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20.黒い光って何だよ

 突然の黒い閃光と共に現れた『穴』を俺達は唖然と見ていた。その時間は30秒程だったと思う。はっ!と状況に気づき、一旦全周囲の安全を確認をする。問題ない。

「おい、とりあえずアレから離れるぞ。一旦離れてそれから再確認だ」

「分かりました」

「ですよねぇ、何かヤバげですよぉ」

 二人の合意を得ると、一旦リンクが切れていた『ウッちゃんMkⅡ』を再リンクし、街の方へと通常通りのフォーメーションで急ぎ足気味に移動する。

 そして、500メートル程離れたところで歩が声を上げた。

「穴から何か出てきてます!」

 歩の声で俺達もかなり遠くなった『穴』の方を見ると、確かにあの『穴』の中から次々に二足歩行する生き物が出てくるのが見えた。

 その生き物はここからではハッキリ見えないが、人間ではないのは分かる。なぜなら腕や頭などが緑色なんだよ…

 そんな奴らが、瞬く間に20体ほど『穴』の前に出てくる。

「あれ、人間ですか?」

 歩にも人間には見えないようで、目を細めたり見開いたりしながら遠方を必死で見ていた。

「あれって…、ねえ、はじめさん、この世界の魔獣に二足歩行のヤツっていましたっけぇ?」

「いや、とりあえず俺が読んだファイルにいなかったな。獣系4つ足か、虫系の6~8本、あとはスライム・蛇の足無しだ、あ、時折二足で立ち上がるヤツはいたな、でもアレは違う」

 瞬に言われて俺も再度自分の記憶を確認しつつ答えた。頭の中は、アレは何だ? あの穴は何だ? あの光は何だ?と言う疑問で一杯になりそうだが、普段の習慣で無意識に定期的な周囲の確認は実行している。

 そんな自分に気付き、少し冷静になる。

「あれってですよ、ひょっとしてですけど、ゴブリンだったりしません?」

 突然瞬のヤツが変な事を言い出した。俺は歩と顔を合わせて、それから瞬の顔を見る。瞬も自分で言っていて自信は無いのか首が右に傾いている。

「あのな、最初にソアラさんに確認しただろ、この世界には俺達の知るゲームモンスターで存在しているのは『スライム』だけだって、その『スライム』すらゲームのスライムとは全然違ったしさ」

 そう、この世界に来て数日経った頃、瞬がドラゴンの事をソアラさんに聞いた事を切っ掛けに、その事実を知る事になった。

 いわゆるゲームでメジャーな、コボルト・ゴブリン・オーク・ミノタウロス・グリフォン・ドラゴン・キマイラ等々、次々に挙げる名前と容姿に、ソアラさんはことごとく首を横に振り続けた。

 唯一「います」と肯定したのが『スライム』だった。だが、知っての通りアレは俺達の知るゲームのスライムとは似て非なる存在ってやつだ。

 その後確認したレオパードの魔獣ファイルにも、王都の本部に有った魔獣ファイルにもそれらの記載は全くなかった。あの『召喚されし勇者と白の姫』に出てくる魔獣にすらそれらは出てこなかった。

「分かってますよぉ、でもアレ、身体が緑色で服を着ていて、剣か棒みたいなのを持っているんですよぉ。身長も多分低そうだし、モロそれっぽくないですかぁ」

 …残念ながら反論出来ない。確かにそれっぽく見える。

「あの…ゴブリンって帽子を被っているイメージがあるんですけど、私は」

「あー、三角帽被ってるやつ多いですねぇ。洋ゲーだと被ってないのも多いですよぉ」

 会話中も数体が『穴』から出てきて、表の集団に合流し現時点で25~27体ほどになっている。チョロチョロ動くんで正確に数えられない。野鳥の会の偉大さを感じるよ。いや、マジで。

