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25 車内は綺麗にしましょう

いつも読んでいただきありがとうございます。

また、感想もいただきまして感謝しかありません。


引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

 長い1日であった。

 少なくとも楓にとっては濃密な時間だった。原点に戻れたようなそんな感覚。


 あずみがあまりに上機嫌であったため、何か食べに行くか! との提案があった。楓以外の3人も了承。近くのファミレスに向かう。


 乗れ。と言われたので車に乗り込む。


「き、汚ねえ」

「…………すごい」


 どう説明したらよいのだろうか。服やら靴やら化粧品やらが散乱している惨状。仄かに匂う香水の香りがいい感じに汚部屋感を演出している。見事なハーモニーは図らずとも吐き気を誘発する。

 

 助手席に身体の大きい楓。後ろに夕月、陽、響が乗る。


「……だーれだ?」

「陽と響にそれやられたら怖いんだが」


 後ろの席から顔に回してくる手が鬱陶しい。わちゃわちゃと目の前で動くこの手は、何を目指しているのだろうか。陽は穏やかに笑っている。響はそんな夕月を見て悶えている。


「それにしても神代にも彼女ができたのだな。なかなかに感慨深いものがある」

「俺いつ彼女できたっけ?」


 目の前の小さな手は髪を引っ張り出した。どうやらご機嫌斜めらしい。


「夕月さんも大変だなあ」

「……うむ……大変」


「ちっ、なんで楓」と言っている響は置いておいて、話が見えてこない。


「今朝のあれはなんだ? 手を繋いで歩いていただろう? 恋人にしか見えなかったが」

「いや違いますけど。夕月に一方的に握られてた感じです」


 全員が楓の方を向いて「うわあ」という表情。夕月に至っては頰をリスみたいに膨らませている。響はその頬を指でツンツンして悶えている。


「ま、夕月に彼氏できたらお祝いしないとな。正直寂しくはなるが」

「あ、あんたねえ!!」


「死ね!」という声が車内に響いた。


 ファミレスに着くとさっそく入店する。平日ではあるがディナータイムということで店内は思っていたより賑わっていた。客層は家族連れやカップル、学生と様々だ。


 楓と陽。対面に女子3人の配置で席に着く。このメンバーだと視線の数が物凄い。尋常ではないほど見られているのがわかる。確かに女性陣3人はそれぞれが別のベクトルの美人。目立つのも納得というところだろう。周りからはヒソヒソと会話が聞こえてくる。


「あの席どうなってんの? なに? 芸能人の集まり?」

「やべえよな。あの男2人いなかったらな」


 そんな声に聞き耳を立てていたあずみは上機嫌に笑う。


「ははは! 私も捨てたものではないな!」

「よかったですね。旦那さんが拾ってくれて」

「何か言ったか神代?」

「いえ、なんでもありません」


 これ以上機嫌を損ねると自腹になってしまうので控えることにした。


 それはそうと楓はファミレスが実は苦手だ。メニューが多すぎて選べないのだ。そもそもファミレスに入ること自体が稀というのもあるが。


「俺は夕月と同じものでいい。夕月選んでくれ」

「…………任せろ」


 真剣な表情でメニューを凝視する。大きく頷くとドヤ顔で指差した。グリルチキンのサラダ。カルボナーラスパゲティ。


「わかった。それでいい。でもおまえそんな食べれんの?」

「…………たぶん?」

「まあいいや。多分おまえ残すだろうから俺が食う。俺はサラダだけ頼んでおいてくれ」

「…………うむ」


 全員が2人を見る。「信じられない」といった表情だろうか。楓と夕月は不思議そうにしている。


「どうした変な顔して」

「なあ楓。おまえって本当に夕月さんと付き合ってないんだよな?」

「さっきそう言っただろうが。バカなのか?」


 額に手を当てて狼狽する陽。あずみと響は顔が引き攣っている。


「もう結婚したら2人とも」

「あ? いきなり何言ってんだおまえ。あずみ先生見ても同じこと言えんのか?」

「神代。貴様は死にたいのか?」


 夕月は頬を染めて俯いている。その様子を見てあずみは優しく笑う。頭を撫でるとどんどん顔は赤みを増していく。


「……あぅ……や、やめて」

「なるほどな。夏目が小日向を愛でる理由が今わかった」


 響は力強く首を縦に振る。

 料理が運ばれてきてからも夕月は愛でられていた。







 ◇ ◇ ◇



 あずみ達と別れ、楓は夕月を家まで送るため一緒に歩いている。


 ちなみに陽と響はというと「送りなさいよ」という響の命令により一緒の帰路についたようだ。あの2人はなんだかんだ言いながら一緒にいる時間が長い。意外にウマが合うようなのでお似合いなのかもしれない。


 今日は色々なことがありすぎた。夕月が自分を見たときの泣きそうなあの表情が強烈に記憶に残り、思い出す度僅かに胸の奥がズキッと痛む。だから聞かずにはいられなかった。


「なあ夕月」

「……なに?」

「おまえは俺が怖いか?」


 夕月は首を横に振り否定する。少し考える仕草を見せた後ゆっくりと口を開く。


「……さっきは……少し……怖かった……」


 でも、と続ける。


「……楓が、怒るのは……きっと……誰かのため」


 だから怖くないよと笑って見せた。「そうかよ」とそっぽ向いたのは、自然と湧き出すような笑みを見られたくなかったからだ。


 おずおずと伸ばしてくる手も今日は拒んだりしない。楓のほうからも緩く握り返すと、夕月の身体は一瞬だけビクッとした後、強く握り返してきた。横から見たその顔は、時折見え隠れする耳まで桃色に染まっている。


「そういやおまえが貰った手紙。あれって全部返事するのか?」

「……うん……でもほとんどは……返事しようとしてる……間に…………いなくなる」


 そういえばそうだった。夕月に告白した男子生徒は返事を待ってる間の無言の空気に耐えきれず逃げ出す。だから夕月はきちんと返事を返せたこと自体が少ないのだろう。内容はともかく。


「ははは! 告白する側からしたらたまったもんじゃねえな!」

「…………私は……大真面目」


 心外そうな目で睨んでくるので、わかってるよ、とおでこを軽く突いた。


「その中に気になる人とかいなかったのか? いや今日貰った手紙も含めてな」

「…………ばか」


 どうも機嫌を損ねてしまったらしい。ポカポカと胸を叩いてくる。もちろん痛くはないが。


 夕月はコロコロと表情が変わるため見ていて飽きない。告白をした連中はこんな夕月を知ったうえで告白したのだろうか。


 多分違う。


 見た目の可愛らしさ、それだけが目的の者がほとんどなのだろう。夕月が楓や陽以外の男子生徒と仲良く話しているところを見たことがない。とすれば必然そうなる。


 自分が夕月の立場だったらと考えてみる。たいして話したこともないような相手から好意を寄せられる状況。


(邪魔以外の何物でもないな)


 きちんと返事を返そうとしているところが夕月らしい。生真面目で優しい少女は相手の気持ちに真摯に向き合う。


 口数が少ないのは欠点だろうか。最近はそれさえ魅力に思えてきた。それが理解できない者は付き合えてもうまくはいかないだろうなと思う。


「ま、そのうち誰かいい人出てくるだろ。陽とか」

「…………私は……幼女じゃない」


 陽は夕月の中でどのような位置付けなのだろうか。その一端が見えた気がした。


「…………いい人は……出てこないよ」

「そうなのか? まあ俺も出てこない方がうれしいが」

「…………ずっと一緒の……確約は取れたから…………長期戦でも……構わないの」


 その言葉の意図がわからず困惑する楓を夕月は優しく見つめた。


面白いと感じていただけましたら、下の評価欄から評価いただけますと幸いです。

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