62 再会
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
今日は間に合えばもう一度更新予定です。
あれ以来会っていなかった。
最後に見たその女性の顔は、愛する息子を失った悲しみから酷く歪んでいた。楓の中ではずっとその印象がこびりついている。
数年振りの再会。久しぶりに見たその女性は穏やかで優しげな表情を作っており、パチパチと拍手をしながら楓達に近寄ってきた。
目元の皺の数が少しだけ増えただろうか。おそらく還暦前後であろうその姿は、淑やかで落ち着いた貴婦人といった様子だ。女性にしては短めの黒髪はよく手入れされているようで、太陽の光を浴びてキラキラと光沢がある。
「久しぶりね神代楓くん」
「……お久しぶりです」
何を話していいのかわからない楓は、それでも必死に言葉を探してみるものの結局は押し黙ってしまった。夕月のほうに目をやると、夕月も同様に言葉に詰まっていた。
そんな二人の様子を見て女性は穏やかに笑みを零す。口元に指をあてながらクスクスと笑い始めた。
楓の前に立つとその両拳を包み込むように触れてきた。
「こんなに…………こんなに大きくなって」
「……」
最後に会った時は雪が舞う季節だった。
周りの木々の葉は全て落ちて、地面には鮮やかな木の葉の絨毯ができていた。その上に薄っすらと白い雪が積もっていた事を思い出す。
一人で拳を振っていたから周囲の自然の変化を鮮明に覚えている。振った拳の先には木々しかなかった。その拳を受け止めるミットもなかった。
女性もその景色の一部として楓の記憶に強烈に残っている。哀愁漂う初冬の景色に、女性の表情は悲しくも噛み合いすぎていた。美しいとすら思えてしまうその光景はおそらく一生忘れる事はないだろう。
「不思議なものね。顔も身体も明とは似ても似つかないのに、今のあなたを見ているとどことなく懐かしく感じるわ」
「そうですか……」
短く一言だけ返すと再び沈黙する。
「ふふふ、そんなに気を遣ってくれなくていいのよ。今は私も心の整理がついているから。自慢の息子はね、私がいつまでも悲しんでいると夢の中にまで出てくるのよ。いつまで引きずってんだよ! って怒るの。困ったものでしょう?」
「はは! それはおっさんらしい!」
癖で「おっさん」と呼んでしまって慌てて訂正する。慌てたその様子を見て女性の表情はやわらぐ。
「いいのよおっさんで。明は慕われていたのね」
「ムカつくおっさんでした」
「あの子も似たような事を言っていたわ。ムカつくクソガキだー! ってね」
「あの野郎……」
場の空気が一気に緩んでいく。ベンチに座っていた夕月は、楓と女性のやり取りを邪魔しないようにじっと静観している。
「そちらのお嬢さんは?」
不意に自分の話題になった事に夕月はびくっと反応する。ベンチから立ち上がるとお辞儀をしながら口を開く。
「……はじめ……まして……小日向夕月……と……申します」
「あらあら、これはご丁寧に。天童瞳と言います。楓くんから聞いているかもしれませんが、天童明の母です。よろしくね小日向さん」
「……よろしく……お願いします」
たどたどしい口調ながらも一生懸命に話す夕月の姿を見て、「可愛らしいわね」と何故か楓の顔を見る。
「楓くんの彼女さんね? これはまたとんでもない美人を捕まえたものね。明もきっと喜んでいるわ」
「いや、それはあり得ませんね。あのおっさんは素直に祝福する性格じゃないです」
きっぱりと言い切るその言葉に瞳は破顔する。
「本当に仲が良かったのね。明が他人にそこまで心を開くのは珍しい事だったのよ。家族以外だとあなたが二人目かしら」
「二人目?」
「そうね……せっかくこうして会えた事だし、昔話でもしましょうか。時間は大丈夫かしら? 私はこれからお墓に寄ってから自宅に戻るの。よければ一緒にいかが?」
夕月のほうを見ると、肯定するように小さく頷いている。結局は三人で墓参りをする事になった。
◇ ◇ ◇
共同墓地の中でも威風堂々たる新しめの墓石。
生前に明は自らの死に直面すると、真っ先に墓石をオーダーしたらしい。「チャンピオンの墓だからな」と迷いは無かったようだ。おかげで天童家の墓はとんでもなく豪華な装いとなっている。
お金には不自由していなかったはずだ。
敢えて敵地で防衛記録を重ねた日本の英雄は、他国にとってはさぞ忌々しい存在であっただろう。ファイトマネーの額も凄いものであったはずだ。
「で、この墓って事だ。な? バカだろあのおっさん」
「……大きい」
「ふふっ。しかもあの子はこの中にいないのよ? 笑えるでしょう?」
「「え?」」
楓と夕月の声が重なる。
「あの子の骨は海に撒いたわ。私としてはきちんとお墓に入れてあげたかったのよ? でもね……わかるんじゃないかしら楓くんなら」
「…………」
死に直面した明の頭の中を想像する。もちろん無念だっただろう、悲しみもあったと思う。だけど……天童明という男は決して絶望はしなかった。その確信があった。
きっとこう思ったはずだ――。
『死んだらずっと墓の中だと……ふざけるな。海外で戦ってきた俺だぞ? 日本ですら狭いのに墓の中とか勘弁してくれ』
手に取るようにその思考が理解できる。
明と交流したのは短い期間であるものの、似た者同士の二人であるからお互いの事がよく理解できた。口の悪さもよく似たもので、まるで写し鏡のようだった。そういう意味では相性は良かったのかもしれない。
海に散骨とは明らしいと思える。
自然に還る、などと高尚な考えではないはすだ。単純に狭いところだと息が詰まるから、世界で一番解放感のある場所へ……天童明はそのような男だ。
「……おっさんに墓の中は狭すぎるな。内側から墓石がボコボコに壊されそうだ」
「ふふ……やっぱりね。楓くんは理解できてしまうのね」
「……楓と……似てる」
瞳も夕月もクスクスと笑っている。決してバカにしてるとかではなくて、微笑ましいものを見ているように優しく笑っている。
楓は墓石の前に立つと、おもむろにポケットからタバコを取り出した。封を切るとライターで火を付けようとするが……付かない。瞳が「ちょっと貸して」とタバコを口に咥えると火を付けた。
「タバコはね。吸いながらじゃないと火が付かないのよ。知らないって事はむしろいい事ね」
軽く会釈をするとそれを受け取り墓石の前に置く。
楓の空気を察したのだろうか。瞳は「私は飲み物でも買ってくるわね」とその場を離れた。
その場に残ったのは楓と夕月の二人。まだお盆には早いため周囲に人影は見えない。
ふと上を見ると雲一つ無い蒼天が広がっている。ジリジリと照らしつける陽光を浴びていると、その暑苦しさに明を重ねる。苦笑しながら楓は話し掛けた。
「ようおっさん、久しぶりだな。どうだ? あんたが大好きだったタバコだぞ? 喜べよ」
「ふざけんなクソガキ」と声が聞こえた気がした。
「こっちに来い」と夕月に手招きをする。
「一応紹介しとく、小日向夕月だ。そうだな……俺の彼女だ。言っておくがおっさんにはやらねえからな」
「……小日向……夕月……です…………はじめまして……天童明さん」
残念ながら返事は返って来なかったが、代わりに爽やかな風が吹いた。
面白いと感じていただけましたら、下の評価欄から評価いただけますと幸いです。
それを励みに頑張ります!




