15.僕ら、主人公体質じゃ無いですよねぇ
朝目を覚ますと、先ず空を見る。こちらの世界に来てからの日課だ。天気が懐具合の命運を分けるからね。
今日は雲はあるものの晴れと言える天気、仕事には差し支えは無い。絶好の郊外クエスト日和といえる。
しかし、本日はノリ作製の日とする事になっている。昨日の魔石売却で多少懐具合も良いしね。
『符』の付箋化計画がついに実行出来るのだよ。紐で束ねて、緩くなる度に巻き直していた日々とついにオサラバだ。
更に、戦闘時、周囲に置いたり、ばら撒いたりしていた不効率からも脱却し、ぺたーっと貼り付け、ドッカンと一撃でキルだよ。
これでやっと、俺の中にあるイメージの符術師になれるよ…長かった。
と言うわけで、諸々のいつもの朝の日課を済ませ、作業開始だ。
昨日帰宿後、5センチ程の長さに切り刻み、水と一緒につけ込んだ樽を確認する。
指をわずかに緑色に染まった液体に入れて引き出すと、5センチ程糸を引いた。よし、よし、成分が出ている。
では、やりますか。
① 樽の中から細かい穴の空いた柄杓で糊粉草を全て取り出します。この際、軽く絞り、決して強く絞ってはいけません。余分な成分が出ます。
② 桶の中の液体を清潔な布を使って濾過します。
③ 濾過後の液体を鍋に入れて、色が白濁するまで攪拌しつつ加熱します。最初は強火でもかまいませんが、ある程度水分が飛んだら中火に切り替えましょう。
④ 全体が白濁したら直ぐに加熱は止めます。続けると直ぐに硬化してノリとして使えません。
⑤ 完成物を密閉可能な容器に移します。フタの密閉度が低い場合は、ロウなどを使用しましょう。
はい、こんなです。
昨日取って来た量も多かったので、大きな樽を借りて仕込んだんだが、その分加熱する量が多い事多い事…
早朝から始め、5回に分けて鍋で煮詰め、終わったのは夕食時だった。
おかげで、高さ20センチ、直径15センチ程の瓶に8割ほどのノリが手に入った。気密管理さえすれば当分は困らない量だろう。
しっかし、幼稚園とかで使ってたチューブノリ何個分だよこれ。多い分は良いんだけどさ。
そして、付箋作成開始だ。
塗って、貼って、塗って、貼って、塗って、貼って……完成。
試しにはぎ取ってみる、綺麗にはぎ取れる。それを壁に貼ってみる、ぺったり…剥がれ落ちずくっ付いたまま。その『符』を軽く引っ張ってみる、それなりの抵抗感を感じてから剥がれる。
おおぉ、素晴らしい。完璧だ。後はこの粘着力と剥離性が乾燥後も続けば大成功となる。
このノリの製法は、宿のおばちゃんから聞いたもので、昔からそれなりに良く使用されているノリらしい。
強度と、耐水性は無いが、何度も剥がせるので、メニー看板などを壁に貼り付けるのに使用しているらしい。
「はじめさん、最後の一枚ってどーするんですか」
?完成を無言で喜んでいるとのぞき込んだ瞬が何か言い出した。
「最後の一枚がどーした?」
「え、だってぇ、最後の一枚って、ノリが裏面に付いてないですよね? たしか裏面貼り付けないといけない 『符』が有ったと思うんですけどぉ」
「……『凹符』『凸符』…いや、普通に最後の一枚にも塗れば…駄目だ服や身体にくっついて色々邪魔になる…」
なんてこった、こいつは予定外、単純に付箋のように纏めればOKと思っていたら思わぬ落とし穴が…そーいやぁ、付箋て最後の一枚の下に別の台紙が付いてたよな。
他の符は裏表なんて関係ないけど、『凹符』『凸符』は裏面に現象が発生する。つまり、通常貼り付けた面にそれが発生するようにしなくては成らない。要裏ノリって訳だ…
別の紙を…もったいない、何か板に…かさばる、何か他に………あっ!
