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四川の焔  作者: 水前寺鯉太郎
大陸遠征・八大料理試練編(北京編)

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第40話:無心の削り ――不揃いの木の葉と、命のリズム――

裏庭に鉄鍋があった。

 老人が出してくれた。湯を沸かした。

 蓮は生地を練った。水と小麦だけだった。塩を少し入れた。こねるうちに、手の温度が生地に移っていった。生地が柔らかくなった。

 リンが少し離れた場所に座った。

「鼻を使わないでくれ」と蓮が言った。

「わかった」

「俺が感じることだけで試したい」

 左手に生地を乗せた。

 右手に鉄片を持った。

 どう切るかを考えなかった。包丁を持っている時は、最初に刃の角度を決める。切る場所を決める。しかしこれは刃がない。角度も鋭さもない。ただ重さがある。

 生地の表面に鉄を当てた。

 重力に任せた。

 押し込んだ。

 一枚が剥がれて、湯の中に落ちた。

 次に当てた。

 少し角度を変えた。

 また一枚落ちた。

 形が違った。最初の一枚より薄かった。

 また当てた。

 鉄の重みが手の平に返ってきた。削るたびに、その返ってくる重さが少し変わった。生地の状態によって変わった。厚みのある場所では重くなり、薄い場所では軽くなった。

 その違いが、次にどこに当てるかを教えてくれた。

 数分かかった。

 最後の一枚を湯に落とした。

 茹で上がるのを待った。

 冷水で締めた。器に盛った。

 老陳醋を少量かけた。辣油を少し入れた。塩を足した。具は何もなかった。

 老人に渡した。

 老人は杓子で麺を探った。目が白濁しているから、形は見えていないはずだった。しかし杓子で触れることで、形の違いを確かめていた。

「不揃いだな」

「そうです」

「包丁でないから」

「鉄片で削ったから」

 老人は一口食べた。

 しばらく何も言わなかった。

「もう一口食べていいか」

「どうぞ」

 老人がまた食べた。

「……噛むたびに変わる」

 リンが器を受け取った。一口食べた。

「……変。食べるたびに違う感じがする」

「どう違う」

「厚いところを噛むと、重い。薄いところを啜ると、軽い。同じ麺なのに、違う食べ物みたいな感じがする」

 老人が言った。

「分厚い所は顎が喜ぶ。薄い所は喉が喜ぶ。……不完全だからこそ、体が次を探す。これを生きた味と呼ぶ」

 蓮は自分でも一口食べた。

 味がわかるかどうか、まだ不安だった。

 食べた。

 黒酢の酸が来た。それは確かにわかった。その次に、麺の重さが来た。厚い部分だった。噛むうちに、小麦の何かが来た。甘みというほど明確ではなかった。しかし何かがあった。

 完全にはわからなかった。しかし、何かが変わっていた。

「覇王の料理と逆だ」と蓮が言った。

「どういう意味だ」と老人が聞いた。

「覇王の料理は、一口ごとに全く同じだ。完璧に均一だから、次に何が来るか体が予測できる。予測できると、脳が感じることをやめる」

「この麺は」

「予測できない。だから体が次を探し続ける」

 老人は器を置いた。

「薫が言っていたことと同じだ。……彼女は、料理人が素材を支配するのではなく、素材が料理人に語りかける形を探していた。この鉄はそのための道具だと言っていた」

 蓮は鉄片を見た。

 形がなかった。どこが刃かもわからない。ただの四角い板だった。

 しかし削るたびに、生地から何かが返ってきた。重さの変化という形で、生地が何を望んでいるかを伝えてきた。

 七本の包丁を使っている時は、そういうことがなかった。包丁が鋭すぎて、蓮の方から決めていた。どこを切るか、何ミリにするか。全部蓮が決めて、包丁がそれを実行していた。

 この鉄片は逆だった。鉄片が決めない。生地も決めない。蓮が鉄を当てた時に、二つが会話するようなことが起きた。

「……母さんが、これを探していた理由がわかった」

 老人は何も言わなかった。

 しかし少しうなずいた。

「北京に戻る」と蓮が老人に言った。

「包丁なしで」

「そうです」

「この鉄片を持って」

「持っていきます」

 老人は少し考えた。

「……薫に、礼を言ってくれ」

「亡くなりました」

「知っている。それでも言ってくれ」

 蓮はうなずいた。

 醸造所を出た。

 太陽が低くなっていた。甕の並びが、長い影を作っていた。

 リンが歩きながら言った。

「あの鉄片、腰に差すの?」

「差す」

「包丁みたいに」

「そうだ」

「形が全然違うけど」

「わかってる」

 リンは少し考えた。

「でも、さっきの麺、おいしかった」

「そうか」

「うん。不揃いで変だったけど、食べるのが楽しかった。次にどんな感じが来るかな、って思いながら食べてた」

「それが目的だ」

「目的?」

「食べる人が、次を楽しみにする。それが、生きている味だと老人が言っていた」

 リンはもう少し考えてから言った。

「覇王に勝てると思う?」

「わからない。でも、やることは変わった」

「何が変わったの」

「七本の包丁を取り返すより先に、この鉄片で何ができるか確かめる」

 太原の駅に向かって歩いた。

 手の中に、山西の鉄の重さがあった。

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