室にも入れず、一人にもなれない渡良瀬さんはわたしの後ろをついてきた。