「なんだ、簡単じゃ無いか、最後の一枚だけ反対向けで貼り付ければ良いんだよ」
「おおぉー、なーるほど、その手がありますねぇ、はじめさん意外に頭いいですよ」
なんだその『意外に』『頭良いですよ』ってのは。
当然、アイアンクローの刑に処したのは言うまでもない。お休みなさい。
翌日から、真の符術師となった俺の無双が…始まるわけも無く、地味に『セイレン草採取』のクエストを続ける事になる。
ただし、漫然と採取をするのでは無く、『符』を使った自分に合った戦闘方法を構築するべく試行錯誤を行う。
その為に、『符』の使用数は気にせず、思う方法を全て試していく。
俺は『符術師』なのだから、『符』を使ってなんぼだ。どこかの豚じゃ無いけど、『符』の使えない符術師はただの村人なんだよ。
『符』の残数は気にはなるが、ここでケチっていては命に関わるのだから、どんどん試す。そのおかげか、5日目辺りからある程度、確立出来てきた。
そして10日後には、南東平原・北部荒れ地・北東平原の全域を行動可能と出来るまでになっていた。
無論、南東部平原にある湿地帯も問題なく対応出来ている。あの時危なかったような状態でも、危なげなく対処可能となっていた。
ゲームだと、レベルが上がってステータス値が上がり強くなり、以前勝てなかった敵に勝てるようになるわけだが、ここではそんな事は無い。
7割の戦略と、2割の能力の向上、そして1割の運で初めて勝てる訳だ。
ゲームのように能力値はバカスカ上がらない、だからそれでも勝てる状況を作る必要がある。そして、その為に必要な行動が出来るように身体や道具を作る。
戦い始める瞬間には、勝てる未来への道筋が見えていないといけない。でなければ死ぬ。デスです。
無論、俺に全てを予測し、先を見通すような思考力も思考速度も無い。だが、全体の配置を確認し、逃げるか戦うかを選択、戦うならどの順番で、あの敵ならあの戦法で、途中乱入があった時には…程度は何とか考えられるようにはなった。
これは以前も考えた、状況判断パターンの蓄積が進んだおかげだと思う。後はイレギュラーを考慮しつつ、更に最適な方法を探し続け、随時アップグレードしていく。
言葉にすれば簡単だが、実際は多数の経験の蓄積とそれを身体に刻みつけつつ生き残る必要がある訳だ。
現時点での俺の蓄積は、ネズミを入れても1月程度でしか無い。
つまり、現時点で対処出来る地域・魔獣は、ここ1ヶ月に渡って蓄積された技能とそれまでに作製した道具によって対処出来る範囲がソレであると言う事だ。『海』向こうなど遙かな先だよ。
俺たちの基本的な戦闘パターンは、弱い魔獣は武器のみ、数が多ければゴーレム壁や『符』で分断。強い魔獣は『符』とゴーレムによる搦め手。こちらが先に発見した際は、『符』ゴーレムによる罠。と言ったものがベースとなっている。
後は、敵と配置と周囲の環境で大きく違っては来る。基本弱い魔獣以外は真正面からはやり合わない。正々堂々なんて言葉は俺たちの辞書には無い。ヒキョー最高ー。
細かな例としては、
ミニサンドゴーレムに『風旋符』を持たせ敵集団の真ん中で竜巻にて敵を分断…
『聖光符』で閃光を出し、目がくらんでいる間に…
ゴーレムに前もって『炸裂符』を貼り付けて、先行偵察。飛びかかってきた所で爆破(集団で襲う相手に)
『凹符』配置場所に魔獣を誘導、穴にはめて動けない所を…
『凸符』配置場所に魔獣を誘導、下から突き上げられひっくり返った所を…(カニ・亀の様な甲殻系に)
こんな感じかな。
普通に、1匹1匹『符』を貼り付けたりもするし、ゴーレムで押さえ込みつつ殴り付けたりもしている。
俺と瞬の目的は、ゲームのように全てのクエストをクリアする事でも、魔王を倒す事でも無いし、この世界の全てを知る事でもない。
出来れば元の世界に帰る事。それが出来ない、または難しいならば、それにすらこだわらない。
