66 夕月の仕返し【1】
密着して公園の入り口前に立っていた楓と夕月の姿は、二人の容姿が優れている事もあって注目の的であった。
注目すべきはやはり夕月の表情である。普通にしていても破格の美少女は、頰を緩ませて蕩けるように微笑している。すれ違う人達は男女問わず夕月を見て唖然としていた。
楓は相変わらずの無表情ではあるが、それはあくまで周囲から見た感想であって、纏っている空気が少しだけ優しさを帯びている事に夕月は気付いている。夕月はその事が嬉しくて仕方がないのだ。
眼光は鋭く不敵な態度に戻った楓であるが、夕月を見るその瞳はどこか優しく、夕月自身もその瞳で見つめられると、胸の奥がキュッと掴まれるように苦しくなってしまう。
なぜか視線が合うと大袈裟にそっぽ向かれる。不思議に思った楓は、夕月の顎に触れると強引に自分の方へと向ける。
至近距離で見た少女の顔は、火が出そうなぐらいに真っ赤で若干震えているようだ。
「……な……なにを……する!」
「あ? おまえの様子がおかしいから心配してやったんだろうが。何で目そらすんだよ」
「…………見ないで」
無理矢理顔を自分に向けても、視線は相変わらず交わらない。だったら……と至近距離で夕月の顔を眺める。
凄まじく可愛い。
再確認になってしまうが、やはり今まで見てきた女性の中でもぶっちぎりの一位だ。「神様はよくもここまで贔屓できたものだ」と呆れてしまう。
困ったように眉尻を下げており、両の目の視線はあくまで楓には向かない。触れている顎からは震えが伝わってきた。そんな様子をずっと見ていると意地悪をしたくなるというか、どうにかその視線を自分に向けたくなる。
「おい、俺を見ろ」
「…………無理で……ある」
「ほー、嫌いにでもなったか?」
「……いじわる」
「じゃあ見ろよ。見ないとキスするぞ」
「……ふぇ!?」
その一言にバチッと視線が合う。そしてすぐにハッとしたように視線を外した。
「……見てない……だから……どうぞ……さぁ!」
「いや、目合ったよな今」
「……気のせい」
「…………」
一つ溜息をつくと顎から手を離した。再び正面を向き梓達が到着するのを待つ事にした。
納得がいかないのが夕月である。
散々期待させておいて、結局は何もしないなど言語道断である。夕月は怒っている。そう怒っているのだ。
「……して」
「は? 何を?」
「……ちゅー」
「断る。そもそも割と周りに人いるじゃねえか。無理に決まってんだろ」
「……許せぬ」
「おう。勝手に怒ってろ」
「…………ぐぬぬ」
乙女心を弄んだ性悪ボクサーを許せない。「何かやり返す方法はないものか」と夕月は思案する。
色々考えていたら一つだけ。……とっておきの方法があった。しかしこの方法はうまく事を進めないと、話自体がご破算になってしまう恐れがある。外堀から埋めていく必要があったのだが、協力者に心当たりがある。
夕月はニヤリと嗤う。
「なんて顔してんだよおまえは! 絶対面倒臭い事考えてるだろ!?」
「…………何でも……ない」
「煽れば楓は乗ってくるだろう」と夕月は不気味に嗤う。
◇ ◇ ◇
二十分ほど経つと幹の車は公園の前に到着した。
気になるのは夕月の様子であるが……機嫌が悪い訳ではなく、むしろ楽しそうにあれこれ考えているのが伝わってくる。だが考えているのはロクな事ではないはずだ。その様子を見ているとさすがに楓の顔も引き攣る。
(でもまぁ、表情は豊かになったよな)
出会った頃の鉄仮面のような無表情からは考えられない。楓の言葉に一喜一憂してコロコロと表情が変わる様子は、見ているだけでも幸せな気分になる。
優しく温かみのある視線に夕月は気が付かない。
「楓。いい顔だ」
車から降りてきた梓は、開口一番にそう伝えてきた。
「待たせたな。さぁ帰ろう! ……うん、迷いは消えたのだな」
「あぁ。今の俺は強いぞ?」
「はははっ!! それは良いな!」
豪快に笑う梓は、それでも実は楓の事を心配していた。母親にだけ分かる事と言えばいいのだろうか。だが「すぐに復活するだろう」と確信もしていた。
自慢の息子は精神的に一回り大きくなったようだ。その様子に梓は目を細める。何より先ほど夕月を見ていたその表情は、今までの楓では考えられないものだったのだ。
(ふふっ! なんて日だろう! 嬉しくて泣きそうだぞ母は)
そんな梓の心の内を知る由もない楓は、ただ不思議そうに梓を見つめる。
――――――――
幹と梓も用事を終えたようで、楓と夕月を回収すると真っ直ぐに楓のアパートに向かう。
二人とも明日は仕事が入ってるようで、幹は「憂鬱だ」と暗い雰囲気である。梓はそれとは逆にバリバリ働きたくて仕方がない様子だ。
「私は明日からニューヨークだ。次に会える日が決まったら連絡しよう、夕月さんに」
ちゃっかり連絡先を交換した女性陣は、ニコニコと目で会話をしている。
「俺に連絡したらいいだろ。何で夕月に」
「楓はスマホ持ってないだろう? なら夕月さんに連絡するのが手っ取り早いではないか」
「で、本音は?」
「夕月さんの天使ボイスが聞きたい」
「……ったく」
それでも仲が良いのを咎める理由などない。梓が余計な事を言うのは若干心配ではあるが、夕月もどうやら嫌がってはいないようなので放置して良さそうだ。
後部座席から聞こえてくる二人の楽しそうな声。「ま、いいか」と楓は苦笑した。
「お父さんは抜き打ち家庭訪問するからね!?」
「来てもいいけど、頼むから連絡してから来てくれ」
幹が何をしたいのかはわからない。
◇ ◇ ◇
アパートに着いた後は、幹も梓も慌ただしく帰って行った。個性が強烈な二人が居なくなると場が一気に静寂に包まれる。寂しい訳ではないが、こうも静かだと逆に落ち着かない。
――現在は夜の九時。
幹は「夕月さん送っていこうか?」と提案してきたが夕月はそれを丁寧に断った。
「なんで断ったんだ?」
「…………」
「おい! 何か言え!」
「……うむ……そろそろ」
ピンポーン。
突然玄関のチャイムが鳴った。嫌な予感しかしない。
「無視だ」
そんな楓の意見を無視して、夕月は小走りで玄関へ近付いていく。
ガチャ!
「やっほー夕月ちゃん!!」
「かーえーでーくーん!! あーそーぼー!!」
「……響ちゃん……藍原さん……おいでませ」
「おいでませ、じゃねえよアホ!!」
予想通りのバカップルの姿に、楓は額に手を当てて狼狽した。
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