9 ヴェルド城の奥深くに落っこちました
ドオン!ドコッ!
「っ……」
「大丈夫か、ティナ」
まあまあ硬いような柔らかいような場所に落ちてきたみたい。
部屋の中だわ。
「ここは?ちゃんと着いたのでしょうか」
「大丈夫だ、私の執務室だ、間違いない」
「あぁ、良かったですわ」
「ありがとう、ティナ」
「いいえ、突然転移するしかなかったので不安だったのですが、本当に、シツムシツに着いたのね。シツムシツ?ってどこの何?」
「俺の執務室だ」
「ジェド様の?」
「そうだ」
「シツムシツ、オレノシツムシツ」
「ティナ」
「はい」
「そろそろ立てそうか」
「ええ、え?」
わ、私はジェド様の膝の上に座って、いや落ちて来たのだと思う。
ジェド様の腕の中。顔を上げるとジェド様のお顔が。
非常に、とても、ものすごく近い。
顔が熱くなってきたわ。
近くで見て思い出した。この深く澄んだ深緑の瞳。
見たことがあるんじゃなくて、毎日、この瞳に睨まれながら執務の尻拭いをしていたわ。
ヴァレリア王城の王族エリア、アホ王太子の執務室に飾ってあった姿絵の瞳と同じ色。
前国王陛下のお姿。そっくりな瞳。なんで?
頭が痛い、魔力の枯渇かしら、ヒムシャムからここまでどのくらいの距離だったかしら。
二人で転移なんて初めてだったし、色々と頑張ったわ。
わたくし、やり切ったのよ、ふふ、ふふふ。
「ティナ?」
「……ふふ、頑張ったわ、わたくし」
私の意識はそこで途切れた。
「ティナっ、ティナ!」
◇
床に出現し、転移は成功した。
俺は床に落ちたが、ティナは俺の膝の上、腕の中に落ちて来た。
落ちた途端に、執務室にいた側近達が驚愕。
そしてティナは俺の顔を随分と長く覗き込んで、少し微笑んで意識を失った。
「ジェラルド殿下っ、いつお戻りに」
「見ただろう?たった今だ」
「見ましたが、急に出て来て、しかし、ヒムシャムに」
「ヒムシャムの山の中から、直接ここに」
「転移魔法、で、しょうか」
「そうだな」
みんながあっけに取られている。
「驚くのは後にして、侍医長を呼んでくれ、それと女官を数人」
一人がすぐに部屋を出て行った。
そして先程から代表で質問してくるのは、側近である文官のピエール。
「ジェラルド殿下、パトリックやブリタニアは」
「フェルドと合流している、後から帰還するだろう」
「それはわかりました、で、殿下の腕の中の女性は、うちのものではないようですが」
「聖女だ、七色の聖女」
「せ、聖女?」
「ピエール、聞きたい事は後にして、先に聖女殿を寝かせて、侍医の診察を受けさせたい」
「承知しました、では客間を」
「いや、とりあえず私の部屋だ。それとその隣の部屋も急ぎ準備を」
「殿下、そこは未来の」
「まだ決まっていないのだから構わない。それと父上に帰還の報告とお目通りを」
「承知しました」
私はティナを抱き上げて、寝所に運んだ。城の中でも結界が張れる最も安全な場所。
そしてすぐに侍医長のジベールが来て、診察してくれた。
「魔力の枯渇で意識消失、それとかなり疲弊しておられるご様子。命と引き換える覚悟で転移魔法を使ったようですぞ」
そして私も診察を受けたが、どこも問題なくすこぶる元気だった。
「いつもと違う魔力が体内を保護していますな。ポーションか何か」
「あの令嬢が作ってくれたのを飲んでいた」
「ああ、それで合点がいきまする。しかし、ジェラルド殿下に合う魔力があったとは」
「俺も驚いている、共に魔力を使ったが違和感がなかった」
「ふむ、それは後で調べましょう。して殿下、どこのご令嬢でしょう?」
「ん?」
「このご令嬢でございます。手入れされた髪、きめ細やかな肌、手は少し荒れておられますが、女官の手入れですぐに綺麗になられるかと。で?」
「わからない」
「わからない、ですか。殿下が初めてご令嬢をお連れになったというのに、わからない方を?」
侍医長のジベールが笑っている。
「わからないのだ、途中で出会って、薬草採取を手伝ってくれ、皆を守ってくれた人だ。聖女ではないかと思う。追われていた」
「では殿下、薬草が」
「うむ、それと、薬草の採取方法を知っていた。用法も」
「月涙草の用法まで熟知を?」
「嘘ではないはずだ、今からその件で父上に目通りする。魔法師団長もいると思うので、其方も同席せよ」
そしてティナは女官とジベールの部下の侍医に任せ、父上の執務室へ向かった。
◇
ヴェルディア公国
大公執務室
父上の側近が揃っている、私と侍医長のジベールが入室し、大公の執務室は公国の中枢が集まった。
「父上、たった今帰還いたしました。このような出で立ち、無礼をお許しください」
「よくぞ戻った、ジェラルド、冒険者の格好もよく似合っているぞ」
父上が豪快に笑っている。
「途中で非常に心強い者と旅をすることになり、その者の助けで月涙草の滴を得ることができました」
「大義であった」
そしてここを出立してから、今帰還するまでを手短に説明する。
皆、黙って聞いていてくれた。話し終わっても沈黙している。
ああ、そうだ、月涙草の滴をみせなくては。
「これが」
マジックバックから取り出した小さな瓶。
七色に輝く一滴が、周りを明るく照らすほど煌めいている。
「おおっ」
侍従長が、銀盆を持って来てくれる。
そこに一本乗せて、二本、三本、とのせていく。
執務室はあの満月の夜のように輝いている。
七本目を出す時にマジックバックの中で何かが引っかかって、小瓶を出した時にコロンと床に落ちた。
騎士団長が声を上げた。
「殿下、その靴は」
みんなが一斉に靴を見る。
「ああ、これか」
俺は無造作に靴を拾い上げる。
父上をはじめ、皆が食い入るようにその片方の靴を凝視している。
え?この靴がどうかしたのか?
不規則更新ですが、完結します。応援よろしくお願いします。