根幹の目的は、この世界における普通と言われるレベルの生活をして生きていく事、これだ。
俺たちに、艱難を排してまで帰る気は無い。
本来、今の状況を維持出来るのならば無理に他のエリアへ行って強い敵と戦ったりその為に鍛える必要すら無いんだよ。
それでもイレギュラーは有る。このエリアにおける『黒青スライム』や『鮮血ムカデ』のような存在だ。
ああいった存在に出会ったった際、対応出来る位には強くなりたい、だからその為の努力はする。
以上が俺たちの活動のコンセプトだ。
だから、『セイレン草採取』や『魔松茸採取』などの容易なクエストを続け、無理を絶対しない範囲で活動範囲を広げている。
そして、コストと安全のバランスが整えばその時点で、それ以上の活動エリア拡張などは行わず、それまで通りのクエストで地味に生きていくつもりでいる。
「僕ら、主人公体質じゃ無いですよねぇ、ヒロインもいませんし…」
「しょうが無いよ、現実は生活するだけでもキツいんだから、しかも、死がムチャクチャ身近な世界だぞ、生活するだけで精一杯。だいたい、魔王とかいるのかよ?」
「勇者は居るみたいですよね。称号じゃ無くて、ギフトって言うか職業… 案外『ギフト:魔王』ってのも居たりして(笑)」
「教会の司祭や、冒険者教会で『あなたのギフトは魔王です』って言われんのか? 本人や家族は真っ青だろうな」
「いやいや、案外、教えないで後からこっそり亡き者にしちゃったりなんかしてたりして(笑)」
「…いや、それ、案外笑い事じゃ無いかも知れないぞ。識字率低いからオーブの文字も自分で読めないヤツも多いだろ、その場は適当なギフト名を言って… こんな世界だから人権なんて有ってなきがごとしだろ」
「こ、怖い事言わないでくださいよぉー」
なんて会話をしながら、クエストを次々とやっていく。
そして、『黒青スライム』を殺した日から13日目に俺たちの冒険者ランクがXからWへと上がった。
この13日間でランク以外にも色々成長している。
まず、俺からだ。それまで『符』とリンク出来る最大距離は30メートルだったのが35メートルまで伸びた。たかが5メートルと言わないでくれよ。この5メートルが実戦では大きく生きてくる。
ただ、このリンク距離だが、ここの所伸びが悪くなってきている。そろそろ成長限界なのかも知れない。出来れば50メートルは行って欲しいのだが…
それと、同時リンク数が、3枚から4枚へと増えた。これで、同時使用で威力や範囲を上げる事が出来るし、複数の種類を順次使用する事で汎用性も上がる。
次に瞬だが、サンドゴーレムで250センチ、ウッドゴーレムで190センチまで形成可能となった。サンドゴーレムの大きさの成長は鈍化しているようで「もうあんまり大きくはならないかも」とのこと。
また、ゴーレム制御状態での本人の行動がかなり出来るようになっている。そして、MPも常時ウッドゴーレムを制御し続けても1日大丈夫なぐらいには成っている。
貯蓄は3000ダリを超えた。白蕩木採取クエストに220ダリを使用した上での残だ。十分な金額だと思う。前回から宿代も10日分纏めて払うようにしている。
そして、以前作って静置していた『1/6回復薬』が完成した。性能的にも問題なく、『符』作成時の傷など1分で傷も消える。何より自家製なのでチョットした傷にも使えるので重宝している。
この間は、転んで擦りむいた娘ちゃんのケガにも使ったら、翌日のおかずが一品増えたよ。こちらの薬も無くなる前に作れるように準備はしている。
白蕩木採取は、自分たちで行く事は当座あきらめた。なので、220ダリで依頼を出したところ翌日には納品された。軽さと切り倒しやすさから、別のクエストの帰りがけに出来ると言う事で美味しい仕事だったと言われたよ。
