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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
7/99

5、魔法と終身刑

お題:見憶えのある終身刑 制限時間:1時間 (http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=187156)を加筆修正したものです。

 それは、ある意味で終わりだった。



 ※



 依頼の電話は途中で切れてしまった。公衆電話からの電話であったので、おそらく手持ちの10円玉が切れた何かだろう。

 電話の主は男の子で、小学生くらい。事務所の古い壁掛け時計はちょうど17:00くらいであり、良い子はお家に帰る時間である。


 幸い電話が途切れる前に出向く場所は聞いてある。最近の傾向なのか、どうもすぐさま来てほしいという依頼主が多すぎる。性急に生き過ぎているのではないかと思わざるをえない。無論、鍵屋という職業についている以上、僕は依頼主に従って鍵で扉を開けるだけである。

 妙なことに、依頼主の男の子は何の鍵を開ければ良いかは教えてはくれなかった。いや、こういうことは今までなかったわけではなかったのだが、今回は漠然とした何かを感じたのである。



 ※


 指定された場所というのは数週間前に殺人事件が起こったばかりの公園だった。しかし、その殺人事件というのは全くニュースになっていない。よって近隣住民は、ここでナイフを持った男がセーラー服の少女を刺殺し、その後誰にもばれないように死体を処理したなんていう事件は知らない。懐から懐中時計を取り出すと、ちょうど17:30頃だ。人は疎らだが、まだやんちゃな子供たちが遊んでいる。僕のような大人はどうも浮いているようだ。


 と、ここで背後から背中を突かれた。振り向くと、小柄で生意気そうな顔をした男の子がこちらを睨んでいる。この寒い季節だというのに、白のタンクトップに灰色の短パンという出で立ちである。


「お前、鍵屋だろ。俺、さっき電話したんだけど」

「知っています。貴方が依頼主ですね」


 尋ねると男の子は首を上下にブンブン振った。


「さっき、10円切れちゃったんだ。こっち来て」


 男の子はひどく不愛想にそう言うと、公園の茂みをかき分けていき、奥へと進んでいった。足元のブーツに泥がこびり付くのは特に問題ではなかったが、新調したばかりコートがあちこちで枝に引っ掛かるのはいただけなかった。安物のコートだが割と気に入っていたのに。



 しばらくその茂みをかき分けていると、少し開けた場所に出た。土の地面に段ボールの建物があり、簡素ではあるが屋根も付いている。多少強い雨風程度なら防げそうだ。


「入れよ」


 どうやら僕は、この男の子の秘密基地に招かれたらしい。土足で良いようなのでそのまま上がらせてもらう。湿った土の匂いがする。どこから拾ってきたのか、空き缶や鉄パイプ、ボロボロの雑誌や自転車の呼び鈴など大人からしたらガラクタにしか見えないような色々なものが置いてある。その一角にタオルを敷き詰めたバスケットがあり、中には黒い塊が入っていた。男の子がそれを大事そうに抱き上げる。


「コイツの鍵を開けてくれ」


 黒猫だった。やせ細り、舌を出して荒く呼吸をして、耳は垂れている。目もようやく開いているというありさまである。毛並みも少々乱れているようだ。

 男の子から猫を受け取り、見つめる。


「鳴いてみろ」

「え?にゃー?」

「いや、そうじゃなくて、コイツに言ったんです……さあ、鳴いてごらん」


 僕は猫を見つめながら言うが、どうにも反応が薄い。まずいな、と思う。


「コイツに名前はありますか?」

「ない。あった方が良いのか?」

「あった方がありがたいが、ないなら良いです」


 あった方がまだ対処のしようがあったのだが、そんなことを言ったところでどうしようもない。


「名前はない方が良いと思う」


 男の子がぽつりと言う。 


「どうして?」

「だってコイツが元気になったとき、別れるのがツラいから」

「飼ってやれば良いのでは?」

「ここじゃ狭いしさ。うちはマンションだから飼えない」


 閉じ込めたらかわいそうだから、と男の子は言う。僕は黙っていた。








 にゃー……








 その時微かだが、確かに猫の鳴き声を聞いた。


「鳴いた!!」


 男の子も歓声を上げる。


「ああ、鳴きましたね」


 僕は猫が鳴いたのを確認すると





 依頼主の後頭部を軽く殴って気絶させた。



 ※


「お前の治療のおかげで助かった。一応礼を言うとしよう。ありがとうな、できそこないの魔法使い殿」

「魔法使いなんて呼び名はやめてくれないか。鍵屋で良い」


 さっきまで衰弱しきっていた黒猫は、僕に頭を下げた。横たわったままの男の子の頭の脇に立っている。


「しかし何も気絶させることはなかっただろうに」

「言葉を喋る猫なんて、事情を知らない人間に見せるわけにはいかない。それにもうじき目を覚ますはずだ」


 僕は肩を竦める。


「このまま死んでも良かったんだがな、オレは」


 猫はフンと鼻で笑う。段ボールの床を爪でカリカリと掻いている。


「生きるってことは世界に閉じ込められた終身刑と同じだからなあ。そうは思わないか?」 

「賛成できない考えだが、理解できなくはない」


 僕は正直に答える。すると


「やっぱりお前は魔法使いではなく鍵屋なんだな」


 猫は笑った。


 ※



 それは、ある意味で終わりだった。

 それは、死んでいく日々の終わりだった。

 

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