12.結局何も伝えられない(リーデック視点)
「……用事など、ないのだろう。」
シャルルローズが部屋を出て行きドアが閉まるのを見届けてから、ユリウスに問いかけた。
ユリウスは先ほどまでシャルルローズが座っていたソファに腰を下ろす。
「兄さんにはね。ルルのことが心配だったから、様子を見に来た。」
"ルル"とユリウスが呼ぶことに、思わず眉間を寄せた。
「……さっきから思っていたんだが。いくら学生時代の友人とはいえ、既婚女性を愛称で呼ぶのはどうなんだ?」
ユリウスが俺の目をじっと見る。
「これまで何も言ってこなかったのに、今更だね。」
「…………確かに、今更かもしれないが。」
「大丈夫だよ。社交の場では呼んでない。兄さんも呼んでないのに、弟の俺が呼んでると余計な憶測をされる可能性があるしね。ルルを困らせるようなことは絶対にしない。」
ユリウスは両腕を組むと、難しい顔をした。
「あちらの王子殿下は兄さんがミューゼット妃の護衛をしてるって知ってるの?」
「ご存知のはずだ。」
「それはまた……随分と心が広い方なんだね。」
「…………どういう意味だ?」
「だって普通は嫌だろう。妻の元婚約者だった男が、自分の目が届かない場所で妻の近くにずっと侍っているなんて。」
「…………。」
(シャルルローズが元婚約者の男と会っていたとしたら。)
実際にはシャルルローズは婚約したことはなかったので、元婚約者の男は存在しないが、なぜかユリウスが相手で想像してしまう。
さっき親しげに笑い合ってる二人を見たせいか、鮮明にその情景が浮かんできた。
…………胸の奥がムカムカする。
「……嫌だろうな。」
「ルルもそれは同じだと思うよ?」
そう言われて、ハッとユリウスの顔を見る。
ユリウスの目に怒りが滲んでいるように感じた。
「その顔、やっぱりルルの気持ちなんて何も考えてなかったんだね。それじゃあきっとルルに何のフォローも入れてないんだろ?」
「…………あぁ。」
シャルルローズの気持ちなんて、「ミューゼットが無事であれば喜ぶだろう」ということしか考えていなかった。
(いや、だが……シャルルローズが嫉妬などするだろうか。)
夫婦ではあるが、仮初のようなものなのだ。
俺がシャルルローズに向ける気持ちとシャルルローズが俺に向ける気持ちは違うものだ。
「…………俺がルルを幸せにしたかった。」
切ない想いを必死に飲み込むように、ユリウスが目を伏せる。
(ユリウスも……運命を狂わされたひとりだな。)
全ての事情を打ち明けてしまえば、ユリウスの苦しみも軽くなるかもしれない。
ユリウスは離婚を待って、シャルルローズにすぐに愛を打ち明けるはずだ。
(シャルルローズも……きっと受け入れるだろう。)
ユリウスに向ける気兼ねのない穏やかなあの笑顔。自分に向けるものとは違う笑顔で、そのことに胸がキュッと締め付けられる。
ユリウスなら、シャルルローズを必ず幸せにできる。
ユリウスにならば、離婚後のシャルルローズを安心して託すことができる。
(そう……思うのに。)
結局何も伝えることは出来ず、思い空気のままただ時間だけが過ぎていった。




