最終話 令嬢、伝説になる
ルーシャス神聖法国聖都シャノン、ツーロンの人族で最も信仰を集めているルーシャス神聖教の総本山、
その女神神殿には今日も多くの参拝客で賑わっている。神殿前の広場には歴代の教皇の彫像が立って
いるが、その中でも一際大きくまた人気を集めているのが、種族融和を進めツーロンに平和をもたらした
第46代教皇レノンの像だ。その前には記念写真を撮ろうとする参拝客の列が絶えることはない。
その女神神殿に隣接しているのがルーシャス神学校、かつては厳格な神聖教の戒律を教えていたこの
学校も、レノンの改革により幅広い知識を教え、研究する組織に変貌を遂げている。その中の一室では
40代ほどの男性が机に向かって、ノートパソコンのような端末のキーボードを叩いていた。
「ルティ教授、もうそろそろ出かけませんと、魔導船の時間に間に合いませんよ」
「お、もうそんな時間か。アイリ君、すまんが留守番は頼んだぞ」
ルティは人族だが、アイリという助手はドワーフだ。かつては人族しか入学できなかったこの神学校も、
現在ではエルフや獣人、魔族の留学生も多数在籍している。
「でもハルカ王国いいですねえ。私もこの間友達と旅行に行きましたが、あのキングボアの鍋物は最高
でしたよ。コメシュも美味しかったし・・・・」
「ははは、まあ半分仕事のようなものだからな。グラウンドクラーケンのスルメもお土産に買ってくるから、
楽しみにしてくれたまえ」
「わあっ! 教授絶対ですよ」
酒好きのドワーフらしく、スルメの言葉にヨダレを垂らしそうなアイリにルティは苦笑する。ハルカ王国とは
かつて神魔の森にひっそりと暮らしていたオーガ達が、人族と和解した後建国された王国だ、その国名は
初代国王ジュウゾウの妃、ハルカの名をとってつけられたらしい。
”ハルカ王国イッサ空港行き魔導船68便、間もなく出港です。ご利用のお客様はお早めに乗船願います”
空港のアナウンスに案内され、ルティは目的の魔導船へと乗り込んだ。これは全長200mほどの地球の
飛行船に似た形状をしているが、マナエネルギーを使用した魔導機関によって動いている。そのため船内
のかなりのスペースを客席に充てることができるのだ。ルティはシートピッチも広く深々としたリクライニング
シートに体を沈める。これは、魔導船を提案したレノンの
”やっぱり、客席はグリーン車並みの座席にいたしましょう”
との言葉で実現したものだ。ちなみに”グリーン車”とは何を意味するのかは現在も不明だ。教皇レノン
のちょっとした謎のひとつである。
”本日は魔導船68便にご乗船いただき、ありがとうございます。イッサ空港には6時間後の16時50分に
到着予定です。それまで空の旅をお楽しみください”
かつてこの神魔の森を人族として初めて踏破し、オーガの里にたどり着いた”英雄竜騎士”レーナは数十日
をかけたという。ルティは技術の進歩に感謝すると同時に、尊敬するレーナの苦難に思いを馳せた。彼は
英雄竜騎士として500年後の現在も種族問わず尊敬を集めているレーナの足跡について研究することを、
自らのライフワークにしているのである。
「調べれば調べるほど、彼女には謎なところが多いな・・・・」
ハルカ王国に到着し、宿で旅装を解いたルティは魔導端末を見ながらそう呟く。元々プリエール王国の
貴族令嬢だったレーナは、かなり傲慢な性格で当代の聖女に危害を加えた罪により、身分はく奪の刑を
受けた。その直後から彼女はまるで人が変わったようになり王都直轄騎士団に入団、自らに厳しい鍛錬
を課しメキメキとその剣技を上達させていったと伝えられている。
「そのきっかけは何だったのか、現在も諸説あるんだよなあ・・・・」
最も有力な説は、刑を受けた時女神ルーシャス様の神託を受け、それまでの己の所業を悔い改めたと
いうものだ。
「しかし、それだけで短期間でツーロンでも有数の使い手になれるものか、まあ、明日の取材で確かめて
みるか」
その後もルティは、これまでにまとめた資料を見返していく。当時世界の脅威であった魔王バルダックを
討伐するなど数々の功績を上げてきたレーナだったが、その中でも大きなものは彼女が神竜シャインと
魂の盟約を結んだ3年後に起きた、異世界からの侵略を退けたことだろう。
「もしレーナがいなかったら、今頃は私達もこの世に存在していなかっただろうな」
その日、突然空に後にホールと呼ばれる穴が開いた。そこから数百もの魔導軍艦が侵攻してきたのだ。