おかげで、随時紙も作っている。今回からは前回の反省を込めて、6枚分の紙が取れるサイズの『紙すき用船』を作り、それを使用して乾かしてから切っているから効率的だ。
こんな感じで振り返れば、2週間ほど前とかなり変わった事が分かる。うん、良い事だ。
そして、しばらく前、日本人の新たな噂を聞いた。
多分以前聞いた者達の中の誰かと思うのだが、国に保護を求める訴えをして騒いだ者が数名居たらしく、身柄を拘束された上、処刑されたと。
「処刑!? それって処刑されるような事なんですかぁー」
俺も前半に色々思う所は有ったが、処刑はいくら何でも、と思った。ただ、その後に続くソアラさんの話で納得は出来た。他人事だからってのも有るけどね。
「正確な話は不明ですが、保護を訴える際、国及び国王を誹謗するような事を言ったようです。その場で殺されなかったのが不思議なくらいですよ」
いわゆる国王侮辱罪とかってヤツかも知れない。
「その人達は、ここが異世界で規則も習慣すら全く違うって事を理解してなかったんだろーな。そもそも、保護って、元の世界じゃ普通なのかも知れないけど、ここじゃ自力が当たり前だから」
ソアラさんは俺の言葉に静かにうなずいたが、瞬はやはり同郷者の死をそれだけで納得は出来ないようで、むぅーと眉をしかめていた。
「彼ら自身に何らかの、国や王家に役の有る力や知識があれば確実に保護していたでしょう、しかし、彼らにはその価値が無かった。だから王家はもちろん、他の貴族ですら放置したのです」
で、彼らはそれを理解しなかった。日本の常識で、『自分たちには保護される権利がある』とかって思ったのかも知れない。
人権活動家や9条の会とかって言うような人たちの言動を思い出すと、彼らもそんな勘違いをした者たちだったんじゃ無いかと思えた。
「あのぉー、それで、他の異世界人達はどーなったんですかぁ? 捕まえられたりとかしたんですか?」
どうやら瞬が眉をひそめていたのは、死を悼んでいたわけでは無く、他の日本人や自分たちへ影響が有る可能性を考えての事だったようだ。
意外に、と言ってはなんだが、現実思考が出来るのは良い事だと思う。
「異世界人という一括りでは処理していないようですよ。あくまでもその中の一部として処理したようです。特に他の者には何も無かったようですね。ただ、警戒対象とか、要注意者的な見方はされているかも知れません。これはあくまで私しの想像ですが」
その可能性はあるかな。具体的な内容が分からないので、どれ位のレベルで目を付けられたかは不明だが、全く目を付けられていない可能性は少ないかも。
それから3日後に他の件に混ぜて、新情報は無いか聞いたが無かった。
そんな濃い13日間を経て、ランクがWになった事で新たなクエストを受けられるようになった。
その名も『鎧猪肉の入手』クエストだ。鎧猪はその名の通り、アルマジロのような硬い皮膚を持つ猪で、街の西に有る森林地帯に多く生息しており、そこを縦断している王都へと至る西街道にも時折現れる魔獣だ。
そして、西の森林地帯ほどでは無いが、北西の草原にも一部生息している。
一頭当たりの買い取り価格は、個体差でバラツキはあるが100~150ダリほどにはなる。当然重いので、部位ごとに切り取って持ち帰る依頼もあるが、依頼料は低くなる。
一頭丸まる持ち帰るには、通常それなりの人数と、手間が掛かる。しかし、俺たちには瞬のゴーレムがある。ゴーレムを使えば運搬は問題ない。
実はこの依頼、以前から目を付けていたんだよ。色々と俺たちに合っている依頼だったからね。
ただ、この依頼の条件がランクW以上だった為、受けられずにいた。だがそれも問題なくなった。
そして来ました北西草原。
この草原は、北は『海』の近くまで、西は西の森林地帯まで続いている。北西に突っ切れば白蕩木の森になる。
草は膝丈ほどの細長い牧草となるもので、これを刈り取るクエストも存在するが、依頼料は安い。ただ、この依頼のおかげで、西街道沿いはそれなりの範囲草が刈られ見通しが良くなっている。
