2-2
夜闇に揺れる草原は――こんな色をしているのだろうか?
淡々と。
海のように揺れる。
激しさはないけれど。
延々と波打ち続ける。
ひたすらに。
とめどなく。
まるで命のように。
「……ユータ?」
ハッとして、イオリは呼びかける。
ベッドに横たわっている男の名を。
彼の瞳に吸い込まれていた。
見惚れていた。
その事実を隠すようにイオリはもう一度呼びかける。
「ユータ。起きて?」
「…………」
ダークグリーンの瞳を瞬かせて、ユータス・アルテニカはあたりを見回した。
まだ眠い頭で最初に抱いたのは違和感に違いない。だってめちゃくちゃ顔をしかめている。
「ここは……?」
「グラッツィア施療院。私の職場」
「なんか酒臭い」
「我慢して。菌はあらゆる病の源。それを殺菌してるんだから」
蒸留酒か――とユータスはうめく。
殺菌消毒は病院において基本中の基本。ちょっとした切り傷に菌が入るだけでも人は病む。
だから手指の消毒はもちろん、手に触れるもの一切合切を洗うことで感染率を格段に下げることができるのだ。
そういう意味で蒸留酒は理想的な洗剤であった。アルコール度数が高いし、製造は醸造所を流用すればいい。
そのせいもあってか施療院は若干、いやかなり酒臭い。
アルコールに弱い人間ならば、息を吸うだけで酔ってしまいそうだ。
ユータスの抗議はごもっともだけれど、せめて窓を開けて換気しているので大目に見てほしい。
「……オレいつから超能力者になったんだ? 施療院で寝た覚えないぞ」
「いやめっちゃ物理だから。私が運んだから」
「オレ、自分の工房にいたよな? かまどの火、大丈夫か? ほったらかしにしてるけど消えてない?」
その物言いに、イオリはすっと笑みを浮かべる。だが瞳は冬場の剃刀のように冷えきっていた。
「かまどが心配? わかるよ? 職人にとってかまどは命だもんね? 商売道具だもんね? 利き手の次に大事だもんね?」
でもね、とイオリは続ける。
この世界のどんな海溝よりも深い闇の声。
「そのかまどに頭突っ込んで服に火ぃつけたまま爆睡してたところ見ちゃった私の心臓――心配してほしいな?」
言いようの知れない圧を、敏感にユータスは感じ取る。
その対応は実に手慣れたものだった。
「……ごめんなさい」