侵略者の正体はラスケ王国という異世界の軍事大国だった。彼らは自分達よりも文明レベルの劣る世界
を植民地にしその全てを簒奪しようと目論んでいたのだった。まだ原始的な火薬兵器しかないツーロンの
運命は、風前の灯と思われた。
「その時立ち向かったのが、神竜シャインに騎乗した英雄竜騎士レーナ、いやあ、このくだりはいつ読んで
も胸が熱くなるよ」
シャインに騎乗したレーナと眷属である四竜たちは、迫りくる魔導軍艦を圧倒的な攻撃魔法で蹴散らした。
そして現れた大都市ほどのサイズもある巨大要塞に、決戦を挑む。
「要塞の攻撃を避け、内部に突入し白兵戦を繰り広げる。彼女の鬼神のごとき活躍に敵兵は戦意をなくし
次々と降伏していったんだよなあ」
その時突入したのはレーナとドラゴンだけではない、王国最強の剣ベッカーと現在も最高の魔導師と称え
られるその妻リネイ、魔狼ルーディ、更には教皇レノンまでが要塞内部で激戦を繰り広げた。そしてレーナ
の攻撃魔法が要塞内部で炸裂、コントロールを失った要塞は地上に落下し侵攻軍は降伏したのである。
蛇足だが、この時侵攻軍から奪い取った魔導軍艦や要塞の技術が、現在のツーロンの文明が飛躍的に
発展する元となった。
「そして、逆にホールを抜けてラスケ王国を急襲、王城を更地にし二度と侵略行為など起こさないように
”次はない”と警告したのだっけ」
幼少のルティは何度もこの戦記を読み返し、絵姿に残るレーナの雄姿に心奪われてしまった。彼の初恋
はこの英雄竜騎士である。
「まあこのあたりも、明日詳しく聞いてみよう」
ルティは当時の生き証人である神竜シャインに何度も取材を申し込み、とうとう承諾を得たのである。温泉
と美食で旅の疲れを癒した彼は、フカフカの布団にくるまれ熟睡した。
「なるほど、これまで疑問に思っていたことがこれで解消されました。本当にありがとうございます」
『うむ、そなたの参考になったのなら何よりだ』
翌日、神竜シャインの住まう水晶宮に赴いたルティは、シャインとその眷属である四竜たちから当時の
詳細な状況を聞き取っていた。満面の笑みを浮かべて帰途につくルティの姿が見えなくなった時、アース
がシャインに声をかけた。
『シャイン様、今のお話しずいぶん美化されていませんでしたか』
『あんな目をキラキラさせているヤツ相手に、本当のことなぞ言えないぞ・・・・』
『確か、最初は要塞を乗っ取って相手の世界に行く作戦でしたよね・・・・』
当時、要塞に突入したレーナ達、倒しても倒しても湧いてくる敵兵に業を煮やしていた。
『どうするレーナ、これじゃきりがないぞ!』
「ええい面倒だ! 一発で片付けてやる!」
「ちょ、ちょっとレーナちゃん! そんな威力の魔法ここで撃ったら、私達も危ないわよ!」
『おい、やめろおおおおっ!』
皆が止めるも遅かった。レーナが日本刀に纏わせた強力なマナエネルギーは要塞内部をめちゃくちゃに
破壊し、魔導機関を直撃、コントロールが効かなくなった要塞は地上に激突してしまったのだ。
「うう~ひどい目にあった。さすがに死ぬかと思ったぞ」
ゲホゲホむせながら要塞の瓦礫を押しのけて出てきたレーナ、なんかデジャブを見ているようだ。そして、
彼女の背後には煤けながら怒りのオーラを発している者達が存在した。
『何がひどい目だレーナよ、一度ならず二度までも我らを殺す気だったのか!』
「あんた、本当に首ちょんぱするからね!」
「まあ、来月から君の給金9割減にするから、そのつもりで」
彼らの怒りの前に、レーナは見事な土下座を決めるのであった・・・・
『さすがに、これは言えないですねえ・・・・』
『他にもあったな、あの盟約を結んだ時とか・・・・』
シャインと四竜たちはとても表ざたにできないレーナのパープー振りに苦笑する。その表情には何だか
懐かしむ表情が浮かんでいた。なお、その後ルティの著した”英雄竜騎士 レーナ伝説”は大ベストセラー
となった。こうして、彼女の功績は後世まで永く語り継がれていったのである。
『そういえば、彼女たちは前世の記憶を持っているのでしたな』
『また、生まれ変わってくるかもしれませんね』
『ははは、まあ次は別の世界にしてくれ。さすがに身が持たないぞ。確かに飽きることのない数十年だった
がな・・・・』
さて、このツーロン以外にも数多の世界が存在する。その中の一つアーガス、マナに満ち溢れた剣と魔法
のテンプレなファンタジー世界だ。アーガスにはマナの影響を受けて発生する”ダンジョン”という魔窟が
いくつもあった。魔獣や魔物が跋扈する危険地帯だが、ダンジョンに眠るお宝や希少素材を求め”冒険者”と
呼ばれる職業の者達が、命の危険を顧みず日々探索に潜っている。
「でよう、この間あのダンジョンで・・・・」
「ぎゃははは! うっかりミミックに引っかかって死にかけただと。おめえ相変わらずそそっかしいなあ」
この世界の大国、レスガイア王国の辺境都市イルラの冒険者ギルドでは、今日も酔っぱらった冒険者達
のざわめきが聞こえている。と、”ギィ”と音を立てて開かれた扉から、新たな冒険者が現れた。その者の
姿を見た途端、それまで騒がしかったギルド内が水を打ったように静かになる。
「おい、あいつもうすぐSランク昇格も間近と言われている・・・・」
「いや、オレも聞きかじった話なんだが、実力はすでにSSランクはあるらしいぞ」
コツコツと足音を響かせながら受付に向かうその冒険者、アーガスでも希少なミスリル製の鎧に身を包み、
目にも鮮やかな金髪のロングヘアーをなびかせた美女であった。
「あらルミカ久しぶりねえ。今回はどこのダンジョンに潜っていたの」
「いや、ちょっと魔界まで足を伸ばしてみたのだ。ほら、邪神竜の魔石だぞ」
そう言いながら彼女は漆黒の魔石をカウンターに置いた。驚愕の表情を見せる冒険者たちを尻目に、
受付嬢はいつものように魔石を簡易鑑定にかける。ちなみにその受付嬢は黒目黒髪のこれまたかなりな
美人であるが、その頭にはネコミミが生えていた。
「ふーん・・・・これなら10万ゴールドぐらいかなあ。ま、この前ギルドぶっ壊した借金はこれでチャラね」
「はあ、ようやく借金生活から抜け出せるな・・・・」
「あんた、酒に弱いのに飲み会になんか参加するからよ。その内魔王倒しても追いつかなくなるわよ」
「ぐぐっ、このルミカ一生の不覚・・・・」
「あのねえあんた、一生の不覚”前の前”から何回繰り返しているの・・・・」
そんなたわいのない会話を交わしている彼女たち、だが、それを耳にした冒険者たちは完全にお口あん
ぐりな状態だ。
「魔界に行ったって、マジかよ・・・・」
「それより邪神竜って、一国を滅ぼせる魔物だぞ。それを一人で狩ったっていうのか」
そんな冒険者たちをよそに、彼女たちはいたってマイペースに会話を進めている。
「ところでルミカさあ・・・・その腰にしがみついてるの何とかならないの」
「それが、いくら言い聞かせても離れぬのだ・・・・」
そう、ルミカという名の冒険者の腰には、13歳くらいのローブを身にまとった魔導師がしがみついていた
のである。
「くんかくんか、前にできなかったお姉さま成分を補充しているだけですぅ」
「でもねえマイナちゃん、いつまでもしがみついてたらさすがにルミカも迷惑でしょ」
「ふんっ! 大体みんなずるいのですぅ。前もお姉さまと一緒だったなんて、今世はもう絶対に離れない
のですぅ!」
鼻息を荒くする魔導師に、彼女達も完全にあきらめの表情だ。ルミカか話題を変えた。
「それでだアヤーカよ、ミリヤのヤツはどうしたのだ。あやつもここの受付嬢だろ・・・・んっ?」
ルミカの言葉は途中で止まってしまった。なぜなら、彼女の視線の先にはフワフワ浮いてるコタツが存在
していたから・・・・
「あらルミカお姉さま、もちろんギルドのお仕事はちゃんとしていますわよ」
そのコタツには、首だけを出したコタツムリ状態の受付嬢が入り込んでいた。
「いやー夏は冷房になるし、もうわたくし一生この中で過ごしますわ。これもマイナさんのおかげです」
「ちゃんと移動もしますから、お風呂とトイレ以外はこの中で過ごせるのですぅ」
マイナの発明したこの浮遊式移動コタツは大ヒット商品となり、ダメ人間の量産に一役買ったそうな。
「はあ・・・・全くそなたら転生しても変わらんな」
「何言ってるのルミカ、あんたこそそのパープー振り変わってないでしょ。ギルドの建物何度ぶっ壊したら
気が済むのよ」
「ギルマスも円形脱毛症になってしまわれましたわ」
「魔王さんとお酒飲んだ時、酔っぱらってお城半壊させたのですぅ。魔王さんも”飲ませすぎた我の責任だ”
とおっしゃってくれましたけど・・・・」
「あんた、魔界まで行って何やってんの・・・・」
アヤーカ達の情け容赦のない口撃に、ルミカはorz状態になってしまう。ともあれ、彼女たちの賑やかで
楽しい時は、今日もこの世界で続いていく・・・・
完
今回で最終話となります。今までご愛読いただいた方々、ありがとうございました。