 その場で、とりあえず現状即座の危険が無いと判断し、周囲の警戒も続けつつ穴とゴブリンぽいアレを観察しながら検討する。

 まず、分かっている事から纏める。あそこに、『穴』は元々存在しなかった。あの『穴』はあの黒い光が原因でできた、またはその逆である。

 あの生物は普通の人間ではない。武器とおぼしきモノを持っている事、服を着ている事から一定以上の知能と社会性を有していると予想出来る。

 あの生き物はゴブリンに似ている。この世界にゴブリンは存在しない。この黒い光に連なる現象を俺達は知らない。この世界の者の知識にあるかは不明、要確認。

 現状事実として分かっている事はこれくらいだ。

 その上で、あーでもないこーでもない、あーだったらこーで、こーだったらあーで、と色々ご託をこねくり回すが答えなど出るわけもない。

「とりあえず、このあと、どーするかを決めよう」

「どーするかって、戦うか逃げるかって事ですかぁ?」

「いや、あいつらを放置して置いて行って良いのか、急いで街に知らせに行くべきなのかって事だよ」

「おおっ、逃走と戦略的撤退みたいなもんですねぇ」

「アホっ、マジメな話だよ、言い回しじゃなくって目的の問題だっつうの」

 アホな事を言う瞬にモンゴリアンチョップを食らわせる。

「と、取りあえず、数が増えなくなるまでは確認しませんか?薬の件も気になりますけど…」

 歩の意見に俺もうなずく。瞬はまだ首の根元を押さえて「痛いですよぉ」とかまだ言っていた。全く。

 確かに娘ちゃんの事も気になるが、あの病気は今すぐどうこうと言うものでは無い。だからある程度こっちを確認して情報を持ち帰るべきだろう。

 それから1分程待ったが、あのあと『穴』から出てくるものはなく、26体程で打ち止めのようだ。無論、今のところ、と言う言葉が付くのだが。

 そして、奴らは周囲をしきりに動き回り、あちこちを警戒するように調べている様子だった。

「なんか、リーダーっぽいのが指示してるみたいですよぉ」

 瞬の言うとおり、集団の中央に常に位置している個体が剣を振り回しながら指示を出しているように思える。双眼鏡が欲しいよ。

「あゆみの吸血ブーストで遠視力が上がれば良かったんだけどな」

「ですよねぇ、はじめさんの付与符も駄目ですよねぇ、動体視力は上がるけど」

 歩はなぜか「ごめんなさい」と謝ってくる。謝るような事じゃないと軽く頭にチョップしておく。なんか、頭チョップが癖になってきた気がする。

 そして、俺達は『穴』と街の位置関係、周囲の特徴的なものを記憶して、街へと急ぎ足で帰った。

 途中、歩は見えなくなっても『穴』の方を何度も振り返っていた。そう言う俺も振り返っていたから歩のそれに気付いたんだけどね。

 なんとなく、あいつらが後ろから集団で現れるような、そんな想像が頭を離れなかったんだよ。多分歩もそうじゃないかな。

 瞬は、『ウッちゃんMkⅡ』のコントロールと通常の範囲の警戒の為にその余裕がなく、振り向いた俺に「大丈夫ですかぁ」と聞いていた。

 そんな不安の中、3回のエンカウントをこなし、魔石の回収は放置して街へとたどり着いた。

 そして、木塀門をくぐってからは駆け足で行く。足の遅い瞬は『ウッちゃんMkⅡ』に負ぶさり、俺と歩は走る。

 何事だ?と驚く通行人を無視して出来る範囲の早さで冒険者協会へと駆け込んだ。

 たどり着いたのは俺だけで、歩は途中で遅れ、瞬は実際は一番早いはずだったが、『ウッちゃんMkⅡ』の縦揺れに酔って脱落してしまった…

 時間的に閑散とした時間帯で、そこに汗だくで俺が飛び込んだ為、総合案内のラクティスさんも驚いた顔を見せていたが、それも無視しソアラさんの窓口に駆け込む。

