表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四川の焔  作者: 水前寺鯉太郎
大陸遠征・八大料理試練編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/52

第17話:五虎星の地図 ――厦門の夜と、広州への出発――

市場が戻ってきた後、蓮とリンは港近くの食堂に入った。

 リンが「お腹が空いた」と言ったからだった。焼きそばを少し食べただけで、まだ足りていないのは見ればわかった。

 二人で向かい合って座った。麺を頼んだ。リンは来た瞬間に鼻を動かして、「これは本物」と言ってから食べ始めた。蓮はその様子を見ながら、ラオが去り際に言った言葉を考えていた。

 広州に行けばわかる。毒仙宗が、この子の過去を知っている。

「リン」

「なに」

「麒麟会に、何をされた」

 リンは麺を食べる手を止めなかった。

「味覚を焼かれた。子供の頃に」

「なぜ」

「嗅覚を強くするために。味覚を潰すと、嗅覚が代わりに発達するって、向こうの研究者が言ってた」

 蓮は何も言わなかった。

「痛かったけど、今は別にいい。おかげで匂いで色々わかるから」

 リンは麺を食べ続けた。

「父親を探してる、と言っていたな」

「うん。実験に使われたって聞いた。どこにいるかわからない。でも大陸のどこかにいると思ってる」

「広州に毒仙宗という人物がいる。あんたの過去を知っているかもしれない」

 リンは箸を止めた。

「……知ってる」

「知っているのか」

「名前だけ。あたしを実験した研究者が、宗の配下だった。だから広州には、いつか行かないといけないと思ってた」

 リンは蓮を見た。

「蓮は広州に行くの?」

「行く」

「一緒に行っていい?」

「最初からそのつもりだ」

 食堂を出た後、蓮は港の近くの宿を取った。

 部屋に入って、母の手帳を出した。大陸の地図が挟んであった。陳から受け取ったものだった。広州の場所を確認した。厦門から南に下る。船で半日ほどかかる。

 手帳のページをめくった。

 母が大陸にいた頃の記録が続いていた。料理の記録ではなく、移動の記録と、会った人物の名前が断片的に書いてあった。広州という地名が、一度だけ出てきた。

広州。宗という男に会った。笑顔の人間だった。だからこそ、信じるな。

 一行だけだった。

 蓮は手帳を閉じた。

 翌朝、港に行く前に、市場に寄った。

 昨日ラオがいた場所は、何もなかった。荷車も鍋も消えていた。地面に黒い粉末の跡が残っていた。

 隣の屋台の主人が声をかけてきた。昨日、蓮の焼きそばを食べた老人だった。

「昨日はありがとう。……あの男、前にも来たことがある。来るたびに、うちの仕入れ食材の香りが変わった。今日は戻ってるから、またちゃんとした物が売れる」

「そうですか」

「どこから来た」

「日本から」

 老人は少し驚いた顔をした。

「遠くから来たな。……どこへ行く」

「広州に」

「気をつけろ。広州は水が強い街だ。飲み込まれるな」

 老人は屋台に戻った。

 リンが蓮の隣に立った。

「水が強い街、ってどういう意味?」

「わからない。行けばわかる」

 船を待つ間、蓮はリンから麒麟会の話を聞いた。

 リンが知っていることは、蓮が知っていることより現場に近かった。大陸の各地で何が起きているか、どの街の食材に手が入っているか、麒麟会の動き方のパターンを、リンは自分の嗅覚で追ってきた記録を持っていた。

「五虎星って知ってる?」とリンが聞いた。

「名前だけ。大陸を五つの領域に分けて支配している五人だということは、ラオから聞いた」

「ラオが教えたの?」

「去り際に少し」

 リンは少し考えた。

「南の毒仙が広州にいる。東の絲王が上海にいる。北の氷帝が北京にいる。西の獄炎は四川の奥にいる。総帥は……わからない。どこにいるか、誰も知らないって聞いた」

「あんた、よく知っているな」

「匂いを追いかけてると、自然と情報が集まってくる」

 蓮は地図を出した。広州に印をつけた。

「毒仙から始める。あんたの父親の手がかりも、広州にある可能性がある」

「うん」

 リンは地図を見た。

「蓮、黒麒麟料理大会って知ってる?」

「知らない」

「広州で定期的に開かれる料理の大会。麒麟会が関係している。参加した料理人が、そのまま麒麟会の支配下に入ることが多い。……でも、逆に言えば、参加すれば内部の人間と接触できる」

「情報源になるということか」

「うん。今度の開催が近い。もし蓮が参加するなら……招待状が要る」

 蓮は少し考えた。

「招待状はどこで手に入る」

「広州に着けばわかると思う。あたしの鼻が、関係者の匂いを嗅ぎ分けられるから」

 船が来た。

 乗船した。甲板に出た。厦門の港が遠くなっていった。

 リンが手すりに両手をかけて、風に向かって鼻を動かしていた。

「何か匂うか」

「まだ厦門の匂い。潮と、市場のスパイスと、昨日の焼きそばの残り香」

「焼きそばの匂いがまだするのか」

「あたしの鼻には、ずっとする」

 蓮は海を見た。

 広州まで半日。毒仙宗、リンの父親、黒麒麟料理大会。向かう先に何があるかは、まだわからなかった。

 母の手帳の一行が、頭に残っていた。

笑顔の人間だった。だからこそ、信じるな。

 船が速度を上げた。

 厦門の灯りが、水平線の向こうに消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