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咲く、花


  


 朝《あさ》の光《ひかり》が差《さ》し込《こ》む投馬《とうま》の宮《みや》に、忙《せわ》しなく侍女《じじょ》たちが行《い》き交《か》う。


 その中《なか》で――ひときわ背《せ》の高《たか》い少女《しょうじょ》がいた。



 侍女《じじょ》のサク、十四歳《じゅうよんさい》。



 宮仕《みやづか》えになって、まだ日《ひ》が浅《あさ》い。


 サクは自分《じぶん》の背《せ》の高《たか》さが昔《むかし》から嫌《いや》だった。


 少《すこ》しでも目立《めだ》たないように。


 少《すこ》しでも大《おお》きく見《み》えないように。


 若《わか》い葦《あし》のようにひょろりと伸《の》びた身体《からだ》を、いつも小《ちい》さく縮《ちぢ》こまらせるようにして歩《ある》いている。


 自分《じぶん》でも、陰気《いんき》に見《み》えるだろうな、と思《おも》う。


 けれど、仕方《しかた》がなかった。


 村《むら》にいた頃《ころ》から――



『でかい娘《むすめ》だなあ』



『そんなんじゃ嫁《よめ》の貰《もら》い手《て》も逃《に》げてくぞ』



 などと言《い》われ続《つづ》けてきた。


 だから、せめて小《ちい》さく見《み》えようと、気《き》が付《つ》けば身体《からだ》を丸《まる》める癖《くせ》がついていた。



 サクは人《ひと》と目《め》を合《あ》わせるのも苦手《にがて》で、要領《ようりょう》も良《よ》い方《ほう》ではない。


 どうしてこんな自分《じぶん》が宮仕《みやづか》えなどしているのか、いまだに不思議《ふしぎ》に思《おも》う。


 別《べつ》に、好《す》きで来《き》たわけではない。


 全部《ぜんぶ》、母親《ははおや》のせいだった。



『どうせ嫁《よめ》に行《い》くなら、役職《やくしょく》のある男《おとこ》じゃなきゃ』



『宮《みや》なら偉《えら》い男《おとこ》が大勢《おおぜい》いるんだから』



『運《うん》が良《よ》ければ玉《たま》の輿《こし》だって夢《ゆめ》じゃない』



 そんなことばかり言《い》っていた。



 母親《ははおや》は妙《みょう》に顔《かお》が広《ひろ》く、宮《みや》にも伝手《つて》がある。


 最近《さいきん》は宮中《きゅうちゅう》の侍女《じじょ》だった娘《むすめ》が、なんと王《おう》の后候補《きさきこうほ》にまでなったという話《はなし》を聞《き》きつけてきた。



『今《いま》が好機《こうき》だよ!』



『その娘《むすめ》にできたんだ。あんたにだって分《わ》からないじゃないか!』



 そうして、なかば無理《むり》やり、サクは宮《みや》へ押《お》し込《こ》まれた。



 もっとも――


 最近《さいきん》は、そういう娘《むすめ》は珍《めずら》しくないらしい。



 王《おう》が若《わか》く、未《いま》だ独身《どくしん》。


 しかも見目《みめ》も良《よ》いとなれば、あわよくば、娘《むすめ》を側仕《そばづか》えにしようと宮《みや》に出《だ》す家《いえ》が増《ふ》えるのも当然《とうぜん》なのだろう。


 もちろん、サク自身《じしん》にそんな大層《たいそう》な野心《やしん》があるはずはない。


 けれど。


 家《いえ》に残《のこ》ったところで、



『でかい図体《ずうたい》ばかりで役《やく》にも立《た》たない』



『まったく誰《だれ》に似《に》たんだか』



 という母親《ははおや》の愚痴《ぐち》を毎日《まいにち》聞《き》かされる。


 それを思《おも》えば、宮《みや》にいた方《ほう》が、幾分《いくぶん》か息《いき》が吸《す》えるかもしれないが。



「はぁ……」



 思《おも》わず、ため息《いき》が漏《も》れた。



「またため息《いき》?」



 ぱっと横《よこ》から声《こえ》が飛《と》んだ。


 飛《と》び上《あ》がりそうになったサクの横《よこ》で、くすくす笑《わら》っているのは、ミツだった。


 人懐《ひとなつ》っこい笑顔《えがお》。


 口《くち》を開《ひら》けば、宮中《きゅうちゅう》の噂話《うわさばなし》が次《つぎ》から次《つぎ》へ飛《と》び出《だ》してくる、お喋《しゃべ》り好《ず》きな先輩《せんぱい》だ。