「お疲れ様です。琵軸草手には入ったようですね」

 彼女は俺が大急ぎで来た理由を、娘ちゃんの七日ぜきの為だと思ったようだ。

「琵軸草は手に入りましたが、それとは別で緊急に報告すべき事が発生しました」

 俺はそれから、先ほどの見てきた事を全て彼女に話した。一通り話し終わる頃には、汗だくの歩が到着した。

 一通り話を聞いたソアラさんは、真偽の魔術板を準備する。

「私はあなたの言っている事が嘘ではないと思っています。しかし、上に報告する為に申し訳ありませんが、真偽を確認させて頂きます」

 無論俺に嫌がある訳も無く、うなずいて確認を行った。細かな点まで確認を終え、彼女の「全て真実です」の言葉で受付内の他の職員からどよめきが上がる。

 その後やっと来た、まだ具合の悪そうな瞬も含め3人とも別室へ連れて行かれ、再度お偉いさん達に話をした。

 何度となく細かな点まで聞かれた上で、お偉いさん達は次々に指示を職員に出し始めた。

 思った通り、あの黒い光や『穴』は彼らも知らない新たな現象で、ゴブリンに似たあの生き物も彼らの知識に無いものだったようだ。

 なにより、剣を持ち服を着た人間以外の生き物と言うのがまず有り得ないと。だからその点の確認はしつこい位された。

「今日外に出てない冒険者はいないのか。ランクU以上だ」「帰ってきた奴らがいたら押さえておけ」「アリオンたちは今日はどうしている」

 お偉いさんが、どんどんと指示を出す中、やっと俺達はお役目ごめんとなった。

 そして、今日の本来の目的である薬屋へ納品に向かう。一応、ソアラさんにはその旨を伝えてから出発する。

 目的の薬屋はさして離れて居らず、10分程でたどり着き、全ての琵軸草を納品する。予定量より12束も多い事に喜んだ主人は、約束通り薬が出来しだい1つを俺達にくれる事を誓ってくれた。

 薬が出来上がるまで時間が掛かる為、乗り物(ゴーレム)酔いがまだ若干残る瞬をその場において、俺と歩は冒険者協会へ戻る。

 協会には帰ってきた冒険者がいたが、残念ながら低ランクのパーティーで、確認に行かせられないようだった。

 一応、俺は依頼の完了手続きをし、歩は魔石の売却を行った。本日は肉類などの持ち帰りはないので、行きの魔石だけになる。

 処理が終わったあとは、片隅の邪魔にならないところで二人で待機した。時折職員から質問を受けたりもしたが、大半は歩と今回の事やこれからの事を話していた。

 そして、午後4時前に帰ってきた比較的ランクの高い、『大酒を呑む者たち』という変なパーティー名の6人組に緊急依頼をかけ、確認に行かせた。

 彼らは、協会前に前もって準備してあった馬車にのり、かなりの速度で南門へと向かった。

 季節的にあと2時間もすれば暗くなり始める。スピードが求められる為、馬車でそのまま草原も進み、何かあれば放棄しても良い事に成っているらしい。

 協会としてもそれだけ危機感を感じているらしい。その危機感の理由が『黒い光』だった。

 しばらく前に滅亡した隣国の神都で発生した『黒い光』の件が有り、同じであるかは不明だが、同様に『黒い光』で有る為敏感になっているらしい。

 俺は、闇魔術と言うのが存在しているのを知っていたので、その魔術ではないか?と尋ねたんだが、お偉いさん3人からハモるように「違う」と言われてしまった。

 何でも、闇魔術が扱うのは『闇』であり、光を吸い込んで闇を作ったり、闇に包み精神系の攻撃を行う魔術で、それによって発生するのは『闇』であり、間違っても『黒い光』などではないとの事。

 そもそも『黒い光』って何だ?と逆に突っ込まれたよ。まあ、確かに変なんだけど、そーとしか言えないんだよ。しかも、目が(くら)むんだよ、黒いくせに… 真っ暗なんだぞ、なのに…