逆に言えばそれ以外は見通しが悪いと言う事になる。事実、葛蛇や、角ウサギ、砂ネズミなどが草や岩の陰から飛び出す事がままあった。
全て単体でも、ある程度の集団でも問題の無い相手ではあるが、不意を襲われれば関係なく死ぬるのだ。
残念ながら漫画のように、殺気や気配が分かるような訳も無い。
だから、俺たちはいつものように瞬のウッドゴーレムを先行させ、ある程度蛇行させながら進んでいく。
ゴーレムに反応して襲いかかったら、ゴーレムで処理出来る際はそのままゴーレムに持たせた剣で殺し、数が多い場合は俺が出て対処する。
ちなみに、このゴーレムは宿から歩かせてきている。理由は、現場で手頃な木が見つかるか不明なので初めから持って行こう、と言う考えだ。
なら、ウッドでは無くサンドゴーレムにすれば、と思うかも知れないが、サンドゴーレムは一度リンクが切れると崩壊する、それを再度形成するには大きなMPが必要になる。
だから、リンクが切れても形を維持出来、再接続するだけで余分なMPを消費しないウッドゴーレムを使用している。
無論、これは、常時制御する際の維持MPが新たに形成するMPより遙かに少なく、1日持つ事が理由ではある。
そして、4日ほど前から、このウッドゴーレム『ウッちゃん』には長剣(中古)を持たせている。
サンドゴーレムより動作速度の速いウッドゴーレムならば十分に剣を扱えた。無論人間より遅い動作なのだが、守りが必要ない為、抱え込んでグサッ、抱きついてグサッである。
終いには、身体前面とかにナイフなどを埋め込んで『アイアンメイデン』ってのも有りか?などと考えてたりもする。
だから、葛蛇が毒牙でかみつこうが、気にせずザックザック。砂ネズミが集団で群がって噛みつこうが、剣で払い落として踏み踏み。
角ウサギは激突を受けたまま抱え込み、倒れたままグッサグッサとなる。
正直俺の出番は少ない。北西草原へと入って1時間で3回しか戦闘をしていない、楽で良い。
そして、俺たちが鎧猪を発見したのは、草原に入ってから2時間半が経過した頃だった。
「はじめさん! あれそうじゃないですかぁ」
初めに見つけたのは瞬で、指さす先は何本かの低木が生い茂っている木の間、よく見ないと岩の様だか間違いなく生き物。
体色、大きさからして多分鎧猪で間違いないと思う。
「予定通り行くぞ」
俺はそう言うと、4枚の『符』を手に移動する。瞬は『ウッちゃん』を一時止め、周囲の確認に移る。
そして、俺は『ウッちゃん』の位置に4枚の『符』を設置し、20メートル程下がる。
瞬は『ウッちゃん』を『符』の直ぐ後ろに立たせる。そして、俺は剣を抜き、左手に抜いたナイフとぶつけ大きな金属音を出す。
60メートルは離れていた鎧猪だが、この音に気付き首を上げる。そして数秒のタイムラグの後に、『ウッちゃん』へと真っ直ぐに突っ込んでくる。
俺は、『ウッちゃん』と鎧猪を結ぶ直線の斜め横から見ながら、鎧猪が『符』を設置した場所へ来るのを待つ。
そして、鎧猪がその場所の直前に来た所で、先ず『凸符』を起動させ鎧猪の目前に直径1.5メートル高さ1.5メートルの土の柱を飛び出させる。
その柱に突っ込んだ鎧猪がたたらを踏んだ所に2枚の『凹符』を起動し、柱と同サイズが2つつながり8の字になった穴を作り、それに鎧猪を落とした。
鎧猪が落下したのを見計らい、最後の『冷凍符』を起動し、剣を持って警戒しつつ穴へと走った。
穴に着くと、全長1.7メートル程の猪が穴の中でもがいている。最後に起動した『冷凍符』は効果があったらしく、身体の側面が地面と一緒に凍り付いており、起き上がれずにジタバタと暴れている。
「やりましたね。後は肉を痛めないように、鎧の隙間にグサーッですね」
横に来た瞬も周囲の警戒をしながらそう言ってきた。