 その日《ひ》も、米倉《こめぐら》から籾《もみ》の入《はい》った袋《ふくろ》を運《はこ》びながら、二人《ふたり》で炊事場《すいじば》までの道《みち》を歩《ある》いていた。


 ミツは相変《あいか》わらず、ぺらぺらとよく喋《しゃべ》った。



「東《ひがし》の炊事場《すいじば》の婆《ばあ》さんには逆《さか》らっちゃ駄目《だめ》よ。あの人《ひと》、怒《おこ》ると怖《こわ》いから」



「は、はい」



「あと、魚《さかな》の下処理《したしょり》してるタケさん。見《み》た目《め》は怖《こわ》いけど優《やさ》しいから、困《こま》ったら頼《たよ》るといいよ」



「はい……」



「――なんかでも、こうしてるとアサのこと思《おも》い出《だ》すなぁ」



 その名《な》が出《で》た瞬間《しゅんかん》。


 サクの耳《みみ》がぴくりと動《うご》いた。



 ――アサ。



 あの噂《うわさ》の。


 ただの侍女《じじょ》の身《み》でありながら、王《おう》――ミナギ様《さま》に見初《みそ》められ、后候補《きさきこうほ》にまで登《のぼ》りつめたという娘《むすめ》。



 背中《せなか》を丸《まる》めていたサクが、弾《はじ》かれたように身《み》を乗《の》り出《だ》した。



「ミ、ミツさん!」



「うわっ」



「ミツさんって、アサ様《さま》と親《した》しかったんですか!?」



 目《め》をきらきらと輝《かがや》かせ、ぐいっと顔《かお》を近《ちか》づける。


 普段《ふだん》のおどおどした様子《ようす》からは考《かんが》えられない勢《いきお》いだった。



「近《ちか》い近《ちか》い」



 ミツは思《おも》わず笑《わら》った。



「うん。仲良《なかよ》かったよ」



「すごい……!」



 サクは感動《かんどう》したように息《いき》を呑《の》む。



「じゃ、じゃあ、アサ様《さま》ってどんな方《かた》なんですか!?」



 興奮《こうふん》を隠《かく》しきれない様子《ようす》で尋《たず》ねる。



「どんなって――」



 そんな反応《はんのう》がおかしくて、ミツはくすりと笑《わら》った。



「きっと、ものすごく綺麗《きれい》な方《かた》なんだろうなぁ……」



 一瞬《いっしゅん》。


 ミツがぽかんとした。



「へ? 綺麗《きれい》?」



「息《いき》を呑《の》むような、天女《てんにょ》のような絶世《ぜっせい》の美女《びじょ》なんですよね……? 歩《ある》けば花《はな》がほころぶような――」



 次《つぎ》の瞬間《しゅんかん》。



「ぶっ!」



 吹《ふ》き出《だ》した。



「あははははは!」



「えっ?」



「あはははっ! だって! アサが! 天女《てんにょ》って!」



 ミツは腹《はら》を抱《かか》えて笑《わら》っている。



「いや、可愛《かわい》いっちゃ可愛《かわい》いんだけどさ!」



 サクは、おそるおそる口《くち》を開《ひら》いた。



「その……傾国《けいこく》の美女《びじょ》、みたいな……」



「ないないない!」



 また大笑《おおわら》い。



「むしろ普通《ふつう》! すっごい普通《ふつう》!」



「えぇ……?」



「よく食《た》べるし、よく笑《わら》うし、失敗《しっぱい》するし、慌《あわ》てまくるし! すごーく普通《ふつう》の子《こ》だからね?!」



 それを聞《き》いたサクは、唖然《あぜん》とした。


 あまりにも意外《いがい》な話《はなし》に、しばし言葉《ことば》を失《うしな》う。



 だって。


 王《おう》であるミナギ様《さま》は――


 陽《ひ》の光《ひかり》の下《もと》で、真《ま》っすぐ立《た》つ姿《すがた》は凛々(りり)しく。