 そして、『大酒を呑む者たち』が帰ってくる前に新たな情報が舞い込んだ。それは、俺達同様南の草原へ行っていた他のパーティーからのものだった。

 一応情報のすりあわせの関係で、俺達二人も再度お偉いさんルームへ呼ばれて、随時確認を行った。

 何でも彼らはアレと遭遇し、戦ったらしい。4体を殺すもしくは無力化したところで、10体以上が現れたため逃走したらしい。パーティーにケガは無かったようだ。

 アレの容姿は聞く範囲でゴブリンと断定しても良いんじゃね?と言いたい位だったが、なにぶん至近で直接見てないからなー。

 身長は150センチ程で、体色が木の葉の色、つり上がった目と大きく切れ上がった口を持ち、歯は犬などのように尖っていたそうだ。

 そして、麻製のような粗い編み目の染められていない服とズボンを着て、切れ味の悪そうな青銅製っぽい長剣や棍棒を手にしていたとの事。

 また、甲高い声を発し、意味は分からないが言葉を使ってコミニュケーションを取っていた、と彼らは語っていた。

 彼らに寄れば、アレの強さは大したことはなく、人間の盗賊よりかなり弱く、魔獣で言えば鬼面ガニ位ではないかと言っていた。

 それと、彼らは『穴』は見ておらず、遭遇場所を地図で確認したところ、『穴』より1キロは街に近い辺りのようだった。つまり、街の方へ移動している事になる。

 その報告も得て、お偉いさんズは更に幾つか指示を出していたようで、どうやらある程度の戦力を確保し、木塀門へ待機させるつもりのようだ。

 すり合わせが終わった俺達が、ホールへと戻ると瞬が来ており、薬を受け取りそれを『魔獣のいななき亭』へ届けた旨を報告してくれた。これでこっちは一安心。

 俺達も現状を瞬に教えたところ、「やっぱり、ゴブリンですよぉ」と言ってきた。まあ、否定は出来ない。

「一応『大酒を呑む者たち』が帰ってくるまではここに居ようと思ってる。二人は宿に帰っておいてくれ」

 歩が躊躇したが、瞬の「何人も居てもしょーがないですよぉ」と言う言葉で、「何かあったら呼んでください」と言ってから帰って行った。

 その後、帰ってくる冒険者に噂が広まり、騒ぎがどんどんと大きくなる中、外がかなり薄暗くなった中『大酒を呑む者たち』が馬車で帰ってきた。

 彼らはそのまま奥へと入っていった為、どういった報告が成されたのかは分からない。今回は呼ばれもしなかったしね。

 この時間になると騒いでいた冒険者の大半は帰っており、残っているのは遅く帰ってきたものか、冒険者協会側から待機を頼まれたのも達だけになっていた。

 『大酒を呑む者たち』は奥に入っていって、15分程して出てきた。知り合いらしい待機組が彼らを質問攻めにし始めたので、俺も近づいて聞き耳を立てた。

 どうやら彼らは、途中でゴブリン(仮称)の集団に出会い、剣をや棍棒を振り回して襲ってきたので、そのまま馬車で突っ込み半数を引いたらしい。無茶するなー。 

 降りての戦闘も考えたらしいが、弓を取り出したゴブリン(仮称)を見て『穴』の確認を優先する事にして、そのまま走り抜けたそうだ。「まあ、数も10匹以上居たしな」だとさ。

 その後、『穴』までほぼ一直線に行ったらしい。彼らはあの辺りの地形に詳しく、俺達の説明でほぼ正確な位置をつかんでいたんだそうだ。さすがはベテランって事だろう。

 その『穴』は直径3メートル程の完全な円で、一直線に斜め下に向かって続いていて、中からかすかに獣の鳴き声が響いていたため、長居はせず引き返したそうだ。

 そして帰りも行きと同様のコースを通ったらしいが、ゴブリン(仮称)には出会わなかったらしい。

 彼らは今日はこの後の警戒には携わらず、帰るらしく、後は頼むと言って帰って行った。

 おれも目的を果たしたので、ソアラさんに挨拶だけして帰った。その際ソアラさんからアレを一時的にに『ゴブリン』と呼称する事になった旨を伝えられた。

 お偉いさんズに俺達の世界でアレに似たのを、ゴブリンと呼んでいると言った事で、それをそのまま使用する事になったようだ。

 宿に帰ると、おばちゃんから礼を言われ、飯を2品追加してもらった。そして、部屋で歩も呼んで経過の報告をした。

「結局ゴブリンって呼ぶ事になったんですね」

「良いんじやないですかぁ、どー考えてもあれゴブリンですからぁ」

『お偉いさんズも言ってたけど、アレも異世界転移の一種なのか?」

 俺達がゴブリンの名を出して説明した際、じゃあアレはお前達の世界から来た奴なのか?と言われて、物語やお話に出てくる架空の生き物である事を説明したのだが、元々この世界に存在しないものが現れたのだとしたら、それは俺達のように異世界から来た可能性もあるのは確かだ。