おれは、瞬が連れてきた『ウッちゃん』から長剣を取り、それを暴れる鎧猪の首にあるシワのようになった硬化した皮膚の隙間にあてがい、体重を掛けて一気に差し込んだ。
鎧猪から最後の断末魔と言う言葉がこれほど似合うか、と思えるような豚に似た声が上がり、それも数瞬で終わった。そして鎧猪の動きは止まった。
念のため、長剣を抜き、その剣先を見開かれた右目に突き立てて見るが、鎧猪に変化はなかった。
「へんじがない、ただのしかばねのようだ」
何か瞬が言ってるが無視。何か言いたそうな目でこちらを見るがスルー。
とりあえず、その鎧猪はそのままにしておき、先ほど鎧猪がいた木の所へ二人で向かう。
そこにあった木は高いもので2メートル程で、太さも根元でやっと10センチと言う小さなものばかりだった。
「シュン、いけそうか?」
俺が尋ねると、瞬は木をナイフで何度か叩いて強度を見る。
「多分大丈夫だと思いますよー、でも再利用とかは無理ですねぇ、乾くまでほっといて後は薪ですね」
そう言うと、一本の木をじっと見ながらゴーレム生成を実行。細かな枝が切れ、1メートル程の角材になる。
以降同様に6本の木を角材にし、その上で、その角材を更に変形させ直径40センチ程の車輪が4つ付いた台車を作り出す。
板は使用されておらず、骨組みだけで作られたモノで、前後左右には10センチ程の高さの柵が設けてある。そして、リヤカーの引き手のような木が前部に伸びている。
手直しも含めて、計10分ほどで完成させた。ゴーレムは便利だ。以前、瞬がゴーレムチートがどーたらと言っていたが、確かに使い方しだいでチートの名で呼んでも良いかもしれない。
だが、この世界では不遇職扱いなんだよな…
その完成した台車をリヤカーのように引き、飛び出た土の柱を目安に、先ほどの鎧猪がいる穴の側へ行く。
中の氷は完全に溶けているようで、それを確認した後、身体の中心辺りの地面との隙間に長剣を差し込み少し浮かせ、そのこに『凸符』を地面側に裏面が来るように入れる。
そして外に出て起動。穴の底から発生した柱で地面近くまで鎧猪を持ち上げる。地面と完全同じ高さまでは上がらなかったが、後は人力+『ウッちゃん』の力で上げ、そのまま台車にも積み込む。
後は、『ウッちゃん』に台車をひかせ、難所は俺が押す形で街まで運んだ。街道辺りで会う人たちも、そのウッドゴーレムが引く変な台車には驚いていたが、街中でもかなり目立っていた。
そして、冒険者協会の大モノ用搬入口に運び込み、窓口手続きをした。これ一匹で120ダリで、他の魔石売却も合わせ 143ダリが今日の収入となった。
収入は、ここのところ恒例の冒険者標章を使った協会貯金へ、半額ずつに分けて二人の口座へ振り込んだ。
冒険者協会による、銀行業務はありがたい。手数料は発生するけど、盗まれる心配は無いし、同国内の支部ならどこでも入金・引き出しが出来る。
これも、冒険者標章のメモリーカード的なデーター入出力機能があるおかげだね。
その上、その技術が、冒険者協会本部に秘匿されている技術で、他の者に手出し出来ないという事は大きな安全となっていると思うよ。
今日は143ダリを得た訳だが、1日に130ダリ以上収入があれば、宿代(食事代2食分含む)が2人で30ダリ、昼食も入れても33ダリ。100ダリほどの余裕が生まれる事になる。
毎日このように行くとは限らないし、天候で不可能な事もあるだろうが、この金額を目安に今後はやっていくつもりだ。
その上で、一応は帰還の方法は探す。だから、王都にも一度は行ってみたいのだが、バカ達が騒ぎを起こしたので、面倒になる可能性もあるので躊躇している。
王都の件はもう少し様子を見るしか無いか…
何はともあれ、当分は鎧猪を狩って狩って狩りまくる予定だ。
その上で貯金がある程度貯まったら色々行動を移そうか。うん。焦らず行くさ。