 目下《めした》の者《もの》に声《こえ》を掛《か》ける穏《おだ》やかな顔《かお》は美《うつく》しく。


 兵士《へいし》たちが頭《こうべ》を垂《た》れるのも当然《とうぜん》と思《おも》えるほど、堂々(どうどう)としていて。


 サクは、遠《とお》くからその姿《すがた》を見《み》ただけで胸《むね》がどきどきした。



(かっこよかったなぁ……)



 だが。


 そんな王《おう》の心《こころ》を奪《うば》ったのは、雲《くも》の上《うえ》の仙女《せんにょ》などではなく――自分《じぶん》たちと何《なん》ら変《か》わらぬ泥臭《どろくさ》い娘《むすめ》だったというのか。


 信《しん》じがたい現実《げんじつ》に頭《あたま》が追《お》いつかず、立《た》ち尽《つ》くすサクの隣《となり》では。



「あー、おかしい!」



 ミツがまだ笑《わら》っている。




 そんなやりとりをしながら、炊事場《すいじば》の傍《かたわ》らの井戸《いど》の近《ちか》くまで来《き》た途端《とたん》――



「朝《あさ》っぱらから、ずいぶん賑《にぎ》やかだね」



 ふいに、平坦《へいたん》な声《こえ》が落《お》ちてきた。



 井戸《いど》の傍《かたわ》ら。


 桶《おけ》を逆《さか》さにした台《だい》に、若《わか》い宮兵《みやへい》が一人《ひとり》腰《こし》掛《か》けていた。


 小柄《こがら》だが、どこかすました顔《かお》で、落《お》ち着《つ》いた雰囲気《ふんいき》を漂《ただよ》わせている。


 手《て》には木皿《きざら》。


 その上《うえ》には稗団子《ひえだんご》が乗《の》っていた。


 もぐもぐと頬張《ほおば》りながら、いかにも優雅《ゆうが》に休憩《きゅうけい》している。



 それを見《み》た途端《とたん》――


 ミツが露骨《ろこつ》に顔《かお》を顰《しか》めた。



「チガヤじゃん。またサボってんの?」



「見回《みまわ》り中《ちゅう》だよ」



 チガヤと呼《よ》ばれた兵《へい》は、団子《だんご》を咀嚼《そしゃく》しながら平然《へいぜん》と言《い》ってのけた。



「堂々(どうどう)とサボってんじゃん!」



 ミツの鋭《するど》い突《つ》っ込《こ》みが飛《と》ぶ。


 だが当《とう》の本人《ほんにん》は、まったく動《どう》じる様子《ようす》もなく、二《ふた》つ目《め》の稗団子《ひえだんご》に手《て》を伸《の》ばしている。


 ミツは呆《あき》れたように、ため息《いき》を吐《つ》いた。



「あんた、また食《た》べ物《もの》分《わ》けてもらって……」



 じとりとした目《め》で、チガヤを睨《にら》む。



「まったく、ヨネさんたちもチガヤには異様《いよう》に甘《あま》いんだから……」



 そして、サクの方《ほう》を向《む》くと、くいっと親指《おやゆび》でチガヤを指《さ》した。



「こいつ、宮兵《みやへい》のチガヤ。たまに炊事場《すいじば》にふらっと現《あらわ》れては、食《た》べ物《もの》をせしめていくんだよね」



「人聞《ひとぎ》きの悪《わる》い……」



 チガヤは、わざとらしくため息《いき》をついた。



 ふいに、その涼《すず》やかな視線《しせん》が、ミツの背後《はいご》で縮《ちぢ》こまっているサクへと向《む》けられた。


 サクの胸《むね》が、どきりと鳴《な》った。


 まだ少年《しょうねん》の面影《おもかげ》を残《のこ》す、あどけない顔立《かおだ》ち。


 その中《なか》で、妙《みょう》に落《お》ち着《つ》いた眼差《まなざ》しだけが、不思議《ふしぎ》なほど印象《いんしょう》に残《のこ》った。




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