「可能性はありますけどぉ、僕たちの転移とは違う感じですよねぇ、僕らの時は白い光だったし、こっちに来た時穴とかなかったし」

 まあ、確かに。俺達が日本からあの白いドーム空間へ飛ばされた時の光は白って言うかカメラのフラッシュのような光だった。あのドームに現れる時も同じだった。

 そして、こっちの世界に落ちた時は、ひび割れから真っ暗な空間に落ちはしたが、アレは『闇』では有っても『黒い光』ではなかった。状況は全く違う気もする。

「あの、単に元々地底に住んでいて、穴を開けて出てきたって可能性はないでしょうか」

「それも有りだな」

「おおっそれって可能性高いですよぉ、地底に有る古代都市、そこに生息するモンスター。ある日突然坑道の奥がそこへ繋がり、あふれ出す出すモンスターによりパニックがぁ」

「ゲームで良く有る設定だな。今回の件とは微妙に違うけど」

 俺が過去やったRPGにも幾つかにた様な設定や、イベントが有った。かなりテンプレな設定ではあるな。

 魔術なんてものがある世界だから、地底に都市なり遺跡なり広大なダンジョンがあっても不思議ではないよな。

 普通なら、明かりの問題とか熱や酸素の問題とかで現実性がどんどんなくなるのだが、この世界の魔術と言う力ならその辺りはクリアー出来ても不思議ではない気はする。あくまでも気がするだけなんだが、そう思わせるモノが魔術には有る。

「だけど、そうなると、過去の記録はおろか伝承にすらその姿が描かれていないのはどーなんだろう。地底に居たとしても、何らかの事で地上に出てきた事があっても不思議じゃないと思うんだが…」

「…そー言われればそーですね」

「となると異世界説ってことですかぁ?」

 昼間の時より情報が増えたものの、結局はなにも分からない状態なのは変わらない。

 明日、状況がどうなるか分からないので、早めに寝ようと言う事になり、解散してその日は普段より早く寝た。

 そして翌日、予定通り暗いうちに目を覚まし、いつも通りのメニューをこなしている最中に宿へ冒険者協会の職員が駆け込んできた。

 外は明るくなったとは言え、まだ寝ているものも居る時間にその職員は大声で叫んだ。

「この宿に泊まっている冒険者の方、緊急事態です。どうか冒険者協会へ来てください。緊急依頼があります。受ける受けないにかかわらず、冒険者協会に来なかった場合はペナルティーを科します。繰り返します…」

 この宿の宿泊客の7割は冒険者で、残りはほぼ商人である場合が多い。今日も20人近い冒険者がおり、この声を聞いて飛び出してくる者、眠そうな目をこすりつつ文句言いたげに出てくる者がいた。

 商人は良いとばっちりではあるが、基本早朝出発が当たり前なので大半が起きていたようで、何事かと職員を問い詰めていた。

 しかし、職員は商人はもちろん冒険者の質問にも答えず、「冒険者は…」を繰り返して去って行った。多分別の宿にも行くのだろう。

 俺達3人は顔を合わせ、急いで装備を調え冒険者紹介へと向かった。瞬は『ウッちゃんMkⅡ』もつれてだ。

「おい、はじめ、昨日のアレがらみか?」

 後ろから追い付いたらしいヴォルツさんが尋ねてきた。彼らには昨日食堂であらましは話していたし、冒険者協会で騒ぎを聞いても居たのでそう予測したのだろう。

「分かりませんが、多分そうだと思います」

「しっかし、変だな、残ってるヤツは12匹かそこらなんだろ、例え木塀門辺りに来ようが、木塀を乗り越えてこようが夜警組で楽勝にやれたはずだろ?」

 確かにそうだ、夜警に残った冒険者はそれなりに高いランクで、この辺りでは上位組なので、鬼面ガニ程度の強さしかないゴブリンに後れを取るとは考えられない。

「多分あれじゃないですかぁ、もっと多い数が出てきたか、別の強そうなヤツが出てきたかだと思いますよぉ」

 ゴーレムを制御しながら早足で歩く瞬の言葉に、俺も同意だ。

「それはマズいわね、協会の職員が訳を話さず冒険者を全員集めるって事は、相当マズい事になっているって事よ。一般人に知れたらマズいくらいの事に成っているって事でしょうから」

