20、魔法少女と出会い
お題:燃える姫君 必須要素:海老のしっぽ 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=189575)を加筆修正したものです。
子どもの頃、私は魔法の存在に憧れていた。
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幼い頃、友達が持っている光る魔法の杖や変身アイテムなどのおもちゃを見て羨ましいと思っていた。
というのも、私の両親はそう言った、いわゆる魔法を連想させるものを私に決して買い与えることはなかったからである。幼稚園や学校で友達が魔法少女アニメの話をしているのを私はただ曖昧に笑って聞いていることしかできなかった。両親はとにかく魔法を徹底的に避けたがったのだ。
そんな私が魔法を連想させるものに触れる機会は、母方のおばあちゃんの家に遊びに行ったときくらいだった。というのも、母方のおばあちゃんがまさにその魔女だったからである。
おばあちゃんも一応我が家の教育方針を知ってはいたけれど、両親に内緒でよく魔法少女のアニメを見せてくれたり、アニメのグッズを買ってくれたりした。そして時々おばあちゃんの魔法を見せてくれたりもした。“秘密だよ”とこっそり笑いながら。私はその秘密の共有がとても嬉しくて、とてもドキドキしたんだ。
母方の一家は魔法使いの家系で代々みんなそういう力を持っていたのだけれど、得体の知れない力というのはやはり恐ろしいものだと思うのが人の性のようで、私がまだ幼い頃、周囲に住む人間からは村八分のような扱いを受けたこともあったそうだ。父は母のそのような事情を知ってか、あるいは極度な現実主義者だからなのかいつも繰り返し“常に現実を見るようにしなさい”と私に言い聞かせていた。
魔法が現実にある以上、それが無意味な主張であると私は知っていたのだけれど。
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今から3年くらい前、一人でおばあちゃんの家に遊びに来た時のことだ。当時高校生だった私はおじいちゃんが亡くなって独り暮らしになってしまったおばあちゃんを元気づけようと頻繁に家に通い詰めていた。当時の彼氏にも“お前、おばあちゃんっ子なんだな”と苦笑されるほどである。
とにかくそんなある日だ、私が黒い男に会ったのは。
冬に入ったばかりで、やっと息が白く濁るかどうかという晴れの日に私とおばあちゃんは近くの商店街で買い物をしていた。今夜の夕食は何にしようか、少し寒くなってきたから鍋にしよう、なんて話をしながら歩いていると、ふいに違和感を覚えた。
それは、視界に靄がかかったような、不自然に空気が揺れたような感じだった。
「どうしたんだい?」
「……何でもないよ。大丈夫」
おばあちゃんの問いに一拍遅れて答える。どうしたのかよく分からない。
しかし、またすぐ空気が揺らいだ。眩暈だろうか。
視界の端で何かが動く。商店街から細い路地を入ったところだ。私は買ったものを持ったまま駆け出し、路地に入る。
「どうしたんですか?」
私はついそう尋ねていた。そこには得体の知らない男が俯き加減で座り込んでいた。黒いコートを着こみ、黒いマフラー、黒いズボンに、黒いブーツと、すべてが黒づくめだ。足と手は力なく投げ出されている。私の声に応えるように彼は顔を上げたが、その顔も今にも死んでしまうんじゃないかと思うくらい真っ青だ。
どうにかしなくちゃいけない、助けなきゃいけない。とっさにそう思った。
「君は……僕が、見えるのか?」
「何を言ってるの?!貴方はここにいるじゃないですか!」
私は思わず怒鳴ってしまった。男の声にも力はなかった。手を握ると、生きているとは信じられないほど冷たい。
少し遅れておばあちゃんが路地に駆け込んでくる。
「おばあちゃん!どうしよう!!この人……!!助けて、おばあちゃん!!」
何故だろう。おばあちゃんは私の言葉を聞いていないように見えた。それどころか無視して、男の傍らにしゃがみ込む。そして尋ねた。
「いきたいのかい?」
「何言ってんのおばあちゃん!?早く助けないと!!」
おばあちゃんはひたすら男を見る。
「お前はいきたいのかい?」
質問が繰り返される。男もおばあちゃんの目を見つめているようだった。私は喚くのを止めた。意味がないし、何より邪魔をしたくなかったのだ。
男は、微かな息でそれに答えた。
※
鍋は煮えていた。おばあちゃんお手製のつゆの香りが部屋に立ち込める。はくさい、鱈、エビ、肉団子、しらたき、豆腐……食材は量も豊富だ。
私の隣で、すごい勢いでそれを平らげていく人間がいた。煮えた傍からすべて食べていく。エビに至っては頭からしっぽまで殻ごとバリバリと食べつくしている。食材を多めに買っておいて良かったと心中胸を撫で下ろした。
「ごちそうさまでした」
男がそう言って手を合わせた頃には、今日買ったもののほとんどが彼の胃袋に収まった後だった。
「さて、お前は何者なんだい?」
おばあちゃんは、男の素性を知らぬままこうして彼をもてなしたようだ。てっきりおばあちゃんがいつもの魔法のような力で彼のすべてを暴き出した上での行動だと思っていたのに。
「他ならぬ孫の頼みだからね」
おばあちゃんは私の心中を察してかそう意地悪く笑って見せた。私は思わず頬を膨らませて怒りの意を示す。おばあちゃんが暴き出したのは、男ではなく私だったということみたい。
でも、孫の頼みだから助けたのだろうか。だとすれば、何故すぐに助けないであんな質問をしたのだろう。
「でもどうして」
「僕が分からなかったから、ですね?」
思わず口について出た質問には、男が答えた。言葉はおばあちゃんに向けられていた。
きっとこの男も魔法使いなのだろうと私は思った。根拠はない。女の勘だ。
「それもあるけれど、もう一つ。助かりたくないと思っている人間を助けてやれるほど私も人ができているわけではないんだよ」
柔らかい笑顔で、おばあちゃんは時たまこんな風に恐ろしいことを言う。しかし男は納得したように頷いた。
「僕が何者なのか名乗ることができれば良いんですが、生憎名乗る名を持ち合わせていません。ただ……」
「お前は生きたいと願ったんだ。それで十分だよ」
おばあちゃんは、言った。
こうして、黒い男は数週間、おばあちゃんの家に居候することになったのである。
※
「そろそろ彼氏が来る時間なので失礼します!!」
先輩と別れた私は、急いで独り暮らししているアパートまで帰ると手料理の下ごしらえを始めた。彼に料理を作ってあげるときはとても気合いが入る。エプロンをつけて、腕まくりをして。燃えるようなやる気が溢れてくるようで。
今日はとびきり寒いので鍋を作るつもりだ。一度、先輩が家に来たときに鍋を振舞ったことがあったが“何か苦いな。甘さが足りなくないか?”と砂糖を大さじ5杯足された。“どうしておばあちゃんの家に初めて来たときは砂糖を入れなかったんですか?”と意地悪で訊いたら“そんな余裕はなかったし、必死だったから”と返された。
コンロの上で鍋から香りが立ち込めた。なんだか焦げ臭い気もするけど、たぶんちょっと香ばしいだけだろう。
私はお腹を空かせた彼を想いながら、鍋の隠し味としてマヨネーズとケチャップと酢を入れた。
fin.