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63 それは違うと彼女は言った

次回は回想編になります。

もう少々お付き合いください。

気長に読んでいただけますと幸いです。

 

 楓は墓の前で腰を下ろす。


 地べたにあぐらをかいている様子は罰当たりであるかもしれないが、明の墓を見下ろすのはどうしても心苦しい。

 "生きているから、死んでいるから"。境は確かに存在するが、明とは目線を同じくして対等でありたかった。目標ではなく超えるべきライバルとして……だから墓参りの際はこうして座って語り掛ける。


 楓と明のやり取りは、夕月にはとても尊いものに映った。冒しがたいその空気を感じると、少し距離を取って静観する。


「なぁおっさん。どうやってチャンピオンになったんだ? 何のために戦ってたんだ? 金か? 名声か? それとも……誰かのためか?」


 思い返してみると楓は明の事をよく知らない。ボクシングを始めた理由も目的も……。

 明は孤独の中で戦っていたのだろうか。それとも何か別にあったのだろうか。


 これまでの楓はひたすら一人で走ってきた。青春など全てドブに捨てて、血反吐を吐きながら、ひたすらに明の背中を追って拳を振ってきた。

 それはきっと間違いなどではなく、楓はそうやって強くなったし後悔もしていない。だが慧に一方的にやられてから、ふと思う。


 家族がいて、恋人がいて、友人がいて――。


 それはマイナス要素でしかないのだろうか。

 愛されたり愛したり、そういったものは本当に邪魔になるのだろうか。


 瞳と話して感じたのだ。

 天童明でさえ家族に心から愛されていた。瞳の様子から、明も母親を深く愛していた事は伝わってくる。


(わかっていないのは俺じゃなく慧の方なのか?)


 そんな疑問が自然と湧いてくる。だから聞かずにはいられなかった。


「……おっさん。俺は弱くなったか? このまま夕月や陽、響と一緒にいたらチャンピオンになれないか?」

「それは違うわ」


 気が付けば両手で飲み物を抱えた瞳が後ろに立っていた。「はいこれ」とペットボトルのお茶を手渡してくる。


「……俺は間違っていますか?」


 楓の問いに瞳は目を閉じて眉間に皺を寄せる。少し間を置いてからじっと楓を見て口を開いた。


「明の口癖知ってる?」


 明の口癖……。

 すぐに思い付くのは。


()()()()。とよく言っていました」

「そう、それが一つ。もう一つあるの。現役時代によく言っていたわ」

「何ですか?」

「ボクサーは欲張りなんだ、ってね」


 その言葉の意味を考えてみたが結論は出ない。難しい顔をしている楓を見て、瞳はくすりと笑う。


「さぁ、暑くなってきたし私の家に行きましょう。そこで話すわ、明の過去を」

「…………はい」


「おっさんまたな」と小さく呟くと、夕月を連れて瞳の後に付いて行く。






 ◇ ◇ ◇



 墓地から歩いて十分ほどの場所。


「さぁどうぞ。遠慮せずに入って」

「お邪魔します」

「……お邪魔……します」


 豪邸とまではいかないが、それでも一般的な家よりは豪華な住居であった。平屋の建物は奥行きがあり、実際に中に入ってみると思ったよりもずっと広い。


 家具類は必要最低限のものといったところか。余計なものが存在しない内装は、瞳の性格を表しているようだ。

 生活感が無い楓の部屋とは違って、オシャレに整っているように感じる。


「楽にしてね。そこのソファーに座っていて」

「はい、ありがとうございます」


 夕月と並んでソファーに座ると部屋の中を眺める。リビングの壁には三本のベルトが掛けられている。すぐ下の棚には所狭しとトロフィーの類が並べてある。


 WBC。WBA。そして日本チャンピオンのもの。


 ベルトは返還してもこうしてレプリカが手元に残り、それがボクサーにとっての究極の宝物と言っていいだろう。壮観という表現しか思い浮かばず、息を飲んで眺めていた。


 仮に明が網膜剥離にならなかったのなら、ベルトの数は三本などでは収まらなかったであろう。そう考えると、明がどれだけ圧倒的な強さを持っていたのか実感する。同じボクサーであれば身体が震えてくるのも仕方がない事であった。


「……ベルト……綺麗」

「あぁそうだな」


 装飾を施されたピカピカのベルトは、その存在を誇るように楓達を向いている。


「凄いでしょう?」


 お盆を手に持ち戻ってきた瞳は、まるで自慢しているかのように声を弾ませる。


「おっさん、やっぱり強かったんですね」

「それはそうでしょ! 自慢の息子なんだから!」


 テーブルに麦茶が入ったグラスを三つ並べ、中央には茶菓子の入った皿を置いた。「さ、どうぞ」と勧められたので楓も夕月も遠慮無く口をつける。


「今日はいい日ね。楓くんに会えたおかげで昔の事を思い出せたわ」

「昔の事、ですか?」

「えぇ……」


 静かな空気が流れる。


 瞳の顔を見ていると「あぁ似てるな」と思ってしまった。目元などそっくりで、明と向き合っているような懐かしい感覚だった。


 手元のお茶を飲み干し氷がカランと音を立てる。すると瞳は思い出すように話し始めた。


「明には婚約者がいたの。でもね……残念な事に先に天国に行ってしまってね」

「……」


 明に婚約者がいた――。


 その事実に楓の心は大きく揺れた。


「お相手の女性は雪平静ゆきひらしずかっていう名前でね。その名の通り物静かな女性だったわ。天に召されてしまったのは明の日本タイトルマッチの半年前ね」

「タイトルマッチの……前」

「明にとってはあそこが人生の分かれ道だったわ。だけどあの子は決して折れなかった」


 瞳はゆっくりと思い出すように話し始めた。

 楓のまだ知らない天童明の人生が明かされていく。






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