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その日、イオリは落ち込んでいた。
目が覚めたユータスと話した朝から医療勤務に戻り、今はもう日が沈みつつあった。
理由はなんて事のない、些細なミス。
羊皮紙に書き留めておいた薬の量を間違えたのだ。
事前に気付けたし、めったに使わない薬だったこともあってお咎めは無しで済んだ。
でももしも命に係わる薬だったとしたら?
もしも服用する薬だったとしたら?
誰から命を落としたとしたら?
その咎を自分は追うことができるか?
もちろんできるわけがない。
当然、この施療院を統括するイレーネ・グラッツィアが背負うことになるだろう。
ひいてはこの施療院の看板に傷をつけることになる。
その原因は全部、イオリにある。
無論、すべては“もしも”の話でしかない。
でも起こりうることなのだ。
生きていることが怖い。
陽が昇るたびに、自分がどこまでやれるかわからなくて思い悩む。
陽が沈むたびに、自分がやったことは正しかったのかと思い悩む。
水を吸った真綿のように、首にまとわりつくそれは日々イオリの喉を締め付ける。
医師になりたいと願った夢が、今はイオリの心を苛んでいる。
自分が進んでいる道は、間違っているのではないのかと。
分からない。
わからない。
それでも人はたったひとつのことしかできないのだ。
生きるしか。
「…………」
抱えているトレイから立っているのは湯気と温かい香り。
そろそろユータスも退屈しているだろうし、いいものでも食べさせようと肉をたっぷり乗せたシチューをよそってきたのだ。
こう見えてイオリも人並みに料理はできるし、施療院に通ってから療養食もよく作っている。
ちなみにユータスは駄目だ。彼が厨房に入る姿など想像もできない。料理をするくらいなら一食や二食抜くことを選ぶだろう。
感謝は期待できないけれど、食べるくらいはするだろう。
それが大きな間違いだと気づくのはすぐ後だった。




