[第1話]バラ畑で迷子になりました!
殺戮少女は、もう戻れなかった。
超能力者を撲滅し、平和な世界を創る。
もう誰も、苦しまなくていいように。
だから、今日来た家族も、もちろん殺す。
超能力者の、『レオネード財閥』の一家。
どんな”幸せ”を見せつけられようが、引き返すつもりはない。
薔薇を優しく撫でた後、少女はその一歩を踏み出した。
*
レオネード令介は、赤いバラ畑に立ち尽くしていた。
目を見開いたまま、蝋人形のように固まっていた。
自分を包み込む薔薇々々の一つ一つが、美しすぎたのだ──。
令介はもう一度、深く息を吸った。
息を吐く頃には、その肩に手が置かれていた。
「──大丈夫ですか?」
「え……」
振り返れば初めて、薔薇以外のものを見た。
「ずっと立ち止まっていましたので。……あの、本当に大丈夫ですか? 汗、凄いですよ……?」
呆然と彼女を見つめてしまった。
黒いセーラー服。先っぽが極端に跳ねた黒髪おかっぱ。赤紫色に輝く瞳。若干濡れた顔……。
「それは、あなたもじゃないですか……?」
令介がまだ息を切らしながら尋ねると、少女は口角を上げた。
「……気づいちゃいました? 私も、ここまで走ってきたんです」
「なんだか、走りたくなるんですよね。ここ」
令介が同調を示すと、少女は「やっぱり」と言うように笑った。
「……このバラ畑、素敵でしょ?」
「えぇ。ちょっと怖いくらいですね」
令介も笑い、やがて二人は薔薇の中を歩き出した。
「……それにしても、本当に綺麗ですね。生まれて初めてです、こんなにたくさんバラ見たのは」
「そうですね。……私も、初めて見た時の感動は……まだ忘れてません……。父と、今と同じように歩いていました」
令介が、俯いた彼女の顔を覗き込む。
「……楽しかったですか? お父さんと歩くの」
少女はチラッと彼を見て、また顔を上げた。そしてただ正面を向き、遠くを見るような目を放つ。
令介は慌てて言葉を付け足そうとしたが、その前に少女が笑いかける。
「お気遣いなさらなくても、大丈夫ですよ。私、今、あなたと歩けてすごく楽しいです」
無垢であり、美しい笑顔だった。
「さ、あそこのベンチで、少し休みましょ?」
彼女が指を指した先を見る。少しだけバラ畑が開けたところに、茶色いベンチがあった。
近づいて見てみると、少し色の抜けた、傷だらけのベンチだった。
令介は、座るよう少女に促される。
「……それじゃぁ、失礼します」
腰を下ろした、その瞬間。
「……さようなら」
彼は食べられた。
ベンチの背後から現れた、巨大な食人植物。
上からかぶりつき、口を重く閉じた。
頭部を上げては、バリバリボリボリとベンチやら、肉やら骨やらをかみ砕く音を立てる。
その少女は、令介を食人植物に食わせた。
「……一人目」
そう呟く。
「……中古の生物兵器でこの有様。大したことなさそうね、天下の『レオネード財閥』も……!」
不気味な笑みを浮かべ、ひたすら噛み砕き続ける植物を見上げる。
「この調子なら、こいつの超能力も不発で──」
瞬間どこからか、破壊光線が植物を貫いた。
「……へ?」
直後、爆風が巻き起こり、広大なバラ畑全体を揺らした。
「な、なんで……!?」
少女は風に大きく吹き飛ばされると、バラ畑の中に落下していった。
「──おーい令介ー。大丈夫か?」
さややかな風の音と、父の声で目が覚めた。
「……ん……。……あれ、俺、何してたんだっけ……?」
令介は目覚めると、父、優介の顔を見る。
「……ん-、ヤバい植物に食べられてたんだがー、父さんが破壊光線で助けた」
優介は頭をかきながら説明した。相変わらずの、呑気な声色で。
「……はぁ?」
令介は目を擦り、辺りを見回す。
数多のバラの花びらが散乱しており、閑静な美しさがどこにもない。
「……あぁ、そうだ。さっきまで迷子になってて……」
そこまで言いかけて、令介はハッとする。
「……あの女の子は!? あの子も食べられたんじゃ!?」
令介は慌てて辺りを見回す。その顔にあるのは、純粋に”心配する”気持ちのみだった。
最後の彼女の言葉など、とっくに忘れていた。令介はそれほどまでに純粋で、親切な人間だった。
「え? 近くに人が……?」
優介の顔色も変わった時、彼らの背後に少女が立つ。
「──今度こそ、さようなら」
二人が振り返る間もなく、両手のナイフを首に刺そうとした。
これで本当に終わり。
少女は勝利を確信した。
*
「──で、なんであんなことになってるんだ……?」
殺し屋の木蓮が、困惑しながら尋ねる。
少女はムスッとした表情のまま、バラ畑を仲睦まじげに迷う二人を見下ろしていた。
風の吹き抜ける展望台。バラ畑を見下ろすために帰ってきた少女を、木蓮が出迎えた。
そして、少女はようやく口を開く。
「……息子の方に、普通にナイフ掴まれた。……そんで、『これで薔薇を切り裂いて歩くんですね!』とか父親が言って畑荒らされそうになったから、ナイフ奪って逃げてきた……」
少女は柵をガン、ガンと蹴っていた。
木蓮は古びた双眼鏡を撫でながら、「……そうか」と返す。
「……っていうか、なんなのよあの息子……! なんでバリバリボリボリされて生きてんの!?」
感情的に声を上げる少女。木蓮は「まぁまぁ」となだめる。
「超能力者ってのは、もともと頑丈なんだ。それが奴の”身体強化”の能力と交差した。確実に潰さなかったのが、まぁ、お前の落ち度だな」
冷静に、淡々と指摘され、少女はさらに不機嫌になる。
すると木蓮は少々表情を緩め、励ますように言った。
「まぁそれでも、お前の計画はこっからだろ。『超能力者抹殺計画』は」
「……それはもちろん、そうよ。絶対に殺す。こんなんじゃ諦めないわ。薔薇薔薇薔薇子は」
少女、薔薇薔薇薔薇子は木蓮に向き直り、鋭い目で言い放った。
棘のような美しさを持つ彼女を、木蓮はしばらくじっと見つめていた。
「……やめたら? その芸名」
「芸名じゃない!」
──ここは孤島のリゾートホテル「黒薔薇リゾート」。
オーナーの薔薇薔薇薔薇子はレオネード一家を葬るため、彼らを招待した。
薔薇の結界で覆われた、この島に。




