第41話:鉄片の一撃 ――門番の刺客と、削り出す道――
紫禁城の外門が見えた。
昼間だった。観光客が門の前を行き交っていた。しかし外門の端、一般客が立ち入らない石壁の脇に、別の入口があった。王寒石が地図に記していた場所だった。
蓮とリンは石壁沿いに歩いた。
「匂いはするか」とリンに聞いた。
「……人の匂い。二人。石壁の向こう側に」
「動いているか」
「動いていない。待ってる」
蓮は止まった。
石壁の角を曲がると、二人が立っていた。
白い服だった。33話の山道で会った者たちとは違う。もっと静かな立ち方をしていた。手に何も持っていなかった。しかし体の重心が低かった。戦う準備をしている人間の立ち方だった。
「止まれ」と一人が言った。
「通してくれ」
「通せない。覇王様の命令だ」
蓮は二人を見た。
麒麟会の刺客だった。料理人ではなく、戦闘を専門とする者だった。
「料理で勝負する」と蓮が言った。
二人が顔を見合わせた。
「料理で?」
「そうだ。俺が作ったものを食べて、それでも通せないなら引き返す」
一人が笑った。
「包丁も持っていない者が何を作る」
「これで作る」
腰のボロ布から、鉄片を出した。
石壁の前に、小さな広場があった。
蓮は荷物から小麦を出した。水を加えて練り始めた。
二人の刺客は動かなかった。見ていた。料理人が包丁もない状態で何かをしようとしている様子が、理解できなかった様子だった。
リンが水を探しに行った。近くに水道があった。持ってきた。
蓮は生地を練った。
山西でやったことと同じだった。水と小麦だけ。塩を少し。手の温度で生地が変わっていく。
携帯用の小鍋を出した。固形燃料で湯を沸かした。
刺客の一人が近づいてきた。
「本当に作るつもりか」
「そうだ」
「覇王様の刺客を、料理で止められると思っているのか」
「思っている」
刺客は少し考えてから、元の場所に戻った。
湯が沸いた。
左手に生地を乗せた。右手に鉄片を持った。
生地の状態を確かめた。山西よりも少し固かった。北京の空気が乾いているからだった。水分が飛びやすい。削る時の力加減を変える必要があった。
鉄を当てた。
重みを使った。角度を調整しながら、生地の反応を手で感じた。薄く削れた一枚が湯に落ちた。
次を当てた。
また落ちた。
リンが鼻を動かした。
「小麦の匂いがしてきた」
「戻ってきているか」
「少し。ちゃんと戻ってきてる」
刺客の一人が、また近づいてきた。
今度は立ち止まらなかった。鍋の前まで来た。
湯の中で麺が踊っていた。不揃いの形だった。厚みも長さも全部違った。
「……これが料理か」
「そうだ」
「不揃いだ」
「そうだ」
刺客は鍋を見ていた。
蓮は老陳醋を少量加えた。荷物に入れていた辣油を少し垂らした。塩を足した。
麺を器に盛った。
刺客に渡した。
刺客は受け取らなかった。
「毒が入っているかもしれない」
「俺も食べる」
蓮は自分の器に移した。一口食べた。
酸が来た。辣油の熱が来た。麺の重さが来た。完全ではなかったが、それぞれが届いた。山西より確かに戻っていた。
刺客を見た。
「食べてくれ」
刺客は少し間を置いた。それから器を受け取った。
一口食べた。
動きが止まった。
噛んでいた。飲み込んだ。また一口食べた。
もう一人の刺客が近づいてきた。
「何を食べている」
「麺だ」
「渡せ」
最初の刺客は器を離さなかった。
「お前の分は自分でもらえ」
もう一人が蓮の方を向いた。
「俺にも作れるか」
「作る」
二人分の麺を作った。
二人とも食べた。
しばらく、三人とも黙っていた。
最初の刺客が口を開いた。
「……覇王様の料理は、いつも完全だ。一口目も最後も同じ味だ」
「この麺は違うか」
「違う。食べるたびに変わる。……不思議な感じがする」
蓮は何も言わなかった。
刺客は器を置いた。
「俺たちは覇王様の命令を受けている」
「わかっている」
「通すわけにはいかない」
「それでも通る」
刺客は蓮を見た。長い間見ていた。
「……お前の包丁は」
「奪われた」
「その鉄片だけで作ったのか」
「そうだ」
また沈黙があった。
もう一人の刺客が立ち上がった。
「俺たちは、この場所を離れる。三十分だけだ」
「なぜ」
「交代の時間だ」
それだけ言った。
二人は石壁沿いに歩いて、角を曲がって消えた。
リンが蓮を見た。
「行くの?」
「行く」
石壁の扉に近づいた。
鉄片を持った。
扉の閂に当てた。
重みを使った。閂の金具に鉄を押し込んだ。山西で生地を削った時と同じ感触だった。力ではなく、重みと角度で動かす。
金具が動いた。
閂が外れた。
扉が開いた。
中に入った。
石畳が続いていた。
紫禁城の内部だった。
リンが中を見回した。
「……覇王の匂いがする。下から来てる」
「地下だ」
「行くの?」
「行く」
蓮は鉄片を腰のボロ布に戻した。
扉を閉めた。
石畳を歩き始めた。
覇王がいる地下への階段を、探しながら。




