1 婚約破棄で切れたコツコツ令嬢
緊急で王太子殿下の私室に呼び出され、告げられた。
「セレスティーナ・ブライトン、婚約破棄をする!」
「え? 今なんと?」
急に何?
いつもいつも思いつきで何かして、後始末を押し付けてくる王太子殿下だけど、今日は何?
「婚約破棄だ!何回も言わせるな、セレスティーナ。そういう確認をしてくる細かくて堅苦しいお前が、嫌だったのだ」
殿下の説明が言葉足らずだから聞くしかないでしょう?
その時、奥の扉が開いて、部屋着のまま出てきたのは、婚約者候補だったイザベラ・プシュー。
奥の扉の向こうは殿下の寝所、まさか!
「そこのあなた!婚約破棄なのよ、早く署名をして」
イザベラが殿下の膝の上に座ると、殿下がイザベラの腰に手をまわし微笑みかける。
そういうことなのね。
「イザベラの方が私を愛してくれている。セレスティーナは、一々煩くてつまらなかったのだ。つべこべ言わずに承諾書に署名をしろ」
つべこべ言っていません。
私が王太子殿下の婚約者に決まって一年。
この国の国母である尊敬する王妃様が、あなたに頼みたい、と。
侯爵家である我が家は王家の願いを、お受けするしかなかった。
王太子妃教育も努力を積み重ね、殿下の執務のお手伝いと言う尻拭いをしてきた。
でもイザベラは色仕掛けで殿下の心を掴んだ。
そう、それでいいじゃない。
私は、婚約破棄の書類に署名をし、二人を見つめて言った。
「この婚約は王家と我がブライトン侯爵家との契約。国王陛下、並びに王妃様はご存じなのですね」
とりあえず言うべき事は言わねば。
「お前に言う必要はない」
「いちいちうるさいわね、お友達だったから許してあげるけど。これからは私が殿下の婚約者、王太子妃になるのは私なの。口のきき方に気をつけることね。それと、これは返してもらうわ」
イザベラは殿下の膝から滑りおりて、私にツカツカと歩み寄り、
おもむろに首飾りを引っ張った。
「痛っ、イザベラ様、何をなさるの?」
「殿下からの贈り物でしょう?これは私の物よ」
「外しますので、待って下さらない」
それでもイザベラは無理矢理引っ張った。
プチン!
留め金が壊れて、ネックレスはイザベラの手に収まった。
「イザベラ、そんな物は捨てていい。お前にはもっと素晴らしい王家の秘宝を贈るつもりだ」
それを聞いて、イザベラは私から取り上げた首飾りを床に投げた。
「セレスティーナ、もう用は済んだ。下がっていい」
「もうあなたに会う事はないわ、ウフフッ、ホホホホホッ…」
イザベラの勝ち誇った笑い声を聞きながら、殿下の私室を出た。
早くこの場所から離れなくては。
あの様子では陛下も王妃様もまだご存じないはず。
少し歩く速度を速める。
そしてどこかへ逃げなくては。
この一年、王妃様から直接、王太子妃教育を受け、王家の内情を知りすぎてしまった。
このままではきっと私は消されてしまう。
早く逃げなくては。
どこへ?
どこかの修道院へ?
どうやって?
足が付くから、うちの馬車には乗れない。
一緒に登城したお父様は、陛下に呼ばれて、姿が見えない。
近衛騎士が向こうから来る。
あれは?
王太子殿下付き?
いや違う。
王妃様付きの護衛騎士だわ。
軽く会釈してすれ違う。
何も言われなかった。
婚約破棄はまだ知れ渡っていない。
なら、逃げる時間はありそうだわ。
そして、後ろから足音が聞こえる。
「セレスティーナ様、お待ちください」
あの声は、殿下付きの護衛騎士、アランの声。
アランは婚約破棄を知っている。
逃げないと、捕まったら。
足音が近い。
絶対に振り向いてはダメ。
そこを左へ曲がって、走る。
更にすぐ左。
そこに王家の隠し通路があるわ。
王太子妃教育で教えられたから知っている。
大きな絵画、額縁の横に魔力を通す。
すうっと扉が開き、通路に入るとすぐに扉が閉まった。
壁の内側で息を殺す。
「セレスティーナ様っ、あれ?こちらに向かわれたはず」
アランの声が壁越しに聞こえ、そして足音が遠ざかる。
「ふうっ」
息を吐いて、少し安堵した。
でもこの隠し通路がいつまで使えるか。
王家の隠し通路は登録された魔力で開閉する。
魔力の登録を抹消されたら出られなくなるから、袋の鼠。
私は、絹の靴を脱ぎ、ドレスの裾をまとめて持ち、走り出した。
王城の裏側へ出る通路は頭に入っている。
人の往来が多い宿場町へ出る通路。
でも、そこから、どうする。
歩いて侯爵家へ帰るのは無理。
考えながらとにかく走る。
手持ちは、ドレスに隠した護身用小剣。
宝石は、首飾りは取られたけれど、
お父様から贈られた指輪があるわ。
今日は午前の登城、地味なドレスで良かったわ。
もし夜会用の露出が多いドレスなら、攫われて売り飛ばされそう。
宿場町で換金して、侍女風のお仕着せを。
首がヒリつく。
さっき首飾りを引きちぎられた時、イザベラは力任せに引っ張った。
怒りが込み上げてくる。
何故、私がこんな目に。
殿下がイザベラと深い仲ではないかと薄々感じていた。
嫉妬すれば良かったの?
嫉妬が生まれるほど、距離は近くなかった。
毎日毎日、王太子妃教育と執務。
王太子妃になんてなりたくなかったのよ。
殿下は何かやらかしては、私に後始末を押し付ける。
やることなすこと、思いつきで、手に負えなかった。
それを一つずつ整理し、やり直して整えてきた。
殿下はどうでもいい。
愛、はなかった。
でも、手順を踏まずにこんなやり方で。
婚約解消をしてくれれば、それだけですんだのに。
お父様、お母様ごめんなさい。
逃げる私を許して。
息を切らして隠し通路の出口まで辿り着いた。
夜まで待てば闇に紛れられる。
でも、万が一、不埒者に出会ったらそれも危険だわ。
少し悩んで、人の往来がある間に、隠し通路を出る。
周りを見渡して数歩進む。
誰もいない。
ああ、良かった。
草木と陽の香りをたくさん吸い込んでホッとした。
「セレスティーナ・ブライトン侯爵令嬢」
え?
騎士が三人、近づいてくる。
「我が主人がお待ちです、ご同行願えますか」
どこの騎士?
物腰は丁寧。洗練されている。
たぶん間違いなく屈強。
近衛騎士の騎士服ではない。
三人は振り切れない。
私の逃亡劇は、突然終わった。
私の手から、
絹の靴が、コロンと落ちた。
終わった、私の人生。
そしてムラムラと怒りが湧き出した。
あの二人、絶対に許さない。
私の人生を、返して!
不定期更新ですが、完結します。
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よろしくお願いします。 澪