 シルビアさんの意見にも同意する。多分そうだろう。状況から言ってあの『穴』から何かが出てきたと考えるのが正しい。あとは、問題が数なのか、質なのかだ。

「ドラゴンとか出てきてたら…私たちにどうにか出来るんでしょうか…」

 歩のつぶやくような声を聞きながら、その場合を想像するが勝てる気が全くしない。ブレストか吐かれたら全滅だろ。『障壁符』が有るにしても、外気温が上がれば肺が焼けて、はいおしまいだ。

「ドラゴンって何だ?」

 ヴォルツさんの質問には瞬が答えていた。ブレストと鱗の解説に「そんなのが居たとしたら、ぜってー無理だろ」と言ってたけど、しょうがないよな。ドラゴンスレイヤーなんざゲームや漫画・小説の世界だけだよ。

 シルビアさんもドラゴンの解説には唖然としていて、「物語でも良くそんな化け物を作るわね」と違う意味で驚かれたよ。

 冒険者協会に向かう俺達と同じ方向に、それぞれの速度で移動する冒険者がチラホラ現れ始め、協会に近づくにつれその数が多くなった。

 そして、協会内のホールにはその時点で40人程が詰めかけ、職員をつるし上げていた。気が立ってるな…

 どうやら、ある程度集まるまで説明をしない事にしているようで、それに怒こった冒険者が詰め寄って居る状態のようだ。

 その状態はそれから5分程続き、冒険者の数が80人を越えた辺りで説明を開始した。

 今日早朝、明るくなると同時に出した探索隊がゴブリンの大集団を発見し、報告してきた。その位置は木塀南門から5キロほどと目と鼻の先と言って良い位置だった。

 そして何より問題なのがその数で、推定500は居るだろうと報告される。さすがにその数に疑問を持ち、直後に他のパーティーを探索に出す。

 そのパーティーが先ほど帰り、その報告でも推定500は覆らなかった。

 その集団は遅い速度ながら確実に街の方へ移動を続けている。

 故に、そのゴブリン軍団の討伐を皆に依頼したい。

 と言う話だった。どうやらこの話が遅れたのは人数が集まるのを待つと言うよりも、確認の者が戻るのを待っていたと言う事らしい。

 しかし500だとぉ。この500という数が出た時周囲から様々な声が出た。全てが非楽天的な声だった。俺も「500…」と呆然とした表情でつぶやいてしまっていた。

 その後、この半強制依頼を受けるか受けないかの確認と、班分けが急遽行われ、実際の作戦概要が知らされた。

 作戦と言っても、木塀南門による迎撃戦と言う骨子と、魔術と弓による先制攻撃で数を削った後迎撃を続け、一定数以下になったら門を開いて打って出る、と言うそれだけのものだ。

 あとは人員の配置、迎撃用足場の作製、住民の南門付近からの避難誘導などについて説明があった。

 そして、最後に、城からの兵士や騎士の応援についてで、報告はしているものの反応が悪く、最悪こないか遅れる可能性が高いとの事だった。

 冒険者達からの罵声が上がったのは言うまでもない。まあ、冒険者と違って腰が軽くないし、上意下達で上のもの(バカ貴族)の反応が悪ければ(兵士)は動けないからな。

 理解は出来るが、当然納得は出来ない。

 本来街を守るのは彼らの仕事なんだよ。それが守らず一般人の冒険者が戦うというのは本来おかしいんだ。

 俺だって安全がある程度確保されていない戦いなんてしたくはない。正直依頼を拒否しようかとも話し合った。

 だが、自分たちが暮らしている自分たちの街という意識も有るし、何人もの知り合い達の顔が浮かぶと拒否もしづらかった。

 そして、最悪危なくなったら逃げても良いか?と職員に聞いた返答が、「問題ない、冒険者は兵士ではないので命をかけるよう強制は出来ない」との言葉で出来るところまでする事にした。

 無論、自分たちの命優先だよ。最優先。

 そして、あとから集まった冒険者も合わせて計113名の混成部隊が出発した。

 おれたちにとっては初めてづくしの経験ばかりの戦いだ。

 見知らぬ者たちとの共同戦闘。防衛戦。そして、知性有る人型生物との戦闘とそれを殺すと言う行為…

 そんな戦いへ向かって俺達は歩き出す。